第42話 水運無双!
ベトナムから三〇〇隻の巨大鉄甲戦艦が出てから五日後。信長は呉の海岸線沿いを高速で船を走らせ続けた。
信長が日本を出る時に用意した戦艦はとにかく速い。
日本の船は一枚帆が主流だが、西洋の巨大船舶から学び、海の潮風を受けて何枚もの帆が膨らむ。そして、
『そおおおおおおおれっ‼ そおおおおおおおれっ‼ そおおおおおおおれっ‼ そおおおおおおおれっ‼ そおおおおおおおれっ‼ そおおおおおおおれっ‼ そおおおおおおおれっ‼ そおおおおおおおれっ‼ そおおおおおおおれっ‼ そおおおおおおれっ‼』
船の左右側面からは何十本もの櫂が突き出し、船底では屈強な男達が汗を飛び散らせながら声を上げて漕いでいた。
「いい風だ」
左手には常に陸地が見える呉の海岸線を風力と人力で突き進む大船団。
その甲板で信長は潮風に頬を撫でられながら海の香りを楽しんだ。
「信長様、海岸線上の北上進攻を徳川殿に任せられたのはこれが目的だったのですね」
声がはずむ蘭丸。その顔はどうみても美少女そのものだが、彼が男である事は忘れてはいけない。
「これとは? 言ってみろ」
信長は昔から部下を試すクセがある。そして蘭丸はいつもきちんと答えるのだ。
「はい、海路を進む上でもっとも危険であり予想が難しいのが天候、そして迷子です」
「迷子か、可愛い言い方だな」
蘭丸の顔が少し赤くなる。
「と、とにかく東日本最強と言われる本多忠勝様と服部忍軍を有する精鋭九万の軍勢ならば、どこよりも早く進攻できるのは必定。事実西部や中央部、東部は呉の南半分を統治するだけですが、徳川様は既に呉北部の杭州湾まで攻め登りました」
「うむ、それで?」
「おかげで東シナ海と海岸線を押さえた我々は大周りをせず、海岸線に添い最短路で北上できますし、陸地がすぐ側なので何かあればすぐ陸地に着ける事も陸地からの助けを得る事も可能です。信長様が家康様に海岸部攻略を命じた時は港町を押さえて水運業で利益を上げる為だけだと思っていました♪」
「蘭丸正解、褒美に金平糖をやろう」
「わーい♪」
信長が懐から小さな布袋を取り出し、蘭丸は喜んでそれを受け取る。
「家康からの報告では水運業は大成功。今後も税収は上がり続けるだろう」
一言で言えば、この時代水運業は儲かる。
いつの時代も流通に大事なのは時間、輸送費だ。
船は馬車よりも多くの商品を馬よりも早く運ぶ事が出来る。
大量の商品を一度に素早く届けることができる水運業はまさに濡れ手に粟。加えて関税も取れるので、日本では海岸線に面している駿河、遠江、三河を支配する今川義元はこの水運業で莫大な富を築いていた。
「物流が豊かな商業都市を手中に収めるのは軍資金調達に良いからな。俺が日本で堺、草津、大津をいち早く直轄領に置いたのもそれが目的だ。税収の良い町を押さえれば軍資金が集まり、その金で築城する事も武器を買う事も出来る。だがそんな簡単な事にも気付けないのが人間なのだ」
戦国の革命児織田信長。
その優れたところは絶大な経済政策面にある。
決して他の大名の頭が悪いわけではない、時代の価値観上仕方ないのだが、武士はお金と縁が薄い。
米で納税し、米で給料を支払っていたこの時代、経済的に豊かになろうとする戦国大名達はこぞって農地開拓にばかり躍起になった。
また、武士は質素倹約こそが美徳として、直接金銭を稼ぐような行為には消極的だ。
戦争にはお金がかかる。軍資金を稼ぐ方法は全部で3つ。
①税率を上げる。
②開墾する。
③貿易をする。
けれど信長は民衆から反感を買う①以外を全てやり、さらに誰もやらなかった④経済政策を次々打ち出した。
無能な王は税率を上げ、普通の王は開墾をして、有能な王は貿易をするが、信長はさらにその上を行っていた。
暗君は税率を上げる事で税収を上げる。
名君は国民を豊かにする事で税率をそのままに税収を上げる。
だが多くの王は政策を考えもしない、考えても思いつかない、思いついても多くのしがらみがあって実行できない。
なのに信長は国が豊かになる方法を常に考え思いつき次々実行してしまう。
信長が行って来た数々の政策。
それを数百年後の言葉で言うならばまさしく、
『規制緩和』
『市場開放』
『公共事業』
『戦国スタンダードの作成』
『戦国ハイウェイの建設』
『積極経済』
を行い、
『トレードセンターを手中に納め』た『超一流の不動産デベロッパー』なのだ。
一見すると金の亡者に見えるが、織田軍は他の大大名の数倍以上の圧倒的な財力を以って傭兵を雇い、最新の武器を買いそろえ、堅牢な要塞を次々築城して、最高値の兵器火縄銃の研究をし大量生産に乗り出し買い占め、鉛と硝石を大量に輸入して大砲や鉄甲船まで製造した。
これらは全て織田家が日本を統一できた要因であり、全て金の力で行ったものだ。
「戦に勝つのは兵の数や装備だけではいかん。そして戦の勝敗は戦で何をするかよりも戦が始まるまでに何をしたかで決まる。戦に勝つのは」
信長は扇子を広げ、高らかに言い放つ。
「それを理解している奴だ‼」
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