第31話 魏 呉 蜀 解説します!
広間のざわめき消え、皆光秀の説明に聞き入る。
「ではまず三国最強と言われる魏について御説明致します。魏の国力は蜀の六倍、呉の三倍と言われ、人口二五〇〇万人、兵力は一三〇万。魏一国でも我が軍の倍の兵力を持ちますが、魏の北ではチンギス・ハン率いるモンゴル軍との戦が続いております。モンゴルは一〇〇万に達する屈強な兵を持つ軍事大国であり、魏が蜀と呉を占領出来ないのは地形の問題もありますが、モンゴルとの戦いの影響が強いと思われます。そして魏の王の名は曹操孟徳。覇王と呼ばれ、政治、軍略ともに優れ、身分にとらわれず能力のあるものを登用、出世させる柔軟な思考力と、逆らう者全てを容赦なく皆殺しにする残忍性を兼ね備えた男でございます」
「それは手ごわそうな男だな」
信長の言葉に、光秀は首肯する。
「これほどの力がありながら魏が蜀呉を滅ぼせぬの理由は地形にあります。呉の北には長江という巨大な川が、蜀の北には秦嶺山脈と言う険峻な山があるため、魏は進攻ができません。続いて人材ですが、注目すべき人物は曹操の五将軍と言われる武勇と軍略に優れる張遼文遠、徐晃公明、張郃儁乂、于禁文則、楽進文謙。そして一騎当千の豪傑、夏侯惇元譲、夏侯淵妙才、典韋、許褚仲康。そして軍師司馬懿仲達。特に五将軍の一人張遼はその出陣を聞いただけで敵が震え士気が落ちる程の豪傑と聞いております」
今の説明に立花家当主、宗茂の頬が緩むのを信長は見逃さない。
立花家は北九州の覇者大友家の家臣だった。だが当主大友宗麟のせいで島津に大敗。
大友家は滅亡し、残った家臣団を救う様に織田家が援軍に現れ九州を平定した。
それから信長は宗茂の才能を見出し、宗茂の立花家に北九州の管理を任せ今に至る。
信長は忘れていない。
大友家の残党と織田家が組み島津と戦ったあの九州戦での宗茂を。
兵の屈強さにおいては日の本一とも言われる島津の薩摩兵。だが宗茂は妻誾千代と共に僅かな手勢で何度も島津軍を追い返し、撤退させ、誾千代と二人だけで戦場を蹂躙した事も一度や二度ではない。
信長はそのあまりの戦闘力を西日本最強と評し、事実異を唱える者は誰一人していなかった。
宗茂は北九州を治める大大名立花家当主だが、それ以前に一人の英傑なのだ。
張遼の武勇を聞き、目が喜びに燃えている。
「続いて蜀の国について説明致します。蜀は国土は魏とさほど変わりませんが山岳地帯が多く国力は三国最弱で人口は五〇〇万、兵力もせいぜい二〇万がいいところですが、英傑の質では三国最強。特に五虎大将軍と言われる五人、張飛翼徳、関羽雲長、趙雲子龍、馬超孟起、黄忠漢升はいずれも張遼に劣らぬ英傑で、軍師諸葛亮孔明に至っては三国最高の英知の結晶と謳われ、昨年行われた赤壁の戦いと呼ばれる大戦では蜀呉連合軍が彼一人の軍略で魏を破ったそうです。背後の敵としては南蛮王を自称する孟獲という男の軍が南から蜀に進攻しているそうです。と言っても軍力の差は大きく、帰り討ちに遭うでしょう」
五虎大将軍の存在に、また宗茂の目が輝く。対して信長は諸葛亮孔明の存在に注目していた。
「これらの英傑達を束ねるのは蜀の王、劉備玄徳。彼自身は特に武勇や知略に優れているわけではなく、ただひたすらに並はずれた人徳と人望により天下太平の志ある英傑が自然と彼の元に集結し、今に至るようです。国中の民に愛され、一揆や反乱も無いそうです。これから説明致します呉と蜀は同盟に近い関係を取っていますが、特別友好的というわけではありません。魏という大国に対抗するべく、積極的には争わない程度のものです」
その説明に家康が口を挟む。
「ふーん、同盟って言っても俺と兄貴の関係には程遠いってわけか。敵の敵は味方ってわけでもないんだな」
「はい、事実、呉は蜀の領土について何度も口を出し、憎んでいる時期もありました。そしてその呉こそが、我らが今最も注目すべき目の前の敵です」
光秀の左手が、地図の右側、呉の領土を差す。
「呉の国は孫権という男が治める国で、彼の父と兄が領土を広げ、彼はそれを受け継ぎ統治を盤石な物にした名君です。ですが王とはいえ、実際は有力豪族が幅を利かせ呉の国は一枚岩とは言い難く、孫権も絶大な権限を持っているわけでは無くあくまで会議の議長や代表のような存在です。蜀同様に国土こそ魏と差はありませんが平地の広がる魏と違い、国内には川や池が多く、国力は三国の中では中堅。人口は一〇〇〇万、兵力は五〇万、また、強力な水軍を保有しております。黄蓋公覆、呂蒙子明、甘寧興覇、凌統績、太史慈子義、周泰幼平などの豪傑はおりますが、五虎大将軍に比べればやや劣ります。とはいえ、軍師の周瑜公瑾は諸葛亮孔明に次ぐ中華の名軍師であり、侮れません」
「なんつうか、微妙な国っすね兄貴」
家康が眉根を寄せて信長を見る。
「まとめると、五〇万の大軍と強力な水軍を持っていて軍師が極めて優秀。でも国は一枚岩じゃなくて豪傑の質がやや劣ってしかも孫権は親と兄貴の広げた領土を受け継いだだけで孫権本人の侵略能力が高いわけじゃない。これってどうなんすか?」
「ふむ、その水軍と周瑜が気になる」
信長は表情を険しくして、諸将に眺めまわす。
「国が一枚岩で無くとも外敵という共通の敵がいれば人間はまとまる。豪傑の質が多少劣ろうが五〇万もの兵を優秀な軍師が指揮すれば驚異となるし海上に面し川の多い呉の国ならば強力な水軍も無視できん。それに孫権自身に侵略能力が無かろうが優秀な軍師が指揮官を代行すればいいだけの話だ」
一見すると呉の弱点に見えるものも、実は弱点では無い。スラスラと説明する信長に、日本の戦国乱世を生き残った大名達は頷き、ベトナムの将軍達は息を吞んで表情をあらためる。
「信長様の言う通りです。孫権は軍権の多くを周瑜に与え、軍事においては名軍師周瑜がその多くを代行しております。その周瑜は今、魏との国境で指揮を執り、ベトナム進攻は孫権が担当していたようですが、我々が攻め込めば当然、周瑜が出て来るでしょう」
信長の左右に座るチュン姉妹の顔が曇る。
結局はそうなのだ。
呉の国の本命は大国魏。自分達ベトナム軍などただの反乱分子程度にしか見られていないし、今までの戦いとて本気ではなかったのだ。
信長が手で膝を鳴らしたのはその時だ。
「中華統一の絵図は整った。では諸将よ、これよりそれぞれの役割を言い渡す!」
はっきりと声を飛ばす信長に、日本勢は『いつもながら』という表情で息をつき、ベトナム勢は絶句した。
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