第38話 捨てられた

 二〇〇七年、直人がまだ小学六年生だった頃・・・・・・。


 直人の父は剣術界最強と言われる偉大な人だった。戦国時代から続く武家としてのプライドが強く、幼い頃から直人に厳しい修行を積ませ、父から温かさを感じとれることはない。


 母はとても美しく、何よりも優しかった。いつも父との斬り合いで傷ついた直人の治療をしながら癒してくれた。


 まさにこの二人は直人にとってアメとムチのような存在だったのだろう、そして両親は見ているほうが恥ずかしくなるほどに仲が良く、直人の前でも平気で抱き合うほどだ。


 なのに、毎年この時期が来ると二人の仲は悪くなる、特別憎み合うわけでも激しい言い争いをするわけでもない、ただ直人が寝静まった深夜に母が泣きそうな声で父に何かを訴えるのだ。


 昔から人並み外れて感覚の鋭い直人は最初の夜から気付いていた。

 ただこの時期が過ぎれば二人はいつもどおり仲良くなる、しかし、例え一時期でも自分のことで両親の仲が悪くなるのはそれだけで子供の直人には負担になった。


 夏休みと冬休みがその時期だ。

 夏休みの前日、直人が布団に入ってから三時間後、やはり母は父になにかを訴える、十二歳の直人はそれを部屋の障子(しょうじ)ごしに聞いていた。




 夏休み初日、父は直人一人を連れて家を出た。


 ・・・・・・・・見送る母の・・・・・泣きそうな顔が辛かった。


 およそ人間の文明が干渉できるはずもないような世界、直人はそこが樹海と呼ぶべきか山というべきかに悩む、ただ・・・・・ここで人は生きられない・・・・・それだけが理解できた。


 父は少年の直人に見合う小刀を投げ渡すと突然殺しにかかってくる。


 下は石の転がる地面と無造作に生えている太い木の根、道場での足捌(あしさば)きがうまく機能しない、父の刀が毎秒のように薄皮一枚かすめ、硬く、重い拳と蹴りが腹部と顔面を襲う、次の瞬間、父の手が直人の腕をつかみ、巨木に向かって投げ飛ばす。


「・・・・っ・・・・」


 直人はその衝撃でしばらくの間息が出来なくなる。


「・・・・・弱いな・・・」


 父の刃のような声が直人を斬る、刃のように鋭い声、刃のように鋭い心、そして刃の全てを本能的に知り尽くしている精神、剣術界最強の称号、本当にどこまでも刃に愛された人だ。


 父は直人をその場に残し、植物群(しょくぶつぐん)の中へと消えていった。


「・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・・・・」


 直人は口の中に溜まった血を吐き出すと呼吸を整え、森の中を散策し始めた。


 この修行に食料や水は用意していない、すべては現地調達、なのにこの世界には人の食べれる物は少ない・・・・いや、正確には手に入れられないというべきだろう。


 少なくとも熊やイノシシといった猛獣を銃火器を用いずてにいれることは不可能に近い、直人の持つ武器は子供用の小さな日本刀一本、獣の俊敏性を考えれば接近戦に持ち込むのは得策ではない。


 直人は栄養がほとんど無くてもとにかく毒でない植物を食べ続け、空腹感をごまかしながら体に消化という行動を忘れさせないようにした。


 この空間に入って四日目、相変わらず食料や水は不足し、寝ていようと食事中だろうとどこからか現れ殺しにかかってくる父の圧力に心と体は限界に近づいていた。


「・・・・去年は俺の二段階上の強さで襲ってきたけど・・・・今年は三段階くらい上の強さできてるな・・・・ったく、父さんこの修行合格させる気あるんだかないんだか・・・・・・・」


 直人はギリギリの精神状態で父の文句を一人呟くと目の前にイノシシがいることに気付いた。元々おとなしいのか直人の状態から取るに足らない相手と見たのか縄張りに入っているにも関わらず直人に襲い掛かってくる様子は無い。


 この世界に暮らす生き物なら食べれる植物の場所を知っているはず、イノシシを追っていけば食料にありつけるはずだが次の瞬間、イノシシは走り出す。


「・・・あっ・・・ちょっと待っ・・・・」


 もうイノシシはいなかった、イノシシの走る速さは時速六十キロ、大して人間は時速四十キロちょっとが限界だ。もとから追えるような相手ではない。直人はその場に力なく座り込んだ。


 八日目の朝、自然の脅威と父の攻撃で体はまともに動くような状態ではない、直人の常人離れした精神力のおかげでようやく動くといったところだ。


 来る度に危険な状態になってきたが今回のは今までで一番酷い、生きる事を諦め、死にたがっている体にムチを打ち動かす、剣道着と体はボロボロ、顔は土とドロにまみれている、傷口は腐らないよう定期的に舌で舐め続け消毒している状態だ。そしてとにかく水分が足りない、虚ろな眼に映った泥水ですら飲みたい衝動に狩られる。


 泥水から遠ざかろうと足を動かしたはずなのに気がつけばその中に顔を突っ込んでいた。


 およそ人が飲めるであろう水の範囲から逸脱した水分、それでも直人はその水分をうまいと感じた。


 その後、ほとんど這うような姿で地を進むがそこであることに気付く、はたして父は昨日、自分を殺しに来ただろうか、いや、二日前も来たかどうか疑わしい・・・・。



   ・・・・・・・・捨てられた・・・・・・・



 そんな言葉が頭がよぎる、ここに来てから自分は父に一撃も攻撃を与えていない、自分は見限られたのだろうか、そう考えると今すぐにでも父に殺しに来て欲しいと思った。



電撃オンラインにインタビューを載せてもらいました。

https://dengekionline.com/articles/127533/

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