第36話 これから毎日、城を焼いていこうぜ
呉の国西部の地。野戦で柴田上杉連合に敗れた呉軍は砦へ引き返した。
しんがりの兵は全滅。
半分以上の兵を失い大敗をきした呉軍は籠城の構えをとったのだった。
「しっかしあいつら何なんだ?」
「日本なんて聞いた事ないぞ」
防壁の上では見張りにまわった兵がぼやく。
海の向こうの国など、彼らのような下っ端の教養では知る筈も無い。
中華に住む者にとっては中華が全てであり、他は全て取るに足らぬ蛮族。日本やモンゴル、インド、西洋の存在は商人や教養ある武将ぐらいしか知らない。
「でも城に逃げ込んじまえばもうこっちのもんだな」
城の外を見れば、先程自分達を負かした日本軍が周りを取り囲んでいた。
しかし兵達は慌てない。
「仮にあいつらがこの城を十日で落とす力があったとしても、それまでには他の城や砦から援軍が――あいつら!?」
見張りの兵士達の顔が引きつった。
眼下に見えるのは火、火、火。
何千という弓兵部隊が火矢を構えているのだ。
「逃げろぉおおおおおおおおおおお!」
炎の大群が放たれた。
炎は燃え広がり、防壁は火に包まれる。
日本軍の陣中では日本最強の女大名、上杉謙信が悲しそうな顔をする。
「おとなしく恭順していれば助かったものを、火に巻かれて死ぬとは……」
柴田勝家が口を挟む。
「だが戦いが長引けばそれだけ敵も味方も領民も苦しむ。残酷なように見えるが、これが最も被害が少なく確実に戦乱を無くす方法だ」
山賊のように無骨な顔で喋る勝家。謙信は首を縦に振る。
「解っている。だが、どうせ殺すのであれば、戦場で戦い討ち取りたかったものだ……」
「確かに、火攻めや水攻め、兵糧攻めによる落城では武功を上げられん。武功が上げられねば家臣に恩賞を与える理由がなくなってしまうな」
「……そろそろだ」
謙信の美貌が空しさから一転、凛とした気品を取り戻す。
「鉄砲隊構え‼ そろそろ来るぞ!」
砦の門が開く。中からは火から逃げる無数の呉兵が流れ出す。
「放てぇええええええええ‼」
千発以上の弾丸が呉軍を片っ端から撃ち殺す。
信長の五段撃ちを継承し、鉄砲隊は途切れることなく呉兵を撃ち殺し続けた。
◆
呉の国中央部の地、とある城は北進を続ける敵軍が砦や城を次々焼き落としている事を伝令から聞いていた。
だがこの城の城壁は土と石を積み重ね燃える事は無く、巨大な門は木製だが鉄板を打ちつけ火事対策は万全である。
城壁の上の兵が声を張り上げる。
「敵が来たぞー!」
城へ迫るのは羽柴、武田、立花連合だ。
この城の二〇里(四〇キロメートル)南の地で呉兵を完膚なきまでに打ち負かし、そのまま北進、城攻めに来たというわけだ。
平野では武田軍と立花軍が無双の強さを見せ、今度は羽柴軍が先頭に立って呉の城に睨みを利かせた。
「秀吉様、敵に恭順の意志無く、徹底抗戦の構えをとっております」
日本軍の陣中では、十代と年は若いが光秀のような表情、口調の青年、石田三成が羽柴軍総大将、羽柴秀吉に敵の返答を知らせる。
「うわー、敵さん超ヤル気だよ。マジかよ、マジでめんどうだわぁ、ったくどいつもこいつも盛りやがって……逆らった城全部燃やしてんじゃん、空気読めよ」
「あまりぼやきますと、ねね様に叱られますよ」
「ちょっ、ねねは関係ないだろ!」
嫁の名前を出されて慌てる秀吉。彼は日本一の恐妻家と言われている。
面倒臭そうに頭をかき、秀吉は指示を飛ばす。
「ふーん、城壁が高いねぇ」
「火矢は届かないでしょうな」
目の前の城は巨大で、ちょっとやそっとの火では落ちそうにない。
「よーし、じゃあ棒火矢隊、砲兵隊、準備。これ終わったら酒吞ませてやるからばしっといくぞー」
『おーー!』
砲兵隊が最前列に並び、城門を狙う。
その後ろに棒火矢、という筒状の物が詰まった箱を抱えた男達が隊列を成して控える。
城壁から羽柴軍まではおよそ三町(三〇〇メートル)、敵の矢は届かない。
「はい、じゃあもう……放てぇ!」
部隊が棒火矢の導火線に点火。火を噴いてそれらは一斉に空へと飛び立った。弧を描き、棒火矢が向かうのは城壁の向こう側だった。
続いて逆扇状に展開した五〇門の大砲が順番に連続して火を噴いた。放たれた砲弾は城門中央をみるみる破壊し、城壁の中からはけたたましい炸裂音と悲鳴が聞こえる。
棒火矢。火薬を推進剤に空を飛び、次の火薬に燃え移ると爆発して対象を燃やす忍びが生み出した武器だ。
今から数百年後、この武器は娯楽に変わり『ロケット花火』の名前で庶民に親しまれることになる。
「はーい、いーよいーよ、そのままそのままー」
既に一〇〇〇本以上の棒火矢を撃ち込んだ。城壁の上から煙がいくつも立ち昇っている。
城門は粉々に砕けて、いつでも入れる状態だ。
「よっし、伝令兵、宗茂の奴に立花軍突入って言ってきてくれ。棒火矢隊は休め、砲兵部隊は仰角四〇度、鉄球の雨を一〇〇秒間降らせるぞっと」
けだるそうに、たんたんと命令を下し秀吉。しかしその頭の中は常人の数倍の速度で回転していた。
けたたましい砲音がうねりとなって羽柴兵の耳をつんざいた。
弓なりに放たれた砲弾は次々城壁を越えていく。その全てが城塞内部を破壊している事だろう。
「こんなデカイ城焼き尽くすなんて時間がかかり過ぎるっつうの。でもあちこちで火事を起こして城内の兵は火消しに大わらわ、そこに鉄の玉が飛んできて城内は恐怖と混乱でもっともっと大わらわ。そこに立花軍が突入となれば俺でも死ねるって」
伝令兵の命令が伝わったのだろう。宗茂の軍が馬に乗り、一斉に城を目指す。
城に降り注ぐ砲弾が宗茂の軍に当たっては困る。
砲弾の雨は宗茂達が城門から城内に入る直前で終わらせる必要がある。
秀吉は一見間の抜けた顔で、じーっと宗茂軍を眺めた。
「はい砲撃やめぇ、皆さんおつかれさん、と」
「秀吉様、あとはどうされますか?」
「なんもする事なくね? 城の北と西は武田軍、東はうち一番の武断派、清正と正則の部隊が布陣しているしな」
加藤清正、福島正則。秀吉の親戚の青年で、その武勇は真田幸村と比肩しても決して劣らぬ猛将だ。
秀吉は妻のねねとの間に子供ができない為、親戚の子供を預かり息子か弟のように育て可愛がっている。
「あー鉄砲隊。あの城門から人出てきても撃つなよ。味方の可能性あるからな。えーっとここが終わったら次は、と」
「どうぞ」
三成に資料を渡され、秀吉は受け取る。
「ふんふん、忍達が次の戦場の地形や敵の情報をあらかじめ探ってきてくれるから、ほんと楽だねぇ」
一刻(二時間)後、城の中は血の海と死体の山だった。
四万の立花軍が城内に流れ込み、目に着く人間全てを片っ端から斬り殺し、斬り殺しては次の獲物を求めて駆けずり回る。
元から火事の消火活動で混乱状態だった城内。侵入者の対応が遅れ、宗茂達になすすべも無く討ち取られていった。
「降伏しない者は全員殺せ! 女も向かって来る者は殺せ! 女も覚悟があって生き戦っている、なら堂々と殺してやれ‼」
そう叫ぶ誾千代に兵は鬨の声を上げる。
普通の武士は女を殺すのを恥とする立花軍は違う。
九州一の女丈夫であり女軍を組織する女傑立花誾千代を抱える立花軍にとって、女武者は慣れたもの、戦争と殺しに性別は関係無いというのが彼らの常識だ。
「強い奴はいるか! いるなら俺と戦え! 俺は西国無双立花宗茂‼ 皆殺しにされたくなかったら強い奴を出せ‼」
大陸に来てからというものつまらない消化試合、雑兵の首ばかり千も二千も獲る日々。
日本では豪傑島津義弘と覇を競っていた宗茂にとっては物足りず、欲求不満になるのも無理からぬ話だ。
日本最強の男と女が本気を出した今、もはやこの城には一片の希望も残っていなかった。
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