第22話 源平戦国幕末・ニッポン・オールスター 後編


「これは……なんなのですか?」


 森羅万象が蹂躙されていく。


 この世の何者も抗う事すらできない圧倒的な力。


 禍々しく、雄々しく、神々しく、この世のすべてを否定し嘲笑う神の軍勢。


 戦いすら成立しない、それはまさしく、軍神達の享楽だった。


「われわれは……助かったのですか?」

「わかりません……まだ彼らが敵か味方か……」


 チャックとアウはそのまま呉軍が滅ぼされる様を眺め続けた。すぐ隣で妹のチュン・ニもぽかんと口を開けたまま目を見開いている。


 呉軍は本陣へ逃げる為にひたすら北上。東から現れた謎の軍は呉軍を追いかけ北上。

 もう、象の上からでも前線の様子は見えない、それほど前線が遠くへ行ってしまったのだ。

 何十万といるか解らない軍はベトナム軍に肩や背中を見せ、北へと曲って進軍していく。


 その中から、数十名の騎馬がこちらへ駆けて来る。

 敵意は感じないが、一応は警戒して、アウが戦象の五歩進ませる。

 女王であるチュン姉妹の前に出て、騎馬隊の先頭を走る男と相対した。


「貴様らは一体」

「酷い怪我ではありませんか! すぐに傷の手当てを」

「え?」


 黒髪がキレイな美男子の指示で、騎馬隊の一人がアウの象によじ登る。


「どうもでっかい姉ちゃん、ああ俺家康ね。これでも医者だから安心してくれよ。本当は大名なんだけど健康趣味が過ぎて薬剤師と医師も兼任できるようになったんだ」

「え? え? え?」


 家康と名乗る男は水筒の水でアウのフトモモを縛って止血すると、矢傷を洗い塗り薬を塗って手際よく包帯を巻き始める。


 最初に話した男が口を開く。


「我々は日本軍です。私は日本軍総大将、織田信長様の家臣、明智光秀と申します。以後お見知りおきを」


 呉軍には問答無用で襲い掛かっておきながら、自分達にはこの対応。光秀の顔を見ながら、アウとチュン姉妹は『まさか救援に』と思い……


「我々は、貴方がたを救援に参上致しました。呉軍は我々の軍が撤退させますので、皆様はどうぞ本陣へ御戻りください」


 見れば、辺りでは日本軍の兵が次々負傷兵を運び、軍医が重症者の手当てを始めていた。

 そこでアウは重大な事を思い出し叫ぶ。


「まだだ! 今この戦場に海から呉軍一万の援軍が」

「海から? 家康殿、それはもしや」

「ああ、さっき俺らが潰したアレじゃね?」

「え? アレ?」


 アウが頭上に疑問符を浮かべる。光秀はこともなげに言う。


「我々はシャム王国から船で来たのですが、途中呉の旗を掲げた船団が見えたので全て沈めて来たのですが、もしやソレでは?」

「そ、そっちの損耗は……」


 声を振るえるアウへ一言。


「使用した砲弾ぐらいでしょうか。水軍将九鬼嘉隆様の指揮の下、一方的に船の大砲で撃ち沈めただけなので、って、家康殿、女性の胸をそう見るものではありません!」


 家康はアウの治療をしながら、その乳牛にも匹敵する超乳に見入っていた。光秀にとがめられると唇を尖らせる。


「お前だって本当は見たいんじゃねーの? お前の嫁さんマジで爆乳だからな、お前爆乳好きだろ?」


 光秀の色白の頬に赤みが差す。


「ひ、煕子とは胸で結婚したわけではありません! 偶然です!」


 子供のような喧嘩を始める二人。チャックは息を吞み、おそるおそる尋ねた。


「あの、日本とはもしや、東の海の向こうにある」

「はい、極東の海に浮かぶ島国、それが我らの故郷です」


 女王に就任して三年とまだ日が浅いチャックだが、その名は聞いたことがあった。


 東南アジア諸国は、少なからず日本との貿易経験がある。


 女王になってからは呉との戦続きで、チャックはずっと戦争にかまけていたが、貿易相手として名前だけは覚えていた。


「……あの黒い棒のようなものはなんですか?」


「あれは火縄銃、もしくは鉄砲と呼ばれる武器です。東南アジア諸国に攻め込むスペインやポルトガルの兵も使っているはずですが」


「噂は耳にしていますが、ベトナムは呉との戦ばかりでスペインやポルトガルとは戦闘経験がありませんので……」


 東南アジアには鉄砲は普及していない。これが信忠を説得した大陸相手の勝算だ。


 確かに大陸の西洋文明は強大だったが、日本はその技術を完全吸収、それどころか日本の鉄砲の精度は西洋人ですら驚く程の発展ぶりだ。


 逆に、工業力や戦争価値観、資金の問題でアジア諸国には鉄砲や火薬兵器の普及率が低い。それに中華にある銃は銅銃と言って命中精度の低い武器だ。


つまり日本軍は、アジアでの戦争において一方的に火薬兵器を使えるのだ。


「……それで光秀殿、救援の条件は?」


 誰もが大陸統一や領土拡大を目指すこの戦国乱世。タダで救援をする酔狂な人はいないだろう。

 チャックが固唾を吞みながら、淡い期待をする。


「はい、皆様には織田家傘下に入って頂きたく思います」


 チャックの期待は打ち砕かれた。

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