第41話 回想 後編

 どれほど眠っただろうか、人間達の動く音に彼女は反応し目覚めた。しかし妙だ、多くの人間の気配が動くが殺気は無い、敵が攻めてきたわけではないようだ。


 彼女が城の入り口近くの廊下にいた侍女に聞くと彼女は言う。


「姫様、起きられたのですか?実は島津(しまづ)義弘(よしひろ)殿が参られていまして、今お帰りになるところです」


 それを聞いた途端、誾千代の眼は大きく見開かれその場から走り出す。ボロボロの体は再び彼女に容赦ない激痛を与えるが今の彼女に激痛など通用しない、頭は父の仇への復讐心で満たされ、それ以外の情報が脳を支配する事は無い、誾千代が城の入り口に着くと城から離れる一団の中に見た。




 あの兜、あの鎧、間違いなかった。自分の父を殺し、周りの者から鬼と恐れられている豪将、島津義弘だ。


 彼女が義弘の名を叫ぼうとした時、突然現れた大きな手が彼女の口を塞ぎ、もう一つの手で誾千代の腹に強烈な拳を叩き込んだ。


 ただでさえ傷つき死にかけていた体だ。誾千代の意識はなくなりかけ、体が彼女の意思とは関係なく麻痺し動かなくなる。


 誾千代の殺気と殴られた時の音で義弘はこちらを振り向くが彼女を殴った男はなんでもないというふうに涼しげな顔をし、義弘は再び城から遠ざかった。


 体が動くようになる頃、義弘はもう城から遥か遠く離れた所にいる。そして誾千代は自分を殴り飛ばした西日本最強の戦士に出来る限りの殺気を込めた眼差しを叩き込みながら叫ぶ。


「宗茂!!貴様何故あの者を返した!?・・・・あいつは・・・・島津義弘は私の父、道雪(どうせつ)だけではなく貴様の父、紹運(じょううん)をも殺したいわば我々の共通の仇、それをこの城に入れるだけでなくそのまま返すとは何を考えている!!?」

「・・・・何を考えている・・・・だと?」


 一九〇センチを超える長身、筋肉質の強靭な肉体に紫色の甲冑、気品に満ち溢れた精悍な顔立ち、そしてその武勇は自軍の三十倍の数の敵に打ち勝ち、朝鮮、中国との戦いの時には圧倒的な中国有利にも関わらず宗茂の戦いぶりを見た中国兵は恐れおののき日本との和睦を考えたほどである。



 西日本最強、西国無双、剛勇鎮西一と称されし戦国最強の戦士、立花宗茂はそう応えた。


「そうだ!親の仇が目の前にいるのだぞ!?それを貴様は・・・・」


 宗茂は何を今更と言わんばかりに、そして愚か者を見る眼で、呆れた口調で言う。


「島津とは朝鮮出兵の時、共に肩を並べて戦った間柄、それに同じ西軍に属し、そして敗北した。今の奴は親の仇ではなく戦友だ、まあ確かに、あの強さ、戦いたくないと言えば嘘になるが、武士としての礼儀は持ち合わせいるのでな、貴様もいつまでも過去の妄執に捕らわれていないで少しは先を見たらどうだ?」


 その言葉に誾千代の感情が爆発する。


「貴様!!親の仇を過去の妄執だと!?ふざけるのも・・・・」


 誾千代が言い切る前に宗茂は誾千代の顔をつかみ、言葉を封じる。そしてそのまま彼女の頭を握りつぶさんばかりに締め上げた。


「親?あいつらは弱いから死んだ、それだけだろう?・・・・まったく、馬鹿は・・・・・」


 宗茂は空いているもう片方の手で腰の刀を抜き、誾千代の首に刃を添える。


「死ななければ治らぬか?」


 刃のように鋭い言葉が誾千代を貫く。誾千代の体が一瞬硬直すると宗茂は彼女を床に叩きつけ、立ち去り際に言った。


「誰かそのクズに医者を呼んでやれ」


 その言葉を最後に誾千代の意識は途切れた。

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