第27話 三国時代の戦乙女チュウ・アウVS日本の戦乙女甲斐姫


 二人は鎧はつけず、獲物だけを持った状態で宴会場の中央を陣取った。


 甲斐の武器は薙刀。アウは戟だ。


 あくまで余興、というていなので日本軍もベトナム軍も盛り上がっている。


 ベトナム軍からすれば、チュウ・アウは自国最強の武人であり大将軍。指揮能力だけでなく、一個人の武勇も最強と信じて疑わない。


 対する甲斐姫は、日本統一最期の大戦、小田原北条攻めの際に唯一落ちなかった支城、忍城を防衛しきった女猛将。

 日本最強の女武者は誰か、という話題になれば『巴御前』『誾千代』に続いてまず間違いなく名前の上がる最強候補である。同じ女相手という条件ならば負けは無いと信じられている。


 甲斐とアウ、二人の闘気が宴会場の中央で触れあった。


「はぁああああああああああああ!」


 甲斐がしかけた。右に構えた薙刀を大きく左に振る。


 アウが二歩後ろに引いてかわす。甲斐の薙刀が目の前を通り過ぎると同時に二歩踏み出して戟を突き出した。


 甲斐が薙刀をすばやく戻して柄で受け流す。


 そこからは壮絶な斬撃の浴びせ合いだ。


 甲斐の瞬刃とアウの剛刃が喰らいあい百花繚乱の狂い咲き。


 火花を散らせ金属音を響かせ二人の戦乙女が宴会場の男達を魅了していった。


「強いな甲斐。体捌きはしなやか、狙いは的確、攻撃は鋭く迷いが無い」

「アウ将軍だって凄い力じゃないですか。まるで男の豪傑と戦ってるみたいです」

「そうか、なら!」


 アウが腰を落とし、下半身の力を乗せた突きを放つ。

 甲斐の心臓を捉えた戟の先端は空気を抉り抜いて止まらない。

 それを……


「よっ」


 甲斐はその場で全身を柔らかくひねり、回り、戟をかわしながら自身の回転運動を薙刀に乗せてアウの首を狙った。


 アウが素早く身を低くしてかわす。


 互いの攻撃が空振りして、二人は自身の得物を素早く戻して神速の突きを放った。


『おおっ!?』


 周囲の男達が息を吞む。


 長身のアウが使う戟の方が、小柄な甲斐の薙刀よりも長い。攻撃方法が同じ突きならば射程の長いほうが有利。


 しかしアウは戟の柄を両手でつかみ、握りに二尺(六〇センチ)は使っている。


 対する甲斐は左手一本で薙刀の柄の端を握り、半身に構えて左肩を大きく突き出している。


 白銀に輝く二人の穂先は互いの横顔を映していた。

 甲斐とアウは自然と得物を引くと床に柄頭を下ろした。


「アウ将軍。ありがとうございました!」


 甲斐が頭を下げる。アウは満足げに笑う。


「私も感謝する。世の中にこれほどの練度を持った女武人がいるとは思わなかった。ところで甲斐。日本軍には貴殿よりも強い武人はどれぐらいいる?」


「うっ、く、くやしいけど……結構います。そこにいる前田慶次とか、あとは東日本最強の本多忠勝、西日本最強でそこにいる立花宗茂」


 アウが横目で見ると、宗茂が誾千代と一緒に座ってこちらを見ている。


 嫁である誾千代をイジって遊ぶ言動から軽薄そうに見えたが、甲斐に『自分より強い』と断言させる程の実力者らしい。


 どうやら彼もまた、慶次と同じ種類の武人のようだ、とアウは納得した。


「あと新撰組の沖田総司と斎藤一、それに義経の部下の武蔵坊弁慶とか、他にも何人かいます」

「そんなに……」


 アウは武人同士の何気ない会話で、日本軍の戦力を推し量る。

 アウは自身がベトナム最強の武人であり、一騎当千の豪傑であると自負している。

 その自分と互角に戦う甲斐はまぎれも無く一騎当千の豪傑。


 なのに甲斐の話を聞く限り、甲斐ですら日本軍十傑にも入らない様子。


 一騎当千どころか一騎三千や一騎五千、もしかすると中華全土に未だ二人しか確認されていない万夫不当、あの呂布奉先のような輩がいる可能性もある。


「…………」


 アウの脳裏には、この三年間、呉国と戦い続けた戦場の記憶が蘇る。

 呉軍の数、装備、豪傑、そのどれと比べても五日前の勝利はまぐれ当たりではない。


「諸将の方々!」


 アウの一声に周囲の男達は甲斐との勝敗も忘れてアウに注目した。


「呉との戦、勝てるぞ! 先祖代々中華に弾圧されるのもこれまで! このチュウ・アウ、日本軍と共に呉軍を討ち滅ぼす所存!」


 宴会場が湧きあがる。歓声を上げるのは主に生き残ったベトナム軍の武将達だ。

 涙を流し叫び倒すその様子から、彼らがいかに中華から冷遇されていたかが分かる。


 表には出さないが、ベトナム軍には日本軍を快く思っていない連中もいたに違いない。


 だが大将軍であり皆の信頼厚いアウ自ら宣言する事で諸将の気持ちは一つとなる。


 アウのこの一言で、信長はこの瞬間に実質ベトナムを手に入れたと言えるだろう。

   

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