第13話 一発ヤるって何を?


 数日後の夜。戦後処理も終わり、大阪城で戦勝祝いをする中、信長と信忠は天守閣で盛り上がる皆を見下ろしていた。


「なぁ信忠、お前は俺が幕府を作った理由が解るか?」


 戦国の魔王には似合わず、意外にも酒が苦手な信長だが、今日だけは酒を片手に息子と語らう。


「えっと、みんなは将軍の上に自分を置くことで神になろうとしているって」

「人間が神になんてなれるわけがないだろ。こんな事を言うと恩着せがましいが、お前の為だよ」

「私の……」


「ああ、俺が大陸へ行った途端、残った連中がお前に牙を剥くかもしれん。だが、この戦国乱世、他国に攻め込み領土を奪うのは日常茶飯事だが、相手が主君なら逆族の汚名を被る。故に反乱も起こりにくい。だから、武士の頭領である征夷大将軍となり、全国の武士を誰にでも解り易く、明確に織田家家臣にする必要があった」


「だから幕府を開いたのですか?」


「そうだ。でもな、俺が征夷大将軍となり、大陸へ行く時お前に将軍職を譲れば皆はお前を俺の代理としか見ない。だから安土幕府の初代将軍はお前でなければならない。誰の代わりでもない。安土幕府初代征夷大将軍であり、全国の武士全ての上に立つ頭領織田信忠。その事実が必要だったんだ。戦乱が無いのにこの大阪城を軍事要塞として築城したのも、ここにいればお前が安全だと思ったからだ」


「父上は、そこまで私の事を……」


 感極まり、信忠は泣くまいとこらえる。


「親だからな」


 信長は普段は見せない、最高の笑顔で信忠の頭を撫でる。


「お前の為ならなんでもするさ」


 二人は赤い盃を月夜に掲げ、共に吞み干した。


   ◆



「おう幸村、良かったな生き残れて」

「千代女さん」


 宴会場で、千代女が幸村に大股で歩み寄った。戦で活躍できて上機嫌の幸村に千代女は、


「っで、一発ヤルんだろ?」

「え!?」


 千代女の言葉に、幸村の心臓が飛び跳ねる。


「なんだ? ヤラないのか?」


 誘うような目の千代女。幸村の目は、彼女の谷間に釘付けで、さらにそのずっと下の部分も意識してしまう。


 一応は幸村も健全な男子で、あまりにも艶めかし過ぎる肢体を前に、理性が弱くなってしまう。


「い、いや、約束通り、ヤリ……ます」


 真っ赤になって俯く幸村、千代女は嬉しそうに破顔した。


「よっしゃ、っで、何をする?」

「へ?」


 幸村はポカン、と口を開けた。


「だってあたし『一発ヤル』としか言ってないだろ? っで、具体的にあたしに何をどう一発ヤッて欲しいんだ。はっきりくっきり具体的にそのお口で言ってごらん」


 ホレホレ、と千代女がこの世の邪悪全てを煮詰めたような笑顔で幸村を促す。


 幸村の脳味噌は尋常ではない速度で回転して、でも恥ずかしさが先行してしまう。


 千代女のカラダは凄い。


 豊かな尻。くびれたお腹周り、規格外の爆乳、そして柔らかそうなふとももとふとももの間にある想像不能の……


 幸村の鼻の奥に、鉄の匂いが充満する。


 彼は握り拳を固め言う。


「整体を一発頼みます!」

「おう、全身の骨を矯正してやるぜ♪」


 こうして、幸村は男子の夢、爆乳爆尻美女の全てを堪能し尽くす機会を失った。

 幸村の目から宝石のような雫が一粒、流れ落ちたのを千代女は見逃さなかった。


「あー幸村、あんたこんなところで吞んでたの?」

「おー甲斐、実は幸村が戦前に生きて帰ったら一発ヤラせてくれって言ってたからさ、今具体的な内容を決めてたんだよ」

「ちょっ、千代女さん!」

「こんの変態糞下衆外道助平野郎がぁああああああああああああ!」


 甲斐の渾身の拳が幸村の顔面を叩き割る。幸村は間後ろに倒れ込み、鼻血を噴き出しながら意識を失った。


「おいおい幸村、いくら千代女がイイ女だからっておいたが過ぎ――」


 近くで吞んでいた宗茂は、右手を誰かに掴まれ、振り返る。

 誾千代が憤慨した顔で、


「宗茂、随分と千代女殿が気になるらしいな」

「え? いやそんな事は……あの、誾千代さん?」

「浮気は許さん!」


 誾千代の手から、強烈な電撃が流れた。


「ぎゃああああああ、だったら今夜はその胸で」

「だまれぇ!」

「のおおおおおおおおおおおおおおお!」


 感電しながらのたうちまわる宗茂。

 だが最近はこの電撃で体の疲れが取れるようになってきたから不思議だ。


「もっと感電させてやる!」


 言いながら誾千代は宗茂にしがみつき、自分の胸を押し当てた。確かに千代女は爆乳だが、胸の大きさなら自分も負けていないと主張するように強くこすりつける。でもそうすると恥ずかしくなって、つい電圧を高めてしまう誾千代だった。


   ◆


 皆が祝宴に浮かれている間、義経は巴御前と共に誰もいない、縁側の端で酒を吞み交わしていた。


「これで、日の本は統一されたな、姉さん」

「うむ、これも信長殿の為せる業だな」


 絶世の美男美女とはこの二人の事を言うのだろう。月下で並ぶ二人は、まるで一枚の絵のように美しかった。


「なぁ姉さん。本当に俺の事、恨んでない?」


 普段の義経からは想像もできない殊勝な態度に、巴は笑って返す。


「何を恨む必要がある。武士が戦場で死ぬのは乱世の習い。むしろ、殺すのが従兄弟のお前で良かった」


 巴もまた、普段の厳しさからは想像もできないたおやかな顔で語る。


「敵の、どこの馬の骨とも知れない奴に殺されたなら恨みもしよう、嘆きもしよう。仇を討つ為に地の果てまでも追いかけよう。だが同じ源氏の、祖父を同じくする従兄弟の義経、お前に討たれたんだ、何も恥ずかしがる事は無い」


 言って、巴は星空を見上げる。


「そういうお前も、兄を討った信長殿に仕えているだろう?」

「姉さんも知ってるだろ。信長は、俺の恩人だからな」


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