第39話 完成


   ・・・・・・・・捨てられた・・・・・・・


 そんな言葉が頭がよぎる、ここに来てから自分は父に一撃も攻撃を与えていない、自分は見限られたのだろうか、そう考えると今すぐにでも父に殺しに来て欲しいと思った。


 直人は自分を殺しに来る存在の出現を心から望んだ。


 父に会いたい、それが例え殺しに来たのだとしても構わない、とにかく父に会いたい、少年は父の存在を渇望するが父の気配はおろか生物の気配事態が感じられない、まるで自分ごとここ一帯が世界から忘れられたように感じる。


 直人は眼を閉じ、死ぬのを待った。体の感覚が徐々に薄れていく、やがて全ての感覚がなくなったとき、自分のすぐ近くにいくつもの気配を感じる、数が多すぎる、そんなにたくさんの生き物が自分の周りにいるはずがない、直人はゆっくりと目を開け目の前の状況を把握する。


 目の前にいたのは数え切れないほどのアリの大群、それが蛾(が)の死体を解体し、巣へと運んでいく、なんだアリかと直人は再び目を閉じる。しかし数秒後に妙な違和感を覚える。


「・・・・アリ?・・・・虫に気配なんてあるのだろうか?・・・・・あったとしても今まで虫の気配を感じたことなどあっただろうか?・・・・・おかしい、どうして・・・・・?」


 虫だけではない、感じ取れる気配がどんどん増えていく、虫だけじゃない、周りに存在する木々や草花の気配まで感じ取れる。

 

 生えている木の本数、そしてその大まかな形、やがて体の感覚が戻ってくる、まるで空っぽの体の中に水が流し込まれているようだ。指先から髪の毛の一本一本まで全てに感覚が行き渡る、ここら一帯の全ての存在を感じる、体の全てに感覚が行き渡った時、体の細胞全ての気配を感じる。


 今までに感じたことのない感覚、そして感じる、前方から近づくそれに、直人は立ち上がると刀を抜き去り構える。


 木々の隙間から現れたのは巨大な熊だ。体の大きさは直人の二倍、体重は五倍以上、筋力に至ってはそれ以上だ。


 獣の本能として縄張りに入ってきた直人に向かって突進してくるそれを直人は最小限の動きでかわす。


 考えて動いたわけではない、自然と体が動いた。その後に襲ってくる攻撃も全て必要最小限の動きだけでかわし続ける。


 先ほどまでは死にそうになっていたはずなのに今ではこれまでの人生で一番調子がいい、そして次の一撃をかわすと刀を振る。その一振りで熊は首を地面に落とし、絶命する。


 その一秒後、とたんに直人の体は全ての感覚と意識を失い、糸を斬られた操り人形のようにその場に倒れる。


 倒れ伏す直人に一人の男が近づき、優しく語りかける。


「・・・・・よくやった・・・・」





 直人の意識が戻った時、辺りは暗く、逆に空は星と月の光りで光り輝いている。

 直人の横には焚き火で焼かれている最中の肉とその火と肉を眺める父の姿があった。


「・・・・・・とう・・・・さん・・・・?」

「気がついたか」


 直人の父は視線を直人に向けると焼いている肉を取り、直人に渡す。


「お前が殺した熊だ、残さず食え・・・・・」


 直人はうなずき、熊の肉を口へ運ぶ。


「これでお前の第六感は完成した。あとは冬と来年の修行の時に自分の意思で使えればこの修行は終わりだ。とりあえず今回の分はこれで終了、明日の朝、家に帰る」


 父の相変わらず鋭い声も今だけは温かく感じられる。


 父は横になるとそのまま眠りつき、動かなくなる。熊の肉を食べ終わると直人も眠りつく。


 これが毎年父と母が唯一仲が悪くなる理由、息子が必ず死にそうになる修行を良く思う母など世界どこを探したっているわけがない。


 何を言っても止められないのはわかっていても毎回父を説得しようとする母、その母の心配どおり今年も死にそうになったが今回はこれで終了、冬になったらまた母は父と言い争いをすると思うがそれはまた別の話、とりあえず明日家に帰れば母に会える。


 直人は母の温かい笑顔とご飯を夢見ながらこの空間に入って始めての休息を取る。


 余談ではあるが、夏休み明け、宿題の夏休み日記を先生に提出した直人が先生に呼び出しをくらったというのは言うまでもない。


「直人くん!いくら書き忘れたからって空想を書くなんて情けないと思わないの!!?」

「本当ですって、信じてください、本当に死線をさまよいながら熊を日本刀で斬り殺して食べたんですよ!!」

「いいから!今日家庭訪問しますからね!!」

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