第14話 源義経が信長の配下になった理由

 源義経は、幼い頃から寺に預けられて育った。親兄弟を知らず、育った彼は、だがある時、兄頼朝の存在を知り、助けるべく弁慶と共に兄頼朝の元に馳せ参じた。


 生まれて初めて会う血を分けた兄弟。


 かつてない多幸感を噛みしめ、義経は兄の為に粉骨砕身働いた。


 どれほど卑怯と後ろ指を刺されても勝利の為ならば構わなかった。


 夜襲なんて日常茶飯事。 

 騎馬武者の馬を射ぬいた。

 水上戦では非戦闘員である船頭を射殺した。


 遠くから迫る敵に、こちらの兵数を誤認させる為、村を焼き払い大騒ぎを起こした。


 義経の軍は連戦連勝。


 一〇倍の数の敵軍に勝った事もあるし、必要とあらば従兄弟の源義仲の軍も滅ぼした。


 兄頼朝の源氏は義経のおかげで破竹の勢いで平氏を打ち倒し、勢力を拡大し続けた。

 兄の役に立っている。その事実が嬉しくて、義経は武士にあるまじき外道の所業を繰り返した。


 どれほど周囲から卑怯者と呼ばれても一顧だにせず、兄頼朝の為に尽くした。

 そんなある日、手段はともかくとして、戦で勝利を続ける義経に朝廷は官位を与えた。


「聞いて下さい兄さん。朝廷から官位を授かりました♪ 兄さんの為に戦っただけなのですがまさかこんな名誉なことが転がり込んでくるとは。頑張った甲斐がありました♪」


 だが、兄頼朝は表情に嫌悪を現し、義経に詰め寄る。


「お前さ、何勝手に官位もらってんだよ。お前さ、俺の部下だよな? お前いつから朝廷の部下になったんだよ?」

「え? あの? でも相手は朝廷で……」


 戸惑う義経に、頼朝は止まらない。


「お前何か勘違いしてんじゃないか? お前はな、この頼朝の部下なの! 家来なの! 官位をもらう時は俺の承諾を得なくちゃ駄目なんだよ! 武士なのに知らない訳ないよな!?」


 知る筈もない。義経はつい最近まで俗世を捨て、寺で暮らしていたのだ。世間の、まして武士階級の作法など知るわけがないのだ。


「これってさぁ、謀反だよねぇ。お前は俺じゃなくて朝廷の犬になりたいって意志表示なんだ、あーそー、わかったわかった、はいはいはい。それがお前の本性ってわけね」


「ちが、兄さん俺はそんな! だって俺は兄さんを助けたくて!」


「じゃあなんで俺の許可なく官位授かってんだよ! お前に俺をないがしろにする気持ちがあるからだろが! お前俺を利用してたな……本当は朝廷に取り入りたくて、俺の軍に入って兵を借りて戦に勝ってそれを足がかりに朝廷に近づいて出世するのが目的だったんだ、そーだ、そーだよ。だからお前あんな必死になって、あんなクソ卑怯な手ぇ使ってまで勝ちを急いだんだ!」


「違うよ兄さん! なんで兄さんそんな」


「そうだよな、あんな外道手段ばっか使う下衆野郎だもんな、俺の為に戦うわけないもんな! 実の兄貴を踏み台にして出世した気分はどうだよ‼」


 ――違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う。


「俺は‼‼」


 頼朝は義経の処刑命令を発布。誰よりも兄頼朝の為に働いた義経は、頼朝の手で殺される事になった。


 だが、頼朝が京で義経討伐の軍を出し、義経が兄と戦うべきか悩んでいた時。


「滅びよ」


 織田信長が源頼朝を討伐。


 信長は征夷大将軍である源頼朝を滅ぼし、家臣明智光秀と親交のある源氏足利家を新たな将軍家として擁立。


 新将軍である足利氏を後ろ盾に信長は全国統一を進める。


「義経。お前はあの頼朝の弟らしいな。どうだ、俺を恨むか?」


 信長に問われ、義経は首を横に振った。


「いえ、俺はきっと、あのままでは兄を殺していました」


 従兄弟である源義仲を殺した事は、義経の中で少なからずシコリになっていた。


 それでも、従兄弟の義仲よりも実兄頼朝を慕う義経は耐えられた。


 だが、如何に命を狙おうと実兄頼朝を自分の手で葬るなど、今度こそ耐えられる自信はない。だから……


「代わりに兄を殺してくださり、感謝します」


 自分に言い訳ができる。


 兄は自分とは関係無い信長に殺された。信長が兄を殺した。自分は関係無いと自分自身に言える。


 義経は、精一杯の笑顔で信長に言った。


「助かりましたよ感謝します。ところ俺行くところないんですけど、弁慶や与一と一緒に雇ってくれません?」


   ◆


 信長が信忠と講和してから二ヶ月後。満開の桜咲く四月の安土城にて。


「光秀、兵はどうなっておる?」


 信長の前に恭しく座して、光秀は落ち着いた笑みを浮かべる。


「はっ、我らが二〇万の軍勢とは別に、全国より三〇万の兵が集まりました。また、蝦夷地よりシャクシャイン殿率いるアイヌ軍。琉球王国よりの尚巴志殿率いる琉球軍の協力もとりつけ、それぞれ一万ずつの兵を出して頂けるそうです。合計五二万」


「船は?」

「全面に鉄板を張り巡らせ、三〇門以上の大砲を搭載した長距離用大型鉄甲船一五〇〇隻」


「鉄砲は?」

「雨の中でも使え、従来の物より射程、威力に優れる新式銃が四〇万丁。弾と火薬は八〇〇〇万発」


「大筒は?」

「西洋の物を独自に改良した新式大砲が二〇〇〇門。砲弾と火薬は四〇万発」


「米は?」

「一〇万俵」


「硫黄はどうだ?」

「大陸で硝石を手に入れた時の為に、鉄砲一億発分の火薬が作れる量を用意しております。火薬兵器は棒火矢を数種類、計一〇万本。焙烙玉も数種類、計五万個用意しました」


「良いぞ、人、武装、物資全てが順調だな」


「五年前に東南アジアのシャム王国へ傭兵団として渡った山田長政殿からの報告では、傭兵団の活躍でビルマとの戦に勝利。ソンタム国王からの信頼厚く、王女と結婚し今では一地方を任される領主となり、我々を受け入れる準備もじき整うとの事です」


「山田が今では王女の夫で領主様か。これはいい、今更だが向こうに着いたらあいつの結婚祝いをしてやらねばな」


「はい」


 今のところは全てが順調。あとは出発の日を待つばかりである。そこへ勇ましい男の声が割り込む。


「随分調子がいいみたいだな信長」

「慶次! 信長様に向かってなんという口を」


 ずかずかと部屋に入って来たのは天下一の傾奇者、前田慶次だ。天を突くような長身に筋骨隆々の肉体。


 彼の活躍は光秀も知っているし、いつどこで傾いてもよい『傾奇御免状』を信長から貰っている事も知っている。だが、やはり主君に対するこの態度はいただけないらしい。


「構わん光秀、それで慶次どうした?」

「ん、いやなに。出兵前に茶の一つもたててやろうと思ってね」


 小脇に抱えた茶道具を見せると、信長は小さく笑い、蘭丸に茶菓子の用意を命じた。

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