第17話 秦の始皇帝の死後

「不老不死か、人間という奴は繁栄を極めると皆そこへ行きつくのだな」


「そのようですね。そうして始皇帝殿が倒れ政治が乱れると項羽、劉邦という二人が新たな覇者になろうと始めた争いが中華全土に飛び火し国は乱れました。張角という男が率いる黄布党が町を荒らしまわり、袁紹、董卓と言った権力者も現れ、世の混乱に乗じて力をつけた武将が次々名乗りを上げ戦況は泥沼化しました」


「ふん、支配者が力を失えば乱世になるはどこの国も同じだな」


 源氏と平氏が頂点を争い、戦国乱世になった日本を思い返しながら、信長は椅子に体重を預け直した。


 その日本は信長が統一したが、中華は未だ統治者が決まっていないのだろう。


「結果、項羽と劉邦は互いに潰し合い衰退。黄布党は様々な勢力軍により鎮圧。董卓は部下に裏切られ死亡。袁紹も戦に敗れ、七つに分かれていた中華は今、三国に分かれています。まず最大勢力である曹操率いる魏国、そして孫権率いる呉国、最も精力が小さい劉備率いる蜀国、この三大勢力が今の中華を支配していると言ってよいでしょう」


「国力比は解るか?」

「魏呉蜀の国力比は六・二・一と言われています」

「そんなに違うのか、それでよく三大勢力などと言えるな」


「領地面積自体はそれほど変わりませんが、魏国は平野が多く呉は川、蜀は山岳地帯ばかりですので、でも蜀は五虎大将軍という他に比類なき豪傑と、諸葛孔明という中華一の天才軍師を有しています」


 それだけで、信長の目が光る。


「ほぉ、なぁ山田、俺の地図では確か、呉は中華南東の国で海沿いにあったな」

「え、ええそうですが……」

「いい、いいぞ、続けろ山田」


 山田には何がいいのか、これだけの情報で何が見えたのかは解らない。信長はいつもこうなのだ。


 僅かな情報で瞬間的に敵の攻略法を当然のように思いつく。常人とは思考の出来が違う。


 ただ、その凡人には理解できぬ思考が故に敵も多かった。


「中華の中央ではこの三国が覇権を争っていますが、それぞれの国は背後に別々の敵を持っています。まず蜀は孟獲、ビルマの北に位置する南中の地を治め、南蛮王を自称中です。魏はモンゴルを統一し勢いのあるチンギス・ハン、魏が呉蜀を合わせたさらに二倍の国力を持ちながら未だ中華を統一できないのはこのチンギス・ハンの存在が大きいと言えます。呉の国の敵は長年に渡って中華の弾圧を受けているベトナムで、ベトナムは三年前、呉に反乱を起こしたチュン姉妹、通称ハイ・バー・チュンの二人が新女王となり、さらに頭角を現してきた女大将軍チュウ・アウの活躍で呉に善戦していますが、最近は物量に押され敗色濃厚です」


「なるほど、ならば国盗りの絵図は決まったな」


 魔王の笑みを浮かべる信長。山田は外国人でありながら瞬く間にシャム王国の要人となり王女と結婚までした自分に多少の自信はつけていた。けれど、信長を見るとやはり自分は小物だ、と思い知らされて肩を落とした。


「どうした山田、何故気を落とす?」

「いや、やっぱ信長様は私なんかとは違うなぁ、って」


 ほおをかいて苦笑いをする山田。信長は山田の落とした肩を強く叩く。


「何を言うか山田。俺の絵図もお前がこの地に基盤を作っていたからこそのもの。お前なくしてはアジア統一は三年遅れただろう。此度の世界統一計画、いの一番に功を上げたのは山田、お前だぞ」


 魔王の笑みではなく、無邪気に破顔して笑う信長。その笑顔に、山田は息をつく。


「本当に、だからこそ、信長様には勝てない」

「山田様、間もなく屋敷に到着致します」


 御者の声がしてしばらくすると、二人を乗せた馬車が減速した。

 

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