第29話 転校生
忠勝との戦いを終えた次の日、直人は昨日の疲れからか半分眠ったような頭で朝のホームルームを受けていた。
そこへ先生の言葉が介入し直人の頭を眠りから起こす。転校生、その言葉が直人の脳を刺激したのだ。
先生の話だとフランスからの留学生で、名前はルイス・ドラクロワ、日本のことを勉強するために留学してきたらしい。
白人特有の金色の髪に緑の瞳、そして白い肌はこのクラスではかなり目立つ。
身長や体格は直人とそう変わらないように見えるが直人は服の上からでもルイスの体が鍛えこまれており、歩き方からなにか武芸をやっていることを見抜いていた。
それに今は四月の終わり、ちょうど中学三年生に進学したばかりだ、こんな時期に留学生がくるものだろうか、直人はルイスをロードではないかと疑い始める。
ルイスの紹介が終わった後、先生が彼の席を指定する。そこは直人のちょうど後ろだ。
学校へ来ると突然自分の後ろに今までなかった机が用意されているのだ。直人も転校生がくるのを予想してはいたがフランス人ということまでは予想できなかった、しかしそんなのは問題ではない、このクラスの生徒はちょうど三十五人、横七人、縦五人の綺麗な正方形を描いて配置されている。
そこへ窓際の一番後ろの直人の後ろの席に座るというのはまさに正方形から飛び出した、いびつな一マスなわけで寂しさと虚しさが最大の席だがルイスはそんなことは気にせずニコニコと笑いながら直人によろしくと挨拶をする。
直人もよろしくと言うとわざとらしく握手を求め、その際に右手首にはめられたロードの証(リング)を見せる。
ルイスの手首は確認できなくても表情の微妙な変化からルイスが敵(ロード)かどうかを見抜こうという考えだが。
ルイスの手首は制服の袖で隠れ、表情にもこれといった変化はなかった。
「・・・・」
放課後、ルイスが突然、直人の家に行ってもいいかと聞いてきた。
ルイスは綺麗な顔立ちのため、休み時間に多くの女子達に話し掛けられていた。
どうやらその時に直人の家が和式の日本家屋であることを聞き、日本について学びに来たルイスにとってそれは興味深いものだったらしい。
今日は先生達の都合で学校は午前中に終わる。門下生達が来るのは夕方から、時間は十分にある。直人はそれを承諾し、そのまま一緒に帰ることになった。
二人で校門まで行くといつもどおり、誾千代が出迎えてくれる。
学校は人が多いのでさすがに襲ってくる敵はいないだろうが下校中は直人のロードの証(リング)に気付いた者が襲ってくるかもしれないからだ。
しかし、これはスレイヴの攻撃から身を守れるものの、生徒達からの攻撃を悪化させる行為だった。
「ちくしょう、早瀬の野郎、立花さんと一つ屋根の下で暮らしているなんて許せねえ!」
そんな声があちこちから聞こえる。
直人の学園生活の危険度は以前よりも格段に上がった。
今までは直人を倒して名を上げようとする不良連中だけだったが、最近では誾千代のせいでモテない男子達からもやたらとからまれるのだ。
「へー、直人君てかわいい彼女がいるんだね」
地雷を踏む音の幻聴が聞こえた。
直人がマズイと思ったときにはもう遅い、誾千代は周りの目も気にせず声を張り上げる。
「わっ・・・私を女扱いする気か!?私は武士(もののふ)、男として生きると決めたのだ!!」
ルイスは誾千代の言動をかわしながらさわやかに笑い続ける。
直人が誾千代をなだめ、三人は直人の家に向かって歩き始めた。
その数分後、いつもの公園を横切る時に偶然、誾千代の鼻が何かのにおいを感じとる。
「このにおいは?」
誾千代が公園の中を覗くとそこにはクレープの屋台がある。今までは気付かなかったことを考えるとどうやら最近、場所を変えたようだ。
「あれはクレープっていう歩きながら食べるお菓子だけど、食べる?」
誾千代はコクンと頷き、直人は公園の中に入り、クレープを三つ買って戻ってきた。
その間、誾千代はルイスにクレープを知らないなんて珍しい人だと言われるが、誾千代は田舎のほうからきたとかあまり公園や街に行かないなどと言って誤魔化す。
直人からクレープを手渡されると誾千代はクレープを一口かじる。
するといつもは鋭い顔つきの誾千代の顔が途端に緩み、そのまま一気に残りを食べてしまった。
その食べっぷりとあまりに満足そうな顔を見て、ルイスにクレープを渡していた直人は誾千代に自分のクレープを差し出す。
「食べるか?」
「・・・い・・いいのか?」
おそるおそる聞きつつも直人のクレープから目が離れない誾千代に直人は笑顔で頷く。
誾千代が礼を言い、直人からクレープを受け取るとルイスが言う。
「クレープといえば、女の子達がよく食べてるよね」
クレープにかぶりつこうとする誾千代の動きが止まる。
邪念のない笑顔でこいつは何を言うんだと直人は思ったがもう遅い。
誾千代はクレープを口から遠ざけ、直人にこれは女子の食べ物なのかと聞く。
直人は必死に性別に関係なく食べていいものだと主張するが誾千代はプルプルと震える手でクレープを直人の前に差し出し、そのまま名残惜しそうにクレープを返す。
ルイスは邪念のない笑顔を保ち、気にしないで食べればいいのにと言っていた。
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