第42話 おかしな時代
目を覚ますとそこにはいつもの天井と光りを失った電気があった。
誾千代は布団の中で横になっている上半身を起こすと枕の側にある時計を手にとって見る。白いうさぎの形をしたかわいらしいデザインの物だ。
直人が誾千代の日用品を揃えた時に買ってきた物で最初は気に入ったが時計が入っていた箱に書いてあるファンシーショップの意味を直人に聞いてつっかえしたが、その後、なんだかんだでしっかり自室に持ち込んでいるというシロモノである。
日付と曜日がわかる機能がついているため、自分がリチャードとの戦いの後、丸一日眠っていた事を教えてくれる。
誾千代は部屋の様子、そしてその時計の存在で今自分のいる立場を思い出す。
「・・・・ゆめ・・・・か・・・・」
戦国最強と言われた二大戦士、それが少し前の戦いで自分を倒した本多忠勝と自分の夫、立花宗茂である。宗茂もこの史上最強を決める戦いに参加しているはずだ。
自分と宗茂の実力差は生前、嫌と言うほど痛感してきた。もしも宗茂と会ったら彼は自分になんと言うだろうか、女の自分がこの戦いに参加していることを罵倒するか、それとも笑い飛ばすか、いや、宗茂なら何も言わずいきなり自分の首を切り落とす可能性もある。
考えれば考えるほど胸が苦しくなってくる。誾千代はただそうすれば安らげる気がしてすぐ隣の直人の部屋に入る。
直人の寝顔を見る、起きていれば少し話し相手になってもらおうという考えだったが直人は布団の中にはいなかった。
彼女は他のスレイヴに連れさらわれたかと考える、布団まだ温かく、さらわれたのだとしてもまだそう遠くへは行っていないだろう、そこまで考えて誾千代ははっとする。
自分は何を考えているのだろう、いくらリチャードととの戦いで体が弱っているといってもそんなことがあれば気配でわかるはずだ。
さきほどの夢のせいなのかつい後ろ向きに考えてしまう。自分らしくないと舌打ちすると部屋を出て家の中を探し始める。
直人はすぐに見つかった。家の縁側に座り込み、一人で月を眺めていたのだ。
「寝れないのか?」
そう言って自分のほうを振り返る直人の姿に誾千代は安らぎを覚え、先ほどまで胸の中で渦巻いていた物がするりと抜け落ちていく。
「ああ、それに嫌な夢を見てしまってな、言っておくが・・・・内容は聞くなよ」
そう言って彼女は直人の横に座った。
直人は自分を認めてくれる。
今はリチャードとの戦いが終わってから次の日の夜、誾千代と直人の傷もだいぶ癒えているがさすがに誾千代は体の奥底に蓄積している疲労が回復するにはもう何日かかかりそうだ、でも、その疲労も直人の横にいると和らいで感じる。
直人は自分を守ってくれた。
二人は何も言わず、ただ静かに月を眺め続ける・・・・最初に切り出したのは直人だった。
「・・・なあ・・・誾千代、昨日のことだけど・・・・・」
「大変不愉快だ」
誾千代の不満に満ちた声が響く。
「あれほど直人は防御に専念するよう言ったのにまた敵に戦いを挑むとは・・・・」
直人は自分のために命をかけてくれた。
「・・・わ・・・悪かったな・・・・でも・・・・俺は・・・・」
直人がうつむき謝ると誾千代は温かい声で言う。
「しかし、身をていして私を守ってくれた時はうれしかったぞ」
直人が顔を上げ見ると誾千代は自分に向かってうれしそうに微笑み、直人はその笑顔に見惚れる。
すると誾千代は月に視線を戻し、なつかしそうに語り始めた。
「・・・・少し・・・・昔話を聞いてくれるか?」
「ああ・・・」
今から五百年以上も昔、日本で大きな戦争が始まった。
その戦争は一五〇年間もの永きに渡り人々を苦しめていった。
恨みのない者同士が殺し合い。
大切な者を守りたいという同じ志を持つ者同士が殺し合い。
一人が死ねば両親妻子、最低四人の人間が悲しんだだろう。
人を殺す刀槍弓(どうぐ)が無限に生み出された。
かよわい少年や高齢者、やがては農民にいたるまで人が人を殺す事を義務付けられた。
戦いから逃げた兵は臆病者と罵られ処罰された。
人が死ぬのを恐れて何が悪いのだろうか?
人が人を殺すのを恐れて何が悪いのだろうか?
戦士達は言った。
「刃が人を斬る瞬間、俺の手は触れてないのに肉の感触がするんだよ」
「弓はいい、肉を斬る感触がしないからな」
「人を殺して褒められる、おかしな時代だよ」
「さっき殺した奴、誰かの名前を言っていた、そいつはどうなるんだろうな?」
人であふれていた大地は死体であふれ、緑で覆い尽くされていた日本を紅く染め上げ、それでも飽き足らず、何億年と変わらなかった青い海をも紅くした。
取れない血の臭い、忘れられない肉を斬る感触、頭を離れない殺した相手の表情。
誾千代の話を聞いて直人は悟る、きっと誾千代は生前の夢を見ていたのだろうと。
直人が何を言えばいいか迷っていると誾千代は立ち上がり言う。
「つまらない話を聞かせてしまったな、直人、眠れないのなら汗を流さないか?昨日はケガで修行をしていないのだろうし、直人もなるのだろう?史上最強に」
それを聞くと直人は立ち上がり、生気に満ち溢れた顔で応える。
「当たり前だろ、俺と誾千代、どっちが先に最強になるか勝負だ!」
「ふふ、そうだな」
二人は互いに笑い、今までに無いほど幸せな気持ちになれた。でも、だからこそ気付かなかった。家に近づく敵に・・・・
二人の戦士を従え、両の手首にロード証(リング)をはめたその男は言う。
「ここが早瀬直人の家だ、いくぞ、武蔵、小次郎」
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