第23話 日本軍大進撃&信長の東南アジア大改革
信長は呉の遠征軍を壊滅させると、ベトナム軍を伴って首都ハノイの城へ入った。
だがさすがに数十万の日本軍全てが入場する事は出来ず雑兵達は城の外で野営。
信長達は先の戦で負傷したベトナム兵の治療、自分達の身分と目的の開示といった事を片付け、日本軍とベトナム軍の邂逅から五日後の夜。城では戦勝祝いが催されていた。
宴の部屋は日本とベトナム両軍の武将達が酒と料理を楽しみながら打倒呉を掲げて盛り上がる。
そんな中、女王チャックは貴賓席で料理には一切手を付けず、宙を見つめていた。
――一体、何が戦勝祝いなのですか……
勝利の余韻も高揚感も何も無い。勝ったのはあくまでも日本軍。ベトナム軍は全滅寸前だった。
ベトナムは、遥か昔から中華の弾圧と侵略を受け続けていた。それを打ち破り、独立すべく立ち上がったのがハイ・バー・チュン、つまりチュン姉妹の二人だ。
この三年間、チュン・チャックとチュン・ニは弱気な民草をまとめ、軍を編成し、チュウ・アウを将軍に据えて呉と戦い続けた。
呉の軍は強大で、三年間の戦いで楽だった戦はただの一度もない。
いつだってチャックは呉の兵の数に、兵の装備に、兵の練度に、兵器の質に押されていた。
いつだって、どんな時だって引き分けに持ち込むのが精一杯。そんなチャックにとって、呉こそが決して越えられぬ地獄の軍勢だった。
いつもこんな連中に勝てるのか、と自問し続けた。
なのにその呉軍をなんの抵抗もなく滅ぼす軍勢が現れた。
軍神の嘲笑で戦場を蹂躙した日本軍。
彼らに逆らうなど正気の沙汰ではない。
呉軍ならば何度も引き分けを続ければやがて諦めてベトナム進攻を諦めてくれるだろう、と頑張れたが、日本軍相手に戦いを挑む気など起きるはずもない。
チャックは歯噛みする。あんなものを見せられた今、どんな屈辱的な要求にも屈してしまいそうな自分がいる。
ベトナムを守る為これまで戦って来たのに、それは全て無駄だった。ベトナムは征服され喰い物にされる、三年前のように……
「おいチャック!」
「はい!?」
隣に座る信長が声をかけていた。バカだ、信長の機嫌を損ねればベトナムは消されるのだぞ、とチャックは自身を叱咤する。
今のチャックに出来るのは、少しでも信長の機嫌を獲り、良い条件で支配される事だ。
織田信長。
光秀に彼を紹介された時は我が目を疑った。
信長は、光と闇、魔と聖、あらゆる相反するものが融合していた。
山脈のような威圧感があるのに怖くない。
魔王のように不敵な笑みなのに無邪気に見える。
領地維持でも領土拡大でもなく、国を盗り、世界を征服する野望を持つのに、まるで救世主のような空気をまとい、家臣から慕われている。
底が見えない人柄の恐怖に内心怯えながら、チャックは信長の顔色をうかがう。
「宴もたけなわだが、三人で今後の話をしたい。お前らの部屋へ案内してくれるか?」
――来た!
「は、はい」
三人、それはつまり、妹のチュン・ニも一緒にという事だ。
チャックは思わず隣に座る妹の手を握ってしまう。
◆
チャックは、信長を自分達の寝室に案内した。
執務室ではなく寝室を選んだ理由は、侵略者が属国の女王に要求するモノを考えての判断だ。
チャックは妹の手を握る手に力がこもるのを押さえられなかった。
チャックとて大人、寝室で男の喜ばせかたを知らないわけではない。なんとか自分が信長を満足させて、それで妹だけでも守らねば、そう考えて、心臓が張り裂けそうな程に暴れた。
救国の野望ついえ、侵略者のなぐさみものになる運命を呪って部屋の明りを灯し、
「ん、なんで寝室なんだ? 執務室に連れて来て欲しかったんだが」
「へ?」
「まぁいいか。じゃあ今後の国内政策について話させて貰うぞ、まぁ座れ」
チュン姉妹は訳も分からないまま、促される前に椅子に座る。
信長は二人の前に立ち、教育者のような身ぶりで説明を始めた。
「よし、じゃあまずは武装解除だ。戦争は俺らがやる。軍は希望者だけ残りあとは一般人に戻して商業活動と生産に尽くしてもらおう。ただ軍が完全消滅してもマズイから数が減り過ぎるようなら多少引きとめはするがな。あとは開墾開拓経済政策と人事改革だ」
チュン姉妹の頭上に疑問符が浮かぶ。
「国力を高める為には人口増加、その為には病人と餓死者を減らす必要がある。まず各村に井戸を掘り川まで行かずともいつでも清潔な水が使えるようにして掃除と洗濯、体を洗う事を指導する。俺の部下の家康は西洋から買った石鹸を兵に配り体を洗わせて皮膚病を劇的に減らしている。石鹸の量産体制も作るつもりだ。衛生面が改善されれば病気は驚くほど減る」
チュン姉妹の目が点になる。
「それから農地開拓と農業畜産の技術指導を各村に行い食糧生産量を上げて飢える者を減らす。税を上げなくとも生産量が増えれば税収も農民の食糧も増え一石二鳥だ。あと空いている時間で保存食を作らせそれは軍で買い取り農民の収入源にする。農業は季節によって暇な時期があるが、そういう時の為の内職も用意している。詳しい賃金は後で話し合って決めよう」
チュン姉妹の口がぽかん、と開いたまま塞がらない。
「経済政策は楽市楽座を行う、まぁ規制緩和と市場開放だな。商売をする上で必要な同業者組合や役人、領主への場所代や売上税やこれに準ずるものがあればこれを廃止する。国が税を徴収しているのに貴族や役人にまで税を払っていては二重三重に国民から税を取る事になる。これは駄目だ」
チュン姉妹の頭から煙が上がる。
「それに各種単位と貨幣流通を整理しよう。これは商業活動促進に繋がる。長さ、重さ、量の単位は国家で統一して、貨幣も種類を統一してそれぞれがどの程度の価値を持つのか正確に定める」
「まま、待って下さい!」
首を傾げたまま動かないチュン・ニの横で、チャックが右手を突き出し信長を止めた。
「あの、先程から一体なんの話でしょうか?」
「え? 何ってこの国を富ませる為の政策だが、何か問題でもあったか? あぁ井戸の工事資金なら気にしなくていいぞ。我が国の上総掘りなら簡単な材料で最大五間近い(五〇〇メートル)の穴を掘る事が出来る。技術指導は我が軍が担当する」
「そういう話ではなく! 貴方は我々の国を! ベトナムを侵略に来たのではないのですか!? ならば何故搾取しないのですか!? 我々を奴隷に貶め男は馬車馬の如く使い女は犯す! それが世の習いではないのですか!?」
妹のチュン・ニも黙ってはいない。可愛らしい顔に精一杯の気迫を持たせて信長に詰め寄る。
「そうです! これはなんの計略ですか!? 私達を騙して何をしようと言うのですか!?」
「いや、それどこの盗賊だよ……ちょっとマジ引くわぁ……」
肩をすくめて眉根を寄せて、チュン姉妹から二歩下がる信長。彼の威厳や威圧感が途端に消滅した。
その姿に、チュン姉妹は頬をひきつってしまった。
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