第30話 始めるぜ夜の性戦!
信長はカッコよくキメたまま部屋を後にして、自分に用意された本来の寝室へ向かい城の廊下を歩く。
「さてと、問題はここからだ」
チュン姉妹には言わなかったが、チュン姉妹を側室にしなかった理由は他にもある。
確かに信長には手に入れた国の王女や姫を側室にしていく計画は無い。だがそんなものは最初から思案にも値しないのだ。
何故ならば。
「さて、今宵はどのようにして乗り切るか」
信長の額に、うっすらと冷や汗が浮かぶ。
重々しい寝室の扉を開けて、そこには信長最大の刺客が三人待っていた。
特大サイズのベッドの上で六個の目が光った。
「あら、弟ちゃん遅かったわね、ほらほら、お姉ちゃんのとこにおいで」
「信長さん、正室を待たすなんてどういう了見ですの?」
「お兄ちゃん早くぅ」
「お……おう」
信長は息を吞んで圧倒される。
「はいはい、じゃあ弟ちゃん、いつまでもそんなとこに立ってないの」
生駒吉乃。子供頃から近所に屋敷を構える生駒家の娘で信長より年上の幼馴染。いわゆる『隣のお姉さん』。信長は子供の頃から『俺大人になったら吉乃姉ちゃんと結婚する』と言って、本当に結婚して側室にしてしまった。
豊かな胸の扇情的な体つきで、美人で優しく心も体も包容力があっていつも好きなだけ甘えさせてくれるし、他の二人に対してもいつも余裕を持っている。
吉乃に手を引かれ、信長がベッドに着くと、もう一人の女性が腕に抱きついてくる。
「ええい側室は引っ込んでなさい! 正室はわたくしですのよ! さぁ信長さん、待たせた分、今夜はこの帰蝶に従って頂きますわよ」
斎藤帰蝶。美濃から嫁入りしたので濃姫とも呼ばれる。
信長の実家尾張国が美濃国と同盟を結んだ際、美濃から嫁に来た正真正銘のお姫様。いわゆる『いいとこのお嬢様』である。
当時、信長は尾張国の王子様だが、田舎大名の織田家と大国美濃のお姫様とでは育ちが違う。また信長はうつけ、と評判の残念な王子だったので……
「こんな暑くて湿っぽい辺境の田舎国で信長さんもお疲れではありませんこと? こんな日はやはり、このわたくしのように高貴な姫としとねを共にするのが良いかと存じますわ」
「え、あ、う、うん…………そうですね」
ここだけの話、実は信長は今まで一度も帰蝶に逆らえたことが無い。
帰蝶の全身から高貴なお姫様光線が放たれる。
長く艶やかな黒髪、雪のように白く滑らかな肌、宝石をちりばめたような瞳、絶世の美女でありながら体つきもしなやかで均整が取れ、吉乃程ではないが、女性的な丸みと柔らかみを持った艶のある体をしている。
「だめぇ、お兄ちゃん市のぉ!」
最後の少女がお腹に頭をこすりつけてくる。
織田市。通称お市、織田信長の一三人の妹の中の一人で日本一の美少女と呼ばれている。
子供の頃から兄信長になついているが、それは信長が結婚した後も変わらない
。
細身で前者二人に比べて胸の肉付きが物足りないが、それはそれでお市特有の魅力、可愛らしさとなっている。
女が三人集まれば姦しい。
信長は日本の王なのに夜伽の相手を選ぶ権限はなく、ただ女の戦いの景品になるだけである。
「弟ちゃぁん」
「信長さぁん」
「お兄ちゃぁん」
こうして、今夜もまた信長争奪戦が始まるのだった。
◆
次の日の昼前。城の大広間では信長が首座の椅子に座り、左右にはこのベトナムの女王である姉妹女王、姉のチュン・チャックと妹のチュン・ニが少し背の低い椅子に座っている。
側座には日本の各大名達とベトナム軍大将軍チュウ・アウと数名の将軍が椅子に座っている。
日本は建物の中は土足厳禁で、普段は床や畳の上に直接座る。
ただ大陸ではアジア西洋問わず建物の中は土足で、座る時は椅子、寝る時はベッドで寝るのが一般的らしい。
信長からすると『だから衛生状態悪くて病気が流行るんじゃないのか?』と思うのだが、とりあえず今は郷に入っては郷に従っている。
「よし! では光秀、皆の前で中華について説明せよ」
「はっ」
今大広間は首座の信長と側座の大名将軍達でコの字型に座っている。
コの字の左空白を埋めるように光秀は立つ。
信長の小姓、森蘭丸が光秀の妻煕子と共にアジア全土の地図を記した屏風を運んでくる。
少女と見間違うような可愛らしい蘭丸が、子供のような声で屏風を手で差す。
「皆様、こちらが中華の全容でございます」
「北の魏国、南東の呉国、南西の蜀国です」
煕子が言うと、諸将の目は屏風絵ではなく、煕子に集まる。
一言で言えば、煕子は魅力的な女性だ。美人であることはもとより、その親しみやすい温和な空気漂う種類の美人でありながら、右目を長い前髪で隠したやや影のある容貌。
そして本来は体付き隠せる着物越しでもはっきりと分かる程に大き過ぎる乳房は、普段チュウ・アウの超乳を見ているベトナム軍の将軍達でも思わず見てしまう。
当然アウよりもずっと小さいが、あくまでもアウが異常なだけで煕子の胸も十分に常人離れした胸だった。
くわえてアウは大将軍らしい鋭い美貌を持った女性だが、優しく柔らかそうな雰囲気の煕子は、また違った魅力を持つのだ。
彼女と結婚した日から光秀は織田家中では『光秀爆発しろ』と陰口を叩かれている。
煕子と蘭丸が屏風絵のすぐ横に鎮座する。
光秀は咳払いを一つして、真剣な面持ちで説明を始める。
「では、ベトナム、シャムの情報に、半蔵殿達忍びの集めた情報をまとめました。まず中華はアジア最大の国であり、その国土は日本の一五倍。始皇帝が病に倒れ項羽と劉邦が争い、黄布の乱や袁紹、董卓の圧政や度重なる飢饉で人口が激減しましたがそれでも人口は四〇〇〇万人、日本の二倍近く兵力はおよそ二〇〇万。日本の四倍です」
その説明に諸将はにわかにざわついた。
これから戦おうという相手の強大さは流石に無視できないようだ。
「ですがご安心を」
堅物の光秀が、僅かに頬を緩め声を明るくした。
「それは中華全土の話、今の中華は見ての通り、魏、呉、蜀の三国に分かれており、一度に二〇〇万の敵を相手にする事はありません。さらに中華の覇権を巡り戦う三国の背後にはそれぞれ別の敵があり、兵は二分されています」
そうなると単純計算でも実質的な兵力は六分の一、およそ三三万程度になる。
広間のざわめき消え、皆光秀の説明に聞き入る。
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