第39話 周瑜の策略


 周瑜の剣幕に唖然としていた豪族達が我に返り頷く。


「よろしい、ではまず斥候に調べさせた敵の戦力を御説明致します。東の蛮族日本とは親交が薄く、多くの情報はありませんが武士を頂点とする軍事国家である事は知っている方もいると思います。その為数だけは多く兵の数は最低でも三〇万、隣国蜀の五割増しです」


 豪族達の緊張を感じ取り、周瑜はやや声を弾ませる。


「ご安心を、我が方の兵力はかなり減りましたが、私が連れて来た二五万、さらにここに来るまでに各地へ緊急徴兵の指示を出しました、後は各地を守る城や砦に最低限の兵を残しここ建業へ向かってもらいます。そうすれば四〇万にはなるでしょう。続いて敵の装備ですが、騎馬、弓など多くの武器を使いますが一番の特徴は無数の銅銃です」


「銅銃? やはりか」


 豪族達がざわめく。孫権が問う。


「周瑜、日本の主力武器は銅銃だと言うのか?」


「はい、報告によりますと我が軍は野戦において常に一方的な敗北をしております。指揮官は轟音が轟き瞬く間に味方が矢も無く倒れ、火炎に包まれ死んでいったと。ですが生き残った雑兵の話では敵軍の頭上は煙に覆われ、筒上の物を構えていたとの事、入って下さい」


 周瑜の合図で、呉が誇る豪傑達が入室してくる。

 黄蓋公覆、呂蒙子明、甘寧興覇、凌統績、太史慈子義、周泰幼平。

 いずれも周瑜と共に北で魏と戦っていた者達だ。


「ここに」


 鋼のように無表情な男、周泰が両手に大きな銅製の筒を抱え、豪族達に見せる。


「これが銅銃です。銃は竹製に始まり、現在は強度の高い金属、主に銅で銃身を作り破損を防いでいます。弓よりも射程と威力に優れますが、始めて見た人も多い事でしょう。何故ならこの武器は普及率が低いからです。理由は単純、甘寧、呂蒙」


「おう、派手にぶっ放つぜぇ!」

「皆様、少し待っててください!」


 服を着崩した荒っぽい口調の、甘寧と呼ばれた男が銃口から火薬を詰める。


 妙にやる気のある呂蒙と呼ばれた男は周泰の支える銃身の表面についた口を開き、縄に火をつけたりと手を動かす。


 しばらくして準備が整うと、周泰が銃口を窓の外に向ける。


「発射です!」


 呂蒙が火縄で銅銃の火薬に点火。

 銅銃は破裂音と煙と火と鉛の玉を同時に吐き出した。

 豪族達がやや驚く、そういえばこんな武器もあったな、と思いだす。


「このように、銃火器は一発撃つのに大変な手間と時間がかかり、実戦向きとは言えません。呉の国にも銅銃はそれなりにはありますが、どこの軍でも重要視はしませんしたいていは埃を被っているのではありませんか?」


 図星を突かれて、豪族達は『ふむ』と黙ってしまう。

 豪族の一人が口を開く。


「しかし周瑜殿、確かに我が軍にも銅銃はあるが、使っていない。周瑜殿の言う通りだし命中率も良くない。それに銅銃は重く運搬面を考えても弓のほうが良い。奴らはそんなも物でどうやって」


「言ったでしょう、無数の、と」


 周瑜は言葉を一度切り、やや芝居がかった口調で説明を続ける。


「兵の話では戦場中に雷のような轟音が何千何万と響き、敵の頭上は白い煙に覆われたそうです。連射性と命中率の低さを圧倒的な数で補ったと考えれば、なるほど納得もできます。私も考えはしましたが、何せ銅銃は製造と弾、火薬に費用がかかり過ぎる。どれほど効果があるか解らない軍略に莫大な予算はかけられないと断念したのですが、実現してしまった軍があるようですね」


「なら我らもすぐに銅銃の量産を」


「いえ、今から国中の鍛冶職人を動員したところで間に合わないでしょう。銃に銃では勝ち目がありません。故に、敵の銅銃を封じ込めるのです。窓の外をご覧ください」


 周瑜に言われるがまま、豪族達は軍議室の窓から眼下を見下ろした。

 外には銅銃を準備する兵と、その先に竹の束を抱えた兵が立っている。


「周瑜殿、あれは……」

「ふふ、見ていてください……始めなさい!」


 周瑜の合図で兵が銅銃を放ち、竹束が悲鳴を上げる。

 だが撃たれた兵は竹束を地面に置いて、手を振って無事を知らせた。


「このように銃火器とて束ねた竹を貫通するには至りません。竹束を持った防衛部隊が先頭に立ち、敵との距離を詰めるのです。また、他にも銃を無力化する策がございます。これからそれらの策を御説明致しましょう。皆さん、次の戦はこの呉の国の全戦力をかけた、あの赤壁の戦いにも劣らぬ一大決戦となるでしょう。気を引き締めてお願いしますよ」


 周瑜の不敵な笑みに、豪族達は誰もが息を吞む。


 これが周瑜公瑾。


 呉の国最大の頭脳にして、諸葛亮孔明という例外さえいなければ中華随一の名軍師と噂されている。


 諸侯を唸らせる軍略に、孫権は心の中で溜息をついた。

   

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