第19話 ベトナム最強の戦乙女チュウ・アウ


「押せぇええええええええええええええええええええええええ!!」


 ベトナム北部の平原。中華の呉軍からの侵攻を抑え切れず国境から戦線が後退してしまったベトナム軍。


 彼らの背後には首都ハノイがある。これ以上の戦線後退だけは避けねばと、チュウ・アウ将軍は戦象の上から弩を射ながら雄たけびをあげる。


 ベトナム軍女大将軍、チュウ・アウ。


 全身を鍛えこまれた筋肉で引きしめられた体は並の男よりも背が高く、その剛腕は九石弩(引くのに二七〇キロの力が必要なボウガン)を片手で一瞬で引き放つ。


 だが彼女は決してむさくるしい筋肉女などではない。


 赤く長い髪を風になびかせる容貌は抜き身の刀にも似た鋭い美しさを持った絶世の美女であった。


 確かに腕は並の女性よりもいささか太くはあるが、気になる程ではない。


 足は柔らかそうなむちっとしたふとももで、首筋やお腹回りも特別細いわけではないが、決して太くは無い、が、対比で細く見えてしまう。


 まず彼女は非常に豊かな尻をしている。


 丸く、安産型の臀部は女性特有の丸みと柔らかさを存分に主張していて、そしてとにかく胸の豊かな女性であった。


 アウが弓ではなく弩(ボウガン)を使う理由がこれだ。一言で言えば胸が大き過ぎて弓が引けない。


 具体的にどれぐらい大きいかと言えば、乳牛と遜色ない大きさだ。


 極端に胸の大きな女性をスイカに例えるが、比喩表現ではなく、スイカをまるごと二つ胸につけても彼女の胸には勝てないだろう。


 何せ鎧に胸が収まらず、彼女専用のサラシ、胸巻き、胸当てを用意し、それらを時間をかけて身に着ける事でようやく出陣できるのだ。


 男のイチモツはおろか、頭をまるごと飲み込んでしまいそうな大きさでありながら重力には負けず、見えない手に支えられているような張りと弾力を持つ胸は彼女の動きどころか呼吸に合わせて僅かに上下している。


「ここを突破されればベトナムの最期だ‼ 全員死体になっても喰らいつけ‼」

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼』


 アウは並の指揮官のように本陣では指揮をしない。


 自ら戦象に乗って最前線に出て、象の上から敵を弩で射殺し敵と戦いながら前線の様子を見て直接指揮を飛ばす。


「五番隊、前に出過ぎだ! 八番隊、隊列を組み直せ! 四番隊は三番隊を援護! 弓兵部隊! 右に一五度修正だ! 放て!」


 ベトナム軍一万三千に対して呉軍は四万、そして呉軍の方が装備も良い。


「アウ将軍! 一五番隊一四番隊壊滅!」

「くそっ!」


 先週までは二万人もいた軍が今ではおよそ半分、本来ならばすでに撤退しなければならない被害だ。


 三倍の兵力差、装備の優劣、それでここまで戦えたのはアウ将軍の統率力あってのもの。だが、これ以上は本当に殲滅戦だ。


 残る兵達にも家族がいる。無駄死にはさせられない。だが退けば呉軍はこのまま進攻を続けるだろう。


 アウは悩んだ。この場を斬り抜ける賭け、それは自分の命を危うくする。この場を一時的にしのいだとして、自分が死んだ時の被害。


 アウは自信過剰ではないが、自分の立場は理解している。


 仮に女将軍チュウ・アウを失えば、ベトナム軍の士気は壊滅的な被害を受け、呉軍は一気にベトナムを攻め滅ぼすだろう。


 だが、


「今やらねば、今滅びるだけだ……」


 アウの瞳に炎が灯った。


「中央四番隊五番隊は左翼、六番隊と七番隊は右翼を援護! 空いた穴は私が埋める‼」


 両足のかかとで戦象に前身を指示。


 地響きのような鳴き声を上げて戦象は大地を踏み鳴らして突撃する。


 ベトナム軍が左右に割れる。出来た道を突き進むアウ。


 戦象は呉軍の兵士を踏み潰し、鼻で薙ぎ倒していく。


 硬い槍も、鋭利な矢も、戦象用の鎧を着込んだ戦象には効果が薄い。


 硬く厚い天然の鎧を着た象を殺すには火縄銃を使うか、急所を上手く狙う必要がある。

 そこに軍場に着せるカタクラフトのような象鎧が合わさればそう簡単には殺せない。

 だがただの敵中突破では意味が無い。そもそもいかに戦象といえどこのまま敵本陣までは辿り着けない。


 だからアウが行うのは示威行為。


 敵を怯えさえ、撤退を決断させる戦闘だ。


「我が名はチュウ・アウ! 腕に覚えのある者はこの首を落としてみよ!」


 槍の穂先、その左右に斧の刃がついた武器、戟をつかむとアウは戦象から飛び下りる。


「アホか! 名乗らなくったってその乳見ればチュウ・アウだって解るんだよ!」

「乳牛よりでけぇ乳しやがって!」

「そんな乳でまともに戦えると思っているのか!」

「殺して犯して尽くしてやるよ!」


 呉軍の挑発に、アウは顔を耳まで真っ赤にして戟の柄を握りしめる。


「いいだろう……皆殺しだ‼」


 呉軍の男達が一斉に襲い掛かる。アウが檄を一振りする。横薙ぎの一撃は男達の槍を一瞬で粉々に砕き、二撃目で男達の首が一斉に宙を舞った。


 後ろの兵の顔が青ざめる。あとは何て事はない。


 中央突破を目指す兵が次々アウへ突貫し、突貫した人数だけアウに殺された。例外は無い。アウに挑んだ男は一人残らず戟の錆となる。


 アウの激しい動きで、異常なまでに大きな尻と乳が激しく乱れるが、不思議と体の動きには影響しない。


 むしろ揺れの反動すら戟裁きに利用しているのでは、と思えてしまえる程、アウの戦い方は苛烈だった。


 だがアウの活躍は三〇〇人ばかり殺したところで終わる。


 兵が、全員アウを無視したのだ。


「なっ、貴様ら!」


 アウが殺せぬなら無理に殺す必要は無い。呉軍の目的はアウの抹殺ではなくベトナムの侵略。アウがいかに強くても身は一つ。


 ならばと数千の呉兵はアウを避けるように左右に分かれて中央突破を行う。


 アウは兵達を追いかけて殺した。


 だが、敵から向かって来てくれるのと違い、当然討ち漏らしが出てしまう。


 アウの相棒である戦象が気をきかせて呉兵を踏み潰し、鼻で蹴散らすがそれでも足りない。


 呉軍の一人がアウをあざける。


「はーはっはっはっ。手も足も出ないようだなアウ将軍。ついでにいい事を教えてやろう。もうすぐここに海路を通って呉軍一万の援軍が到着する」

「何!?」

「我ら四万と合流し五万の兵で貴様らを徹底的に叩き潰す、それが此度のベトナム征伐の作戦だ! もう諦めるんだな!」


 言って、男は自軍へ向かって走り、アウから逃げた。


 何千という男達はワラワラと駆け回り、戦象とアウを翻弄しながら中央突破をする。

 兵の減った中央は部下達だけでは守り切れず、押されている。


「このままではマズイ! !?」


 自軍を振り返ると、アウは戦闘本能で矢の気配に気付く。


「はぁっ!」


 振り返りざまに檄を振るう。衝撃波で矢の軌道が逸れてアウをはずれた。刺さったのは……右のふとももに一本だけだ。


「っっ」

「よし、これであの女の機動力は落ち」


 アウが、雄々しく矢を引きぬいた。


「貴様ら……」


 アウの右腕に血管が浮かぶ、矢が軋み悲鳴を上げる。


「こんな細い棒きれで私をどうにかできると思っているのか」


 握る矢が砕けた。額に青筋を何本も浮かべるアウの迫力に呉兵が吞まれておののいだ。


「はぁああああああああああああああああああああああああ‼」


 裂帛の気合と同時に血を流す脚で敵軍に突っ込む。


 筋肉を引き締めふとももの出血を最小限に抑えながら戦った。


 次から次へ、次から次へと敵兵を殺して殺して殺しまくる。


 戟の先端で貫き、刃で首を狩りとっていく。


 アウの膂力ならば一振り一突きでゆうに五、六人は鎧ごと貫通する。


 血を流し、檄を振るい、体力を消耗しながらアウは思う。


 限界だと。


 もう四〇〇人以上の敵兵を殺しただろう。


 だが新たな矢が一本、また一本と足や腕、肩に突き刺さる。


 体の感覚が鈍い。戟が重い。


 もう一週間以上も戦いっ放しだ。指揮官としての精神的疲労が、ここにきて限界を越えたらしい。


 頭も体も上手く働かない。


 こんな状態で、新たな一万の援軍など来たらと思うと何も考えられない。


 ここまでか、アウがそう思った時、不思議な事が起こった。


「?」


 呉兵が向かってこない。


 アウを無視して、ではなく、ベトナム軍自体に向かわず、むしろ後退し、慌てているようにすら思える。


「一体何が……」


 檄を下ろし、数秒の休息がもたらした回復でアウの耳がそれを捉えた。


「なんだ……これは……」


 まるで雷を千本束ねたような轟音が呉軍の背後から聞こえる。


 それに、白い煙が遥か後方をうっすらと覆っている。


 狼煙や火事ではない。呉軍の新兵器か作戦かとも思ったが、どうも呉軍そのものがその音と煙に動揺していた。


 この隙にベトナム軍は隊列を組み直し、槍や剣を呉軍に向けて構える。


 だが呉軍は向かってこない。


 呉軍の背後からドラの合図が鳴る。呉軍は、全員アウ達に背を向けて走り出した。


「助かったのか……だが……何故……?」

  

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