第36話 ハンニバル
遠のく意識の中、直人は悔(く)いた、自分の無力を・・・・・・呪った、自分の弱さを・・・・・・前に誾千代はスレイヴの強い理由に力が必要な環境だっため、人間の体が戦闘能力を極限まで高めたと言っていた。
ならなぜ自分は強くならないのか、強くないと生きていけない、自分には力が必要だ。
力が欲しい、力をくれ、どうしても強くなりたい、そして誾千代を、大切な者を守りたい。
いつからだろう、誾千代に命を救われた時からか、違う、きっと直人は夢の中で誾千代を見たときから彼女のことが好きだった。
女性の身であるにも関わらず血まみれになって戦う彼女に直人は恋していた。大切な者を守りたい、そのために力が欲しい。直人の力への渇望が自身を飲み込んだとき。
バクン
とたんに直人の心臓が跳ね上がる、体が熱い、全身の血が沸騰したみたいだ。体内の血液が全身をありえない速度で駆け巡り血管が張り裂けそうになる。
痛い、熱い、体の感覚がなくなりまるで体が痛みと熱だけの存在に思えてくる。苦しい、なのに力が湧いてくる。
辛い、だけど今なら神にすら勝てる気がする。
体の痛みはリチャードの攻撃で折れたであろう骨の痛みとはまったく別の種類だ、頭で分かる。
体の質が変化している。今までの人生の中でありえないほどの速度で体が変化している。
母親の中で人間の形になろうとしている時でさえここまでの速さではないはずだ。神弥直人という存在が・・・・・・・・変わる。
直人達の近くに建つビルの屋上、そこに忠勝を倒した男、綾人と妹の理恵はいた。
理恵の持つノートパソコンには螺旋(らせん)を描く遺伝子の図が映し出されている。
「超人(ちょうじん)遺伝子(いでんし)、覚醒率(かくせいりつ)98,35パーセント、霊力上昇中、超人化(ちょうじんか)完了(かんりょう)、全て予定通りね」
冷静な理恵とは対照的に綾人はどこかうれしそうに、そして誇らしげに言う。
「さあ、見せてみろ、史上最強の戦士、神弥直人の力を!!」
リチャードの剣が振り下ろされる。しかし彼の視界から直人と誾千代が消え、剣はコンクリートを切り裂く。そのすぐ横で誾千代を抱える直人の姿がある。あの一瞬で直人が誾千代を抱えリチャードの剣をかわしたのだ。
直人が誾千代を降ろしたのとほぼ同時に直人の刀がリチャードを襲う。
リチャードはなんとか防ぐが驚きを隠せない。
「どうした・・・・?お前、最強なんだろ?」
「クズ野郎が・・・・・・!」
直人の体は信じられない速度で動き、リチャードを攻める。直人は技術的な面においては過去の戦士(スレイヴ)達以上の実力を持つ現代最強レベルの戦士、ならば肉体を彼らと同じにすればこうなるのは必然、直人はリチャードの攻撃を全てかわし、超高速の連撃(れんげき)はリチャードの鎧を斬り裂く。
「バカな!!?てめえらのその細い剣でオレの鎧を貫けるはずがねえ!!」
「知らないのか?日本刀は刀剣類(最強、鉄でありながら鉄を斬り、敵を防具ごと斬り裂く鋼の芸術品だ!!」
直人の刀撃(とうげき)がリチャードの左肩を深く斬り、左腕が動かなくなる。
「・・・っ・・・!!」
リチャードが痛みと悔しさで顔を苦悶にゆがめると間髪いれず再び直人の攻撃がリチャードに襲い掛かる。
本来ならばリチャードを鎧ごと斬り裂く刀撃(とうげき)、なのにリチャードは今までに無い速度で長剣を動かしそれを防ぐ。
二人の武器がぶつかり合い、衝撃が辺りに響く。
「残念だったな、これがオレの能力、獣王の力(ライオンズ・ギア)だ!筋力と瞬発力強化物質(アドレナリン)を最大解放し闘争本能を限界まで高める。てめえら日本人(サル)は圧倒的な力の差でオレに負け・・・・・・」
リチャードは気付く、直人の背後で全身に雷をまとい、その全てを刀に注ぎ込む誾千代の姿に、直人が時間を稼いでいる間に義経が全霊力を使い、誾千代の傷を癒していたのだ。
直人は刃を退き、両腕でリチャードの鎧と腕をつかみ自由を奪う。
「言っただろ?俺じゃお前を倒せないのはわかってるって」
誾千代は自分の全てを注ぎ込んだ刀をリチャードに向けて振る。リチャードはその場から逃れようとするが直人につかまれた体は彼女の制空圏から逃れられなかった。
「ちくしょおおおおおおおおおお!!!」
「破(は)ぁっ!!」
雷をまとった金色の刃はリチャードに振り下ろされ、その刀が放つ光りが消え、視界が利くようになると誾千代の刀はリチャードの体に深くめり込んでいる・・・・・・がリチャードはまだ生きている。
見るとリチャードのすぐ横には金色の鎧に身を包んだ長身の男が立っており、その手には折れた短剣が握られている。
あの攻撃のさなか、刀と鎧の間にそれをさし込み、誾千代の技の威力を殺したのだ。
直人と誾千代がその男の存在を確認したのとほぼ同時に二人はその男に殴り飛ばされ、地面に横たわる。
「ワタシはカルタゴの英雄ハンニバル。リチャード、エドワードの奴が呼んでいる」
「・・・・っ・・・わかったよ」
リチャードが不満そうに舌打ちをするとハンニバルは腰の布袋から水晶玉を取り出し、それを握りつぶす。と同時に二人は足元から徐々に光りに包まれ、その途中、ハンニバルが誾千代に向かって言う。
「貴様に言っておこう、どうあがいても女は最強にはなれぬ、それでも史上最強を目指すなら・・・・・・・・・空想の中で死ぬがいい・・・・・・」
それだけ言うと二人は光りとともにその姿を消した。
二人が消えた後、誾千代は空に向かい叫ぶ。
「それでも・・・・私は最強になる!!!」
誾千代の声が誰もいない町を突き抜けた。
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