第15話 織田信長と前田慶次は世界の果てを見たい


 信長、光秀、慶次は茶を吞み、視線を交える。


「信長、あの時の言葉、忘れていないだろうな」

「忘れるものか」


 それだけで、光秀に心当たりがあった。


「信長様、やはり彼も」

「ああ、俺も信長の夢に魅せられた一人さ」

「フッ、人なれば、誰もが思う事だ」


 信長は目を細め、茶碗を置いた。


   ◆


 前田家は、本来利家の甥である慶次が継ぐはずだった。


 しかし、槍の又左と呼ばれ、天下一の槍使いを自称する前田利家が信長に直訴。

利家は信長がうつけと呼ばれた若い頃から共にツルんでいた、いわゆるダチ公であり、信長にとって信頼できる男だった。


 その利家が、慶次が滝川家からの養子で前田家の血を引いていない事、自分が前田家の当主になれば一族郎党全員に信長に絶対の忠誠を誓わせる事などをネタに口説き、信長は主君命令で前田家の次期当主を急きょ利家に変えたのだ。


 まもなく慶次は出奔、日本全国を旅してまわり、だが久しぶりに帰郷すると、信長は慶次を呼び寄せた。


「悪かったな慶次、だがあの時は少しでも兵力を強化せねばならぬ時」

「構わねぇよ。前田家の血筋じゃねえ俺が当主になったって問題事の種になるだけだ。それに、俺は当主なんて堅っ苦しいものは性に会わないしな」

「そう言ってくれると助かる、それで慶次。お前に聞きたいのだが、太陽が沈む場所を知っているか?」

「は? そりゃ海だろ?」


 何を当然のことを、と慶次は首を傾げた。


「ではこれを見ろ」


 信長が差しだしたのは地球儀だった。


 それから信長は語った。世界が丸い事、海の向こうには大陸と言って日の本全土の何百倍も大きな陸地があること、海の向こうにはまだ見ぬ文化や人間、国がある事を、そして何よりも大事な事、自分達の住む日本が極東、世界の東の果てにある事を。


「太陽は東から昇り西へと沈む、俺らの国はこの世界のどこよりも早く日に照らされ、一番先に朝を迎えるのだ。その日最初の太陽を誰よりも早く見る最初の目撃者だ、心地よいだろう?」


「へぇ、そいつは凄いな」


「でもな、それを知った時、俺は思った。では世界最後の太陽はどこへ沈むのだ? とな、日本の西の海に太陽が沈む頃、海の向こうの大陸はまだ昼だ。中華が夕焼けに染まる頃、中東はまだ昼だ、そして中東が夕焼けに染まる頃、西洋はまだ昼だ、そうしてその日、世界最後の太陽は西の果ての海、オケアノスへ沈み、西洋人達は世界最後の太陽を見るのだ」


 そこまで聞いて、慶次の心臓は既に高鳴っていた。


「慶次、お前は日本全国を漫遊したらしいな。海とはどこも同じか?」

「いや、北の海は冷たいが波が力強かった、南の海は温かくて穏やかで、潮の香りが柔らかかった」


「なぁ慶次、なら見たくはないか? 西の果て、この日の本から最も離れた、最も対極に位置するもっともかけ離れた海がどのような海かを」

「…………」


 慶次はツバを吞み、信長の言葉一つ一つを意識した。


「俺らがいるのは東の果て、なればここから西へ真っ直ぐ行くだけで世界の全てを見られる。地平線の果てまで続く平原に砂漠、切り立った山々や富士の二倍も三倍も巨大な山やどこまでも続く山脈。赤い髪や金色の髪、黒い肌や青い瞳、翡翠色の瞳をした人間の住む国、世界の全てを見尽くした果て、最後に待っているのは、世界最後の太陽の沈む海だ」


 慶次の心は、もう決まっていた。


「慶次、お前の活躍や武勇は聞いている」


 信長は右手を差し伸べる。


「最果ての海を見せてやろう。俺と来い」


 慶次に、断る理由は無かった。


   ◆


 そして現在、薩摩の軍港には日本軍五一万の軍勢が乗り込んだ一〇〇〇隻の艦隊が並ぶ。


 その中でもひと際巨大な戦艦の甲板で、信長は火縄銃を天に向けて放つ。


「さぁ皆の者! 世界の果てを! 西の海を見に行くぞ!」


『雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄雄‼‼‼』

   

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