第45話 トリガーハッピー


 本陣から離れ、信長は前線の櫓に登り戦場全体を見下ろす。

 隣では光秀が遠眼鏡を手に敵軍との距離を計る。


「敵との距離、四町(四三六メートル)を過ぎました」

「砲兵部隊! 展開せよ‼」


 信長の命令を各指揮官が復唱。左右の軍へ次々司令は伝わり、後方に控えていた大砲の車輪を転がし一斉に砲兵隊が前に進み出る。


 最前列にずらりと並んだ鉄砲隊。それに混じり大口径の大砲が一〇〇〇門展開する。


「信長様、距離、二町(二一八メートル)を過ぎました」


 信長の目に紅蓮が宿る。日本列島をその手につかみし大魔王が鬨の声の火蓋を切った。


「棒火矢隊準備はいいな‼ 鉄砲隊! 砲兵隊! 放てぇえええええええええええ‼‼」


 その瞬間、戦場が爆発した。


 天変地異が起きたような轟音、空気が絶叫して、世界が震撼する。


 棒火矢達の放った棒火矢が一斉に空を飛び弧を描いて呉軍頭上を飛翔。八町(約一キロメートル)先に落下して黒色火薬に引火して炸裂。周囲を喰らう炎は兵士達の服に燃え移り兵士達の肌を焼き、兵士達の心をくじいて混乱状態に陥れる。


 砲兵隊の放った鉛の塊はまさしく一撃必殺。


 火縄銃など及びもつかぬ大質量物質が剛速で空間を押しのけ、貫き、竹束を後ろの兵士数人ごと粉々に打ち砕く。


 隣の仲間が内臓を飛び散らせる光景を見て、呉の兵士達は悲鳴を上げた。


 一〇万の鉄砲が火を噴いた。竹束を失った隊はしらみつぶしに撃ち殺され竹束と竹束の隙間を走る弾丸が兵士を殺し、竹束を束ねる縄に当たれば竹束がバラけて鉛玉の餌食になる。


 だが前線の兵が恐怖で背後へ逃げれば、そこは棒火矢の炎と爆発、恐慌状態の仲間達。退くも地獄進むも地獄。


 棒火矢と大砲と火縄銃、三つの火薬兵器が呉軍を阿鼻叫喚の地獄絵図に変えた。


「信長様、呉の先鋒隊は総崩れ。新たな竹束を運んでいますが、恐慌状態の仲間に邪魔されて上手くいっていないようです」

「これでいい。火薬兵器最大の効果は身を焼く炎でも身を裂く破片でも身を叩く衝撃でもない。音と光による恐怖だ」


 信長の顔が魔王のソレに変わり、口元に邪悪な笑みが噴きこぼれる。


「人間を含めた万物全ての動物は強烈な音と光に畏怖する。音と光を浴びせられた敵の心は折れ、恐怖で士気はズタズタ。逆に浴びせている味方にとって火薬の音と光は鬨の声、闘争心に火を付け、野性の本能を呼び覚まし士気を無尽蔵に上げる。感じるか光秀、歩兵部隊の殺気を」


 遠距離戦の今、槍や刀で武装した歩兵には待機命令が出ている。


 しかし徴兵された元農民が多い彼らの顔は戦士のソレ、両の眼は獣のソレ、鍬を持ち畑を耕す姿など想像もできない魔王の忠実な殺戮魔獣と化している。


「いいぞ! 火薬を惜しむなこの戦で使い切るつもりで放て! 火薬など無尽蔵に湧いて出る! 構わず消費しろ‼」

「例え話とはいえ、凄い鼓舞ですね」


 信長がいやらしい目で光秀を見る。口元が『にぃいい』っとつり上がる。


「信長様……ですが硝石丘から硝石を摂るには……まさか」

「光秀、俺は呉と東南アジアを攻略する際、敵の死体は首は弔い体は大小便と草、土と混ぜ合わせ硝石丘を作るよう言ったな?」

「はい、我々が日本より運んだ火薬が尽きた時の為にと、ですが硝石が採取できるようになるには二年の時間がかかります、が……何かしましたね?」

「当然だ。近々呉領でもやるつもりだがな、今、東南アジア全土全ての町、村で床下、便所、家畜小屋の土から硝石を抽出させている。硫黄も根こそぎ集めている」


 黒色火薬の原料は硝石、硫黄、木炭の三つ。これを七対二対一の割合で混ぜると完成だ。


「俺が呉を盗る頃には、全てベトナムに集まっている予定だ。今度はその火薬で魏を盗る」

「相変わらず恐ろしい方ですが、次は魏なのですか?」


 中華は今、魏、呉、蜀の三つに割れている。国力は六対二対一、となれば、呉と蜀を盗ってから最後に全戦力を以って魏と戦をするのだろう、と光秀は思っていた。


「ん、おお、次は蜀を盗るぞ、だが火薬は使わん、まぁ、詳しくは呉を盗ってから言う。今はまず呉だ」


 光秀には信長の思慮が読めない。光秀とて織田四天王に数えられ、知略では秀吉と二枚看板を貼るようにして負けなしだ。


 しかし、信長という男はまた別格だ。同じ時間なら光秀よりも良い案を、そして光秀と同じ策を半分の時間で考えてしまう。


 光秀は本能寺での出来事を思い出し、心の中で信長への忠誠を誓った。


「……信長様、呉軍の二割が死亡。恐慌状態にあった先鋒隊はほぼ全滅ですが、二番三番隊が新たな竹束を補充しながら徐々に前進。距離は三〇間ほどでしょうか」


 その時、突然雨がやみ雲が晴れた。


 空の隙間から降り注ぐ太陽光が信長を照らし出す。


「騎馬隊と歩兵隊突撃‼ 棒火矢隊やめい‼ 弓兵部隊一斉曲射‼ 砲兵隊は下がり曲射‼ 鉄砲隊は下がれ‼」


 それは魔法だった。


 横いっぱいに広がった鉄砲隊が数組ずつ前後一列に並び、空いた隙間から一斉に騎兵隊が鉄砲水のように前線に流れ飛び出す。


 砲兵隊は一町(一〇九メートル)下がり、仰角をつけて再び放ち続ける。

 鉛弾と剛球の風、棒火矢の雨は消えた。代わりに剛球と矢の雨、そして……


   ◆


「周瑜様、前線部隊が日本軍と交戦‼」


 呉軍本陣で伝令が周瑜に前線の様子を伝える。

 周瑜は彼らしくも無く、武人のように握り拳を作って声を出す。


「ついにこの時が来ましたね! 雨は完全に止んでしまいましたが、雨でも銃が使えるなら関係ありません。これで我々と敵は五分と五分! そして挟撃部隊が到着すれば我々の勝利です!」


「そ、そうだな周瑜、先鋒隊が全滅し数では不利だが、赤壁に比べればこの程度、策略でいくらでも取り返せる! 戦とは数ではない、その戦でいかにして動くかだ。伝令、甘寧達はぬかりないな?」


 伝令兵は孫権に頭を下げる。


「は! 将軍達とその軍はいずれも健在! 日本の豪傑達との勝負を控え士気高く、突撃命令を首を長くして待っております!」


 周瑜は頷く。


「よろしい、前線の兵は敵を攻撃しつつ後退、敵を森と山の間に誘いこむのです。孫権様、挟撃部隊が山と森から出しだい将軍達を突撃させます」


「うむ、この戦、我らの勝ちは譲らん。接近戦が始まったのが奴らの運の尽き。今日この日に日本軍四〇万の兵を殺し尽くしてくれよう!」


 呉軍最大の誤算は、ここにあった。

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