第40話 回想 前編



 自分の全てを呪った女は独眼の男にその運命を預けた。憎悪で戦う彼は彼女の運命を大きく揺さぶる。・・・・・・たのしいなぁああ、おい!!





 絶叫が全てを包む戦場、苦しみの声、人を殺し、興奮する者の雄叫び、そして戦場を埋め尽くすもう一つの要素、それが・・・・・・。


「破っ!!」


 誾千代が心身に活を入れて刀を振ると周囲にいた敵兵の首が三つ飛び、加減を知らないような勢いで血が噴き出し、その血は誾千代の鎧を山吹色から紅へと変化させ、顔には最高の戦化粧を施す。


 数え切れないほどの人が斬り殺され辺りは紅い世界で覆われる、ここでは何千年、何万年と我々に見せてきた空の青さのほうが不自然に見える。


 上はこんなにも青く、清らかな美しさを持つのにそのすぐ下は人の本能を刺激し退化した獣の部分を剥き出しにさせる紅で埋められた魔性の美しさで満たされている。


「皆の者!なんとしてでも城を守り抜くのだ!!西軍と立花家に勝利の光りを!!!」


 誾千代の呼びかけに多くの家臣が湧き起こり、人を殺していく。


「命が惜しいものは退け!!」


 彼女の進む道は屍にあふれ、彼女の行くところに紅い世界が広がる、もう何人殺したのかも分からない、ただ自分に殺気を向ける者、自分の視界に入る者、自分の行く手を阻む者、そういった者達の肉を斬り裂きその血を浴び続ける。



 敵の兵の中には悪魔と戦っていると思う者もいれば神と戦っていると思う者もいる。



 ただ東軍の兵は自分達とは違う圧倒的な存在に絶望的な敗北感と究極的とも言える恐怖を感じる。


 しかし誾千代が良くても味方全員が彼女のような強さを持つわけではない、誾千代の言葉に士気が高まったがそれでも死ぬ者はいる、やる気だけでは埋められない実力もある。


 そして一人が言った。


「宗茂様がいたらなぁ・・・・・」


 その一言に多くの兵が同じ気持ちを抱いた。立花(たちばな)宗茂(むねしげ)、西日本最強の戦士の名であると同時に、立花誾千代の夫の名でもある。戦いはまだ始まったばかりだというのにもう男達の士気は下がり始めている。


 そう、先ほどの掛け声で士気をおおいに高め、敵に肉迫していたのは誾千代が組織した女兵ばかりを集めた女軍、これまでの戦で誾千代がその強さを見せ付け、獲得した信頼など戦国最強候補の夫の信頼からすればチリに等しかったのだ。


 士気が下がれば勝てる戦も勝てはしない、この城を任された者としてこれ以上被害を出すわけにはいかない、味方の士気を高めつつ敵を倒す方法、彼女は自分の体のことなど考えずに迷わず雷神化する。


「はああああぁぁぁ!!!!」


 誾千代の武器と肉体が金色の光りを放つ、誾千代は一つの閃光となり敵へと突っ込んでいく、近づくもの全てが消し炭に変えられ人の体を流れる雷はさらにその近くの者へと伝っていく、人としての枠から逸脱した誾千代は何百という屍を生み出す。


 雷の力で殺された者は声をあげる間もなく死に絶え、火傷で傷口からは血が出ず、消し炭になった者は血が蒸発する、被害は広がっているのに、死者は増えているのに、戦場を包み込む要素は消え、それが逆に戦場の悲惨さを引き立てる。


 今の戦場は人の体が砕け、ただの肉塊か炭に変わる音が支配する。


 その姿に味方の兵達は歓喜し再び士気を取り戻す。敵は恐怖し、味方の死体を踏み潰しながら慌てて撤退する。


 城を死守できたことに味方は喜び、嬉しそうに城へと戻る。元気な者は持ち場へ行き、ケガ人は一箇所に集められて治療を受ける。知将達は被害の確認や報告書を書くのに忙しそうだ。誾千代は血に濡れたまま、勇ましい表情を浮かべながら城へと戻る。そして自室に入り、戸を閉めた途端、その場に崩れ落ちた。


 慌てて侍女達(身の回りの世話をする女の家来)が誾千代の側に駆け寄る。


「姫様、あれほど雷を使ってはいけないと言ったではありませんか」

「姫の体は連日の戦いでもう限界など超えているのです。後は家来に任せて姫様は・・・・」


 侍女達の心配を制し誾千代は言う。


「まだだ・・・・この戦が終わるまで、私は・・・・・っ・・・・!!」


 誾千代は大量の血を吐き出しうずくまる。

 侍女達は慌てて医者を呼びに行こうとするがそれよりもさきに部屋の外から誾千代を呼ぶ声がする。


「姫様、立花宗茂様より連絡を申し上げます」

「・・・・入れ・・・」


 誾千代は拳で血を拭うと歯を食い縛りながら無理矢理立ち上がる。全身のあらゆる部位の骨にヒビが入り、皮膚は焼け、筋肉がズタズタになった体は容赦なく激痛を彼女に与え、誾千代は意識が飛びそうになる。




 彼女の了解を得て部屋の戸を開けた家来は血まみれの誾千代と部屋に顔をしかめるがすぐに下を向き、報告すべき内容を言葉にする。


「石田三成殿、関ヶ原にて敗北、西軍の負けです。よって宗茂様、ご帰還との報告です!!」


 それを聞くと誾千代はその家来に宗茂を出迎える用意をするよう伝え下がらせる、続けて侍女達にも下がるよう言った。誾千代の身を心配し側を離れようとしない侍女達に彼女はぽつりと呟いた。「一人にしてくれ」と。


 侍女達が部屋を出ると誾千代は仰向けに倒れ、目に涙を浮かべながら気を失った。


 西暦一六〇〇年、日本中の武士が戦った日本史上最大の戦、天下分け目の関ヶ原の戦いである。西軍の敗北、やはり勝つのは東軍だったのだ。




 彼女は夫の宗茂に東軍につくよう言った。


 だが宗茂は西軍につくという考えを曲げず。彼女に賛同する家臣などほとんどいなかったため、立花家は西軍につき、その結果がこれだ、おそらく立花家は取り潰しになるだろう。

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