第29話 信長の目指す世界の王


「以上が俺の政策、軍事方針だ。ではそろそろ宴会も終わる頃だ、俺は寝る」


 今までにない画期的な政策の数々にチュン姉妹は圧倒され、思考が停止していた。


 だが信長が背中を見せると、チャックはその背を呼びとめる。


「待って下さい……その、ここで寝ていかないのですか?」


 信長は言葉の意味を察して、振り返らずに答える。


「そういうのはいいよ、俺もう嫁いるし」

「ですが、支配者は支配地の王族の姫に自身の子を産ませるものでは」

「俺はそういう事がしたくてベトナム盗ったわけじゃあないからな」


 チュン・ニが叫ぶ。


「じゃ、じゃあ貴方はなんの為に世界を狙うの!?」


 姉のチャックも妹に続く。


「そうです。奪わず犯さず貶めず、ただ与え育て救済する。それで貴方になんの得があるのですか!? ただ世界が自分の物になった、という事実だけに満足なのですか!? 他国を征服し自国の繁栄を極めようとは思わないのですか?」


 二人の女王の訴えに、信長は頬をかいて少し困った顔をする。


「男ってそういう生き物じゃないのか?」

「「え?」」


「男と生まれたからには名を上げたい、上を目指したい。この世で最も強く大きな存在に、その頂きへの道をみつけたならただ上に、ただ前に、世界の頂きへ登って登って登り続けて頂上からの景色を見たい。男という馬鹿な生き物が持つ夢、大望、ただ頂点が欲しい」


 そこまで言って、信長は『だがな』と切り、チュン姉妹に向き直る。


「頂点に立つのと、他者を虐げるのは別だ。確かに俺は誰もが世界の王になろうとする戦国乱世に男として生まれた。でも俺の目指す世界は全ての国が一つとなり他国という概念がなくなり全ての戦乱がなくなり全ての人種民族宗教文明が対等に話せる世界だ。俺はそういう世界の王になりたい」


 チュン姉妹は絶句する。


「「そんなことが」」


「可能だ。俺の物になった土地全てを武装解除させ国民はひたすら生産と商業活動にのみ励む、王が一人ならば世界の民から徴収する税も減り民は貧困に苦しむ事も無い」


 チュン姉妹は信長に吞まれていた。今までこんな考えの人間には会った事が無い。


 この人は、子供がそのまま大人になった人だ。


 普通の人間はどれほど綺麗事を並べても実行はできない。始めは立派な志を持っていても、やがて増長し、結局は暴君になったり、目の前に世界を救う方法があっても、自身の不利益を考え黙殺する。


 なのに目の前の人、織田信長は恥も外聞も世間体も損得も考えずに『こうすればいいじゃないか』を当たり前のように実行してしまうのだ。


「でも、我々には返せるものが」

「俺が勝手に支配して、勝手にお前らが助かるだけだ。返す必要は無い」


 信長の手が、二人の頭を優しくなでる。


「大丈夫だ、心配するな、安心しろ、全部俺に任せろ」


 チュン・チャックと、チュン・ニは信長の胸板に額をつけ、涙を流した。


「それに、実は俺の個人的な欲望もないわけじゃない。お前らさ、ベトナムの東には海があるけど、ずっと西には何がある?」


「……えっと、インド、ペルシア」


「その先は、オスマン帝国があって西洋、だっけお姉ちゃん?」


「そうだ、俺は世界の果て、日の沈む海が見たい」


 信長の目は、少年のように輝いていた。


「日本は島国だからな、俺は子供の頃、太陽は東の海から昇って西の海に沈んでいると思っていた。だがその後、西の海の向こうには大陸がある事、その大陸は西へ長く伸びている事を知った。中華、チベット高原、中東の大砂漠、そこを抜けてもまだ本当に太陽が沈む世界の果ては遠い」


 語る信長の声に熱がこもり、早口になる。


「俺は自分の生まれた日本が世界の東の果て、極東の島だと知って思った。ならば西の果てはどうなっている。そこはどんな海だ。どんな世界が広がっている!? 西の地平線を眺め何度も思った! ……東の果てから始める世界統一の野望、それが成った時、俺は西の果て、世界最後の太陽が沈む本物の海を見るのだ……お前らも、子供の頃思ったんじゃないか?」


 信長は言った。


「太陽はどこに沈むのだろうとな!」

「「!」」


 ベトナムの東には海が広がっている。二人は海から昇る日の出は何度も見た。けれど、太陽はいつも地上に沈む。

 故に二人は見たことが無かった。海に沈む太陽を……


「「はい‼」」


 二人の泣き顔に、満開の花が咲いた。

 

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