第40話 周瑜の真の策略
周瑜が諸侯に策を説明し終えると、孫権は周瑜と共に私室へ戻った。
周瑜が『孫権様に話があります』と言ったからだ。
孫権は私室で椅子に座り、周瑜が頭を下げた。
「先程の無礼をお許しください。あの場はああするより他になく」
「いや、気にするな」
周瑜には珍しい、腰の低い態度。とはいえ如何に先代から仕えるからといってさっきの態度は王に対し失礼なのは事実だ。
「あそこでお前がああしてくれなければ、私は豪族達に見限られていた」
あの場では、国土の半分を取られるという大失態を犯した孫権と、それを責める豪族という図式が成り立っていた。
だから周瑜が過剰に、それこそ豪族達が引いてしまう程に王を責め立てた。誰よりも強く孫権を責め立てる周瑜は一瞬にして反孫権派筆頭のような空気を作り、そして責任を取って自ら軍を率いて戦ってもらうと言った。
だがこれは孫権への救済措置、孫権に名誉挽回の機会を与えただけだ。孫権を責めているようで、実際には孫権を救っただけ。
逆に周瑜が孫権を庇えば、豪族達は孫権と周瑜を非難して勝手に軍を動かした可能性が高い。
孫権は周瑜の機転に救われたのだ。
「……なぁ周瑜、私は勝てるのか?」
「どういう意味でしょうか?」
一国の王には相応しくない、あまりに力無い声で孫権は弱音を吐く。
「日本の王、信長は一代で七〇に分裂した日本列島全てを手中に納めたと聞く。そして島国日本の王では飽き足らず、わざわざこの戦国乱世渦巻く大陸にまで進出してきた……信じない者も多いが、既に東南アジア全てを手中に納め、その支配領域は中華全土の半分に達すると言われている。私には解る、信長は兄孫策や父孫堅、そして秦の始皇帝殿と同じ人種、本物の英傑だ」
「……孫権様とて英傑です」
孫権は被りを振った。
「何が英傑だ……呉の国を作り基盤を作ったのは父孫堅、領土を広げ中華の三分の一を治めたのは兄孫策、私は土地も兵も水軍も、呉の全ては父と兄から受け継いだものだ。私はただそれを維持したに過ぎない……いや、維持することすらできていない……こんな私の何が英傑だ……」
孫権は両手の拳を握りしめ、強く目をつぶる。
偉大過ぎる父と兄への憧れに押し潰され痛感する自身の矮小さ。
国を発展させることなく、ただ現状の維持に奔走し躍起になる日々、それは孫権の心を徐々に蝕み、消耗させていった。
「私には今の貴方を慰める事はできません」
冷たく言って、周瑜は戸へ振り返る。
「私はただ、軍師として我が王を勝利へ導くだけ。日本軍との決戦では我が兵法の全てを使いこの呉を、そして孫権様を守る覚悟です。孫権様も日本王信長の暴虐は知っている筈、あの董卓にも勝る魔王のような男から中華を守りましょう」
「……そうだな」
「では、私はこれで」
周瑜がいなくなると、孫権は頭を抱え、天井を仰ぎ見る。
「董卓にも勝る魔王……か」
周瑜は気付いているのか、それともわざと言ったのかは解らないが、孫権には信長と董卓が別の存在に見えた。
今は亡き董卓は病に伏せる始皇帝を利用して権力を握った。
そして逆らう者全てを皆殺し、民を殺す勢いで絞り尽くし私腹を肥やし贅を極めた暴君だ。
対する信長は向かう兵全てを殺し尽くし、城や砦を焼き尽くし、講和休戦に一切応じず殺戮軍と化して呉を蹂躙している。
しかしそれが何の問題になるというのか?
確かに、これだけ聞くと暴君に見える。
しかし今呉と日本は戦争中。戦場で会った敵軍と戦闘になり、殺す事は当たり前だ。それに信長は恭順する勢力は無条件で受け入れている。
信長が許さないのは、降伏要求に応じず交戦してきた挙句、負けそうになると休戦を申し入れてきた相手だ。
自分ならどうするか。
あの憎き魏の曹操をあと一歩のところまで追いつめて、曹操が休戦を申し入れてきたら受け入れるか? 受け入れるはずもない、何故わざわざ敵に戦況を立て直す時間をくれてやる必要がある?
城や砦も焼き討ちが悪くて水攻めや兵糧攻めを正義とする理屈は無い。豪族達は焼いたら奪えず得る物が無い、と言っていたが、城を、財産を得るよりも戦乱を収める事を主眼に置いているように思える。
事実、日本軍は町や村は一度も焼いていないし、民衆も殺さない。
日本軍が敵対、殺すのは兵と支配階級、焼き落とすのはそれらが暮らす城と砦だけだ。
それに斥候の話では、信長は支配した土地全てを開拓開墾経済政策や土木工事を行い、民の暮らしは改善され民衆から支持されているらしい。
反対勢力を皆殺しにしたり、軽々しく焼き討ちをするのは残酷なようで、実は堅実的。
戦争が長引けば結果的にはそっちのほうが被害は大きくなる。
裏切ったり言う事を聞かない者は許してもまた裏切る可能性がある。
それを考えれば、信長の行動は残酷なようで、実はとても現実的で堅実的で、確実に大望を成せる英断だ。
周辺諸国から悪評を買おうが確かに民の暮らしは良くなり幸せになっているし、殺したのはあくまでも信長に逆らい、自身の権力を手放そうとしなかった悪代官達。
悪評上等、誰が相手でも勝てる。という自信の表れとも取れる。
孫権は部屋を出て広間の近くを通った。
中からは呉の猛将達が日本との戦に向けて語り合っている。
「日本軍は三〇万以上の大軍らしいが、この戦を第二の赤壁としてくれる!」
孫堅の時代から呉に仕える忠臣、黄蓋公覆が握り拳を作れば、知勇兼備の将、呂蒙子明が続く。
「俺の知と力で日本なんてイチコロだ!」
「滾るななぁ呂蒙! 甘寧! 東の蛮族、東夷共の首を狩りつくすぞ!」
「当たり前じゃねえか太史慈! どっちが多くの日本人を殺せるか勝負だな!」
太史慈と甘寧の横で、凌統が息をつく。
「私は雑兵ではなく総大将狙いでいくよ、周泰もそうじゃない?」
「……私は孫権様の命に従うのみ」
「だろうね」
「おいおい凌統てめぇ、この甘寧様が雑魚掃除程度で満足するわけねぇだろ!」
「日本には数多の豪傑がいると聞く、全てこの太史慈子義が討ち取ってくれるわ!」
広間の活気に、孫権は僅かだが元気づけられる。
呉には多くの豪傑がいる。
赤壁の戦いで魏の曹操軍を打ち破るきっかけを作った忠臣黄蓋公覆。
優れた頭脳と猛獣のような勇猛さを併せ持つ知勇兼備の将、呂蒙子明。
身に着けている鈴の音を聞いただけで敵が逃げ出す豪傑、甘寧興覇。
その武力は呉国随一、最強の武人、太史慈子義。
柔軟性があり、いかなる状況に対応する万能の将、凌統績。
死を恐れず正確無比の寡黙なる勇将、周泰幼平。
そして赤壁の戦いで曹操を打ち破った呉国最大の頭脳、大軍師周瑜公瑾がいる。
確かに日本は強大だ。
だが呉とて負けてはいない。
孫権は自身が誇る豪傑達の存在を胸に、握り拳を作った。
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