第35話 逆境


 リチャードの罵倒はなおも続く、誾千代はそれに涙を流し歯を食い縛りながら耐える。自分は史上最強ではない、女は最強になれない、そんなの誾千代自身が一番分かっている。


 誾千代は幼い頃に女の身でありながら父の跡を継ぎ、立花家の城主となった。


 しかし力が全てを支配する戦国の世で子供、ましてや女の誾千代に家臣を束ねる力やついてきてくれる家臣が存在するはずもない。家臣は皆、隠居したにも関わらず数多くの武勇をもつ父の言うことに従った。


 周りの者はこぞって言った。「あいつはただのおかざりだ」と、父が死ねば今度は夫だ。

 家を存続させるためにした愛のない結婚、西日本最強といわれ、東日本最強といわれたあの忠勝と並び称されるほどの強さを持った夫、宗茂(むねしげ)、周りの者は宗茂をもてはやし、彼の言う事に従った。周りの者達は口々に言った。


「さすがは宗茂様だ」

「宗茂様がいれば立花家も安泰だ」


 ・・・・そこには、自分には作れなかった力と空気があった。


 己の無力を痛感した。彼女は女の体を呪った。だからこそ願った、だれよりも望んだ、強い力を、史上最強の称号を誰よりも渇望した。


 しかし、変えられぬ現実、今ある現状、そこに奴の声が響く。


「だいたい最強はこのリチャード様なんだぜ、それを・・・」

「違う・・・」


 誾千代は震える声で言う。


「私が・・・・私が・・・・・」


 リチャードは誾千代を見下ろし、彼女の頭をつかむと無理矢理起こす。


「私がなんだ?ホラ言ってみろよ・・・・・」


 誾千代の眼から涙が溢れる。忠勝に負けたときと同様、誾千代の顔には普段の強さや気丈さはなく、それは紛れもない悲しみにくれる少女の顔だ。

 そしてリチャードがその泣き顔を罵倒しようと口を開くと直人の声がそれを制す。


「いい加減にしろ!!」


 全員の視線が直人に向く、直人はリチャードをにらみつけ叫ぶ。


「お前も、誾千代も、みんな関係ねえ!なんたって史上最強は・・・・・・・・・俺だからな」


 その場の時間が止まること五秒、突然リチャードが笑い出す。


「ははははは、てめえ俺をバカにしてんのか?現代人のクズが史上最強なわけねえだろ?」


 直人は腰の刀を抜くとリチャードに近づき、誾千代は自分の頭をつかむリチャードの手をはずすと倒れそうな体をなんとか動かし直人を止めようとする。


「直人、駄目だ・・・・殺されてしまう・・・」


 しかし直人は誾千代の体をどけると刀を構え、リチャードと対峙する。


「義経、誾千代の治療を頼む、鬼道でそれぐらいできるだろ?誾千代も再生力高めておけ」


 傷の影響でその場に倒れこむ誾千代に義経は印を結びケガを治す。そして直人を止めようとする誾千代を制する。


「誾千代、直人もバカではありません、彼も何かしらの考えが・・・・・・」


 ドスン

 なかった。

 リチャードに殴り飛ばされ直人は誾千代の目の前に投げ出される。

 誾千代は立ち上がり直人を起こすと彼を叱り飛ばした。


「なっ・・・・直人!!あなたは一体何を考えている!?前にも言っただろう!?現代人のあなたに過去の戦士(スレイヴ)を倒すのは不可能だ!何故あなたはそれがわからない!!?」


 誾千代の怒号に直人はそれを越える大きさの声で叫ぶ。


「うるせえ!そんなこと・・・・とうの昔にわかってんだ、確かに俺じゃ過去の戦士には


 勝てないかもしれない、でも俺は、お前を守りたいんだ!!!」


「・・・なっ・・・!!?」


 その言葉に誾千代は驚くが直人の言葉は彼女だけではなく晶の心に深く突き刺さる。

 言って欲しくなかった、直人に元気づけられこんなのは自分らしくないと思い、義経の作戦を振り切り思い切って自分の事を告白したのにその決意に一瞬でヒビを入れられる。


 しかし直人の言葉は止まらない、直人の言葉は徐々に熱を帯び、血を吐き出さんばかりに叫ぶ。


「俺はお前が凄い大事で!だれよりも大切にしたいんだよ!!男が大事な奴を守るのに戦っちゃいけねえのか!!?」


 誾千代は驚きで目を大きく見開き、どう反応していいのかわからず、困惑してしまう。

 その瞬間、リチャードの拳が直人を襲い、直人はその場に倒れる。


「・・・・直人!」


 誾千代は倒れた直人にすがりつくが返事はない。


「やれやれ、さんざん手間取らせやがって、まあいい、これでてめえらは・・・」


 リチャードは言葉の途中で剣を横に振る。横からは気配を殺し、リチャードに斬りかかろうとする義経が迫っていたがリチャードの攻撃に義経も直人同様、その場に倒れ動かなくなり、リチャードの攻撃は誾千代と直人に向く。


 リチャードの殺気が誾千代の闘気を殺し、誾千代は言葉を失い、ただリチャードを見ることしかできない、いや、目をそらせない。

 リチャードは剣を構える。

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