第38話 呉の国の内情


「孫権様、貴方はこの事態をどうお考えなのですか!?」


 呉国首都、建業の城。その軍議室で孫権は椅子に座ったまま言葉に詰まってしまう。


 他の椅子に座るのは呉の各豪族達だ。


 呉は有力豪族が多く、彼らを束ねるのが王孫権という連合政権に近い。


 孫権は部下の言葉に耳を傾ける良き王と評判だが、実際は彼らに謀反を起こされないよう顔色をうかがっているだけだ。


 最も、その豪族達も日本軍に恭順したり、殺されたりで欠席者が多い。


 王孫権の返事を待たず、豪族達は口々に言い合う。


「どうするも何も全軍を持って叩くべきだ!」

「勝算はあるのか!?」

「銃の数が驚異との噂がある、こちらも銃を大量製造して」

「そんな暇があるか、一万丁も作らぬうちにこの建業を取られるぞ!」

「敵は籠城すると城や砦を迷いなく焼き落とす魔王の軍勢だぞ!」

「それが解らん、焼いてしまえば城や砦は手に入らん。得る物なくして何の戦争だ!」

「まるで我らを苦しめる事が目的のようではないか!」

「くそっ、こんな時に周瑜様がいてくれたら……」


 孫権は自身を恥じた。


 自分を無視し勝手に騒ぐ豪族達。今は亡き父孫堅や、兄孫策の時代には見られなかった光景だ。


 呉の国は、父孫堅が建国し基盤を固め強国として、兄孫策が大きく領土を広げた国だ。


 しかし息子であり弟である孫権、彼に軍略の才は無かった。


 彼は現状維持に秀でた人物だった。


 故に軍事活動の多くは軍師周瑜に任せていたのだが、このざまだ。


 日本という第三勢力相手に何も出来ず、むざむざ呉国南部を全て奪われ尽くした。


 父と兄から受け継いだ水軍も、周瑜が残していった分は全て失った。


 呉の軍事力の象徴とも言える水軍を……


 豪族達の口論は止まらない。


「ええい日本なにするものぞ! 我が呉の底力を見せつけてや」

「皆さんお熱いですねぇ」


 孫権の肝が冷える。肌が粟立つ。

 豪族達が口論をやめる。


「おお、これは周瑜殿」

「いつ戻られた?」

「ついさっきですよ皆さん。魏との国境線には五万の兵を残し、二五万の兵を率いてまいりました。三日後には全軍入城するでしょう」

「五万!? それで魏が攻めてきたらどうする!?」


 豪族の一人が声を荒立てる。周瑜は落ち着いた声を崩さない。


「国境線では小さな小競り合いや挑発程度はありますが、大きな戦の兆しはありません。それに万が一魏が攻めてきても防衛戦に徹し時間を稼ぐよう言ってあります。それよりも今は日本軍への対応が先です。そうでしょう、孫権様」


 周瑜の顔が、スッと孫権を向いた。


「孫権様、周瑜公瑾ただいま戻りました。国の一大事に駆けつけるのが遅れ、申し訳ありません」


 軍議室に現れたのは、眉目秀麗、そんな言葉が擬人化したような男性だった。


 女のように艶やかな髪と白い肌。眉も目も、鼻も、口も、その全てが神が特別な思い入れを持って作ったとしか言えない程に美しく整っている。


 その美しさは、もはや人外の域にあると言っても過言ではない。


「いや、周瑜、謝る必要は無い。お主には魏の進攻を阻んでもらうという大役がある。むしろお主を呼び付けてしまい悪かったな」

「まったくでございます」


 周瑜の眼光が怪しい輝きを放つ。


「我らが呉の国は五〇万の兵を持つ、アジアに名だたる大強国」


 周瑜は一歩、また一歩と鷹揚に歩き、上座の孫権に遠慮無しに近づく。


「南の蛮族たるベトナムの鎮圧に五万、国内各地の防衛に一五万、そして魏軍との国境線に三〇万の兵を布陣。攻め、守り共に盤石でした。ところが!」


 周瑜の形の良い眉が釣り上がり、声が荒立つ。


「侵略よりも国力維持に才ある孫権様に代わり、この軍師周瑜が魏と戦い、孫権様には五万の軍を預けベトナムの反乱鎮圧をお願い致しましたがこの有様はなんですか!?」


 孫権は息を吞み、圧倒されてしまう。

 いつもこうだ。


 周瑜は兄孫策の時代から呉に仕える忠臣だが、逆に孫策と共に呉の領土を広げてきた実績と自負がある。


 実力も人望も孫権より上、そして先代王孫策と対等に近い関係だったせいか、まるで師匠と弟子の関係であるかのように孫権をたしなめる事がある。


 基本的には忠臣で、謀反など絶対に起こさずただ呉の国の為に身を粉にして働いているのだが、呉の黄金期を築いた立役者だけに孫権も大きな顔をできないのが現実だ。


「そ、それは……」


「我が中華に比べて遥かに劣る文明後進国である東の蛮族東夷如きにベトナム鎮圧軍五万は壊滅、国内を守る一五万の兵のうち八万以上を失い私が置いていった分の水軍も壊滅。死者と脱走兵を含めれば一五万近い兵を失い、先程聞いた報告では呉の国の南半分を奪われ海岸部に至っては上海の南、杭州湾に迫る勢いだというではありませんか! 貴方は他国を侵略し領土を拡大するどころか国土を維持する力も無いのですか‼」


 周瑜はとてつもない剣幕で孫権に詰め寄り、家臣とは思えぬほど威圧する。

 孫権に不満のある他の豪族達ですら、周瑜の勢いに驚き、固唾を飲んだ。


「孫権様! 貴方はこの呉の国を代表する王である自覚がおありですか!? 貴方の不甲斐なさに諸侯の方々がどれほど憤慨しているか!」


 唖然とする豪族達を手で差して、周瑜は声に力を込める。


「貴方は呉の国を滅ぼす気ですか!?」


 言い切って、しかし軍議室が静寂に包まれ一秒と立たずに言葉を継ぐ。


「謝罪の言葉は無用! 誠意は行動で示さねば私は、そして何よりも諸侯の方々が納得できません! 次の戦は呉の全戦力を以って私も従軍致します。孫権様におきましては貴方自らが兵を率い軍を指揮し小賢しい日本人共を皆殺しにして頂きます。当然!」


 孫権は何も言おうとしていないのに、まるで孫権の言葉を遮るようにして周瑜は右手を孫権の顔の前に突き出す。


「貴方に拒否権はありません。そのかわり、軍師としてこの周瑜公瑾に勝利の策がございます」


 周瑜は豪族達を振り返る。

「我が常勝の策、聞いて頂けますな?」


 周瑜の剣幕に唖然としていた豪族達が我に返り頷く。




電撃オンラインでインタビューを載せてもらいました。

https://dengekionline.com/articles/127533/

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