第18話 タイ王国の貴族、山田長政

 日本の武家屋敷に、ここシャム王国独特の雰囲気を同居させた様相の山田屋敷。そこは三階建てで屋上からは町を一望でき、屋敷を囲む塀は高く、近くには物見用のやぐらがいくつも建っている。


 権力者の住む屋敷でありながら、そこは完璧な軍事要塞であった。


「では信長様、こちらへ」


 信長は山田の案内で三階の応接室へ案内され、シャム王国の王、ソンタムと面会。


 話し合いは摩擦無く、速やかに進んだ。


 この日、シャム王国は織田家の傘下、指揮下に入った。


 これにより、日本軍、通称日軍のシャム王国駐留、信長の各種改革や政策への賛同、世界統一への全面協力を約束させるに至った。


 やや小高い土地に建てられたこの屋敷の応接室からは町だけでなく、遠目に軍港までもが見える。


 故にソンタムは見ているのだ。


 屋敷のように巨大な鉄甲船一〇〇〇隻。


 港を埋め尽くす五〇万の軍勢。


 そして船から次々下ろされる積み荷、大砲、屈強な軍馬達。


 ソンタム王は知っている。


 圧倒的な戦力を持つスペイン軍の遠征軍をことごとく打ち破る侍の力を。


 ビルマとの戦争で僅か六〇〇人の侍がビルマの兵を一掃していく様を。


 たかが六〇〇人、一個大隊程度の数でそれだ。


 今日の為に山田が港の大拡張工事を行った時は、大げさではないかと思ったが、むしろ足りないぐらいである。


 信長が五〇万の兵を率いて来た事を言った時は焦燥を感づかれないようにするのに必死だった。


 しかし信長はシャム王国領を奪う事はせず、領土はこれまで通りソンタムが統治する事を認めた。その事を伝える時に信長は、


「安心しろ、可愛い部下の山田とお前の娘は夫婦。部下を困らせるような事はせんよ。それどころか山田の結婚祝いの品を送らせて貰うぞ」


 と付け加えるいやらしさだ。


 この事で、ソンタムは山田を重用し、娘と結婚させて良かったと心底思った。


   ◆


 ソンタム国王の娘であり、山田の妻である王女が自ら信長に茶を出すと、信長は機嫌良く吞みほした。


 信長がソンタムと国の方針を話し合う中、王女は夫である山田の隣に寄り添うように立った。


 主君信長の会談を見守る夫を見上げ、可愛らしい王女は尋ねる。


「ねぇ長政ちゃん、お父さんの国どうなるの?」

「ん、だいじょうぶだよヒメちゃん。シャムはもう信長様の傘下に入ったからね、シャムの領土は安堵されるし日軍が守ってくれるから」

「じゃあもう戦争しなくていいの?」


 妻の顔がパッと明るくなって、山田も笑う。


「うん、信長様の政策には武装解除があるからね。兵士は希望者だけが残ってあとは一般人に戻って生産と商業に従事。戦争は日本が代行するよ」

「よかった♪」


 花のような笑顔に、山田が『ヒメちゃんは可愛いなぁ』と頬を綻ばせる。その時、外で馬車の車輪の音が鳴った。


「ついたようだな」


 信長が言ってから三分後、応接室の戸が開くと廊下からは贈り物を持った男達が次々と入室してくる。


「先程言った品だ。部下の結婚祝いの為、姫と貴殿にささやかな贈り物だ」


 『どこがささやかだ』と言わんばかりにソンタム王の目が見開かれる。


 日本の染め織り物、蒔絵、茶器などの工芸品や水墨画、浮世絵などの芸術品、そして極めつけは世界最強でありなが最美を誇る戦闘兵器、日本刀の登場である。


 ソンタム王が金銀糸を使った豪奢な鞘袋をおそるおそる開け、中から煌びやかな模様を施した鞘を取り出す。


 直接飾りをゴテゴテつけるのではない、あくまで鞘の形状を崩さず、蒔絵の手法で金と銀と赤の鮮やかな模様を施し、手になじみやすく仕上げる。


 そして鞘を引きぬいてソレは姿を現す。


 窓からから刺しこむ太陽の光を反射し白銀に輝く刀身、その側面には芸術的な波紋が浮かび、刀身の根元には『天下布武 富国大平』と漢字が彫られている。


 世界の歴史において、鞘を金銀宝石で煌びやかにする国はあっても、刀身、人を殺し血を吸う部分にこれほどの美を施せた者も、施そうとした者もいはしない。


「これは……」

「それは日本刀、我が国の最も一般的な武器で全ての兵が所持している」


 ソンタム王の口が開いたまま閉じない。


 今まで内なる驚愕を隠していたソンタム王だが、今度ばかりは無理だったらしい。

 ちなみに、王女は長政に贈り物がそれぞれどういう物なのかを説明されながら普通にはしゃいでいる。


 いつか行ってみたいと言った夫長政の国を感じることができて嬉しいのだ。


 桜色の着物を体に当てて『似合う?』と聞く妻に『可愛いよ』と浮かれる山田。


 石化したまま動かないソンタム王。


 『計画通り』と顔で笑う信長。


 こうして信長の野望一日目は終わった。

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