第12話 斎藤一 VS 前田慶次 信長の親子対決
「しっかしシケた面だねぇ、戦はもっと楽しそうにやったらどうだい?」
感情のこもらない声で、斎藤はつぶやく。
「たわけ……」
織田信忠邸内の庭で、慶次と斎藤が斬り結ぶ。
慶次の斬馬剣、その重量から発揮される威力は刀など簡単にへし折ってしまう。
故に斎藤は一切打ち合わず、全て体捌きだけでかわし、慶次の隙をうかがうのだ。
本来斬馬剣のように巨大な武器は一撃の威力があるかわりに隙が大きいものだが例外はある。
慶次のバカげた膂力では最重量武器とも言われる斬馬剣ですら並の刀のように軽々と扱えてしまう。
長大な大質量武装が超高速で薙ぎ、突き、振り下ろされる様は圧巻の一言に尽きる。
もっとも、斎藤はソレをまともに浴びせられ、眉ひとつ動かさず冷静沈着に全てをかわし切ってしまう。
「俺は目の前の敵を斬るのみ。そこに愉悦などない」
「つまらない生き方してるねぇ。なら俺が一つ戦の楽しみ方ってやつを……あぁ、とうとう御本命様の登場かい?」
「……」
どうやら、斎藤も慶次と同じ気配を感じたらしい。慶次と距離を取って刀を止める。ただ本人に会った事が無いせいか、気配の正体には気付いていないようだ。
「なんだこれは……こんな気は今まで……」
死神の顔に、始めて焦りに似た感情がにじみ出る。
「魔王さ」
慶次は、子供のような顔で笑った。
◆
明智光秀率いる二千の兵が京の街を一気に中央突破した。
佐幕派の兵は倒幕派の兵との戦いで手いっぱいだった事、そして光秀軍が放つ異様の空気に敵が圧倒された事で、光秀は信長を信忠邸へと無事に送り届けた。
「では、御武運を」
「ああ」
光秀には別れを告げ、信長は正門から堂々と邸内へと足を運んだ。
中は新撰組と倒幕派の豪傑達が入り乱れる戦場と化していた。
そこへ一喝。
「道を開けろぉっっ‼‼」
誾千代や甲斐、義経達と戦っていた新撰組隊士達が、一斉に道を開けて、開けてしまってから自分は何をやっているのだと気付く。
「こ、ここは通さん!」
一人の隊士が斬りかかる。
信長は腰の愛刀、長谷部国重を引きぬくと居合の一刀で隊士を黙らせた。
殺してはいない。
ただ、隊士が振り下ろした武士の魂である刀身を中ごろから真っ二つに斬り裂いたのだ。
刀と刀を打ち合わせ、一方的に斬り負ける。これ以上ない敗北であった。
それでも折れた刀を勇敢に構える隊士を見下ろし、信長は笑う。
「いい目だ」
真横を通り過ぎる信長と蘭丸に何もできず、その隊士は歯を食いしばった。
他にも数人の隊士が斬りかかったが、結果は全員同じ。
日本史上最強と言われた剣士団、新撰組を意に介さず、その威圧感と存在感だけで戦場を掌握し、信長は屋敷へ入る。廊下を渡り、部屋を抜け、目的の場所を目指す。
屋敷の衛兵は誰もが信長の姿を見ると腰が引けて役には立たない。
最後の部屋を守る衛兵も最初は刀を構えるが、信長が一言、
「通せ」
と言うと刀を取り落とした。
奥の部屋にいたのは、信長の息子、信忠だ。
安土幕府の征夷大将軍と言っても若く、まだ十代の少年将軍だ。
信忠は信長の顔を見るなり怯え、刀を取ると抜き構える。
信長は冷静な顔で、
「信忠、この屋敷はじき落ちる。聞かせろ、何故謀反を起こした?」
「うわぁああああああああああああああああ!」
信忠は走り、刀を振りあげる。
振り下ろされた刀身は信長に握り止められる。
「なっ!? ぐっ」
素手で握られた刀は退いても押してもビクともしない。まるで万力に締められているようだ。
地獄の底から啜り上がるような迫力で信長が聞く。
「信忠」
刀身が握りつぶされ、千切れた。
「何故謀反をした?」
「ッッッ」
信忠は刀から手を離して、歯を食いしばる。
「だって……」
信忠の目から、大粒の涙が零れる。
「天下なんて取れるわけないじゃないか!」
信忠は拳を震わせて、胸の内を吐露した。
「幼い頃から、私は父上から世界を学びました。地球儀や西洋の品々を見せられ、海の向こうの国の存在は知っています。父上の偉大さも知っています。この日の本を僅か一代で統一した実力は尊敬します、でも世界は無理です!」
信忠の目から熱い涙がさらに溢れる。
「他の連中は大陸での戦を今までの戦の延長と考えていない! でも私は地球儀で世界の広さを知った! 日の本の矮小さを知った! 自分達がいかに井の中の蛙であったかを知った! それだけじゃない! 西洋から伝わった鉄砲に火薬、大筒(大砲)、向かい風でも進める長距離大型船舶! 大陸の広さは日本の何百倍だよ! 何百倍の兵が大陸には居るんだよ! そんなのにどうやって勝とうっていうんだよ!」
信忠は信長の胸に頭突きをかまし、両手の拳で信長の胸を叩く。
「数も! 質も! 大きさも! 大陸は何もかもが違い過ぎるんだよ! 大陸じゃ日本の何倍も大きな国同士で大陸統一をかけた大戦をしているのは知ってる! 日本もどうせいつかは大陸を統一した国に滅ぼされる! なら!」
父信長を見上げ、信忠は訴える。
「私はその日まで父上といたい!」
涙で濡らした顔をくしゃくしゃに歪めて、信忠は言う。
「どうせいつかは大国に飲み込まれるこの乱世、なら下手な事はせず、一日でも長く私は父上と一緒にいたい! それに日本は大陸とは海を隔てた島国。もしかすると日本は見逃してもらえるかもしれない。なら鎖国して外界とは関係を絶ってしまったほうが生き残れる可能性は高いじゃないか!」
親に自分の気持ちを直訴した息子。
息子信忠の肩を抱き、父信長は軽く頭を下げた。
「すまなかったな」
「!?」
謝った。
あの戦国の魔王織田信長が頭を下げた。
その異常な光景に、信忠は言葉を失う。
「ならば此度の謀反は、俺の弱さが招いたわけだ」
「え?」
「俺がお前に弱く見られた。俺じゃ世界に勝てない、俺より世界の方が強いと思った。だから謀反を起こしたのだろう?」
「ま、まぁ……そう、だけど……」
「だからすまなかった。そして言わせてもらう。俺を信じろ」
直球過ぎる要求に信忠はまた言葉を失う。だが、
「安心しろ、俺もただ信じろと言っているわけではない。実は勝算がある」
「勝算?」
「ああ」
信長は怒気も謝罪気もない、息子に物事を教える親の顔で語る。
「今夜はその勝算について語り明かしてやろう、だからな信忠、兵を収めてくれ」
「で、でも勝算って言われても」
渋る息子に、信長はそっと耳打ちをする。
「じゃあ一番重要な事だけ今教えてやる、実はな」
信長は息子に、勝算の核を教える。
「そんな!? ほ、本当なの!?」
「ああ、というよりも、だからこそ俺は大陸に行くんだよ。信忠、俺が大陸に行っている間、日本は任せたぞ」
信忠は黙ってしまい、逡巡して、大きく頷いた。
「はい!」
◆
戦闘終了を告げる陣太鼓の音と狼煙が上がる。京都での戦闘は全て止まる。
男達はどうなったのだと息を吞み、京都中の道に伝令兵の早馬が駆け抜けて行く。
「信長殿勝利により講和! 信長殿勝利により講和! 全軍直ちに戦闘をやめい!」
信忠の屋敷、その庭では新撰組と倒幕派の兵が争っていたが、信忠と信長が並んで姿を現すと、誰もがその場に座した。
「皆の者! この織田信忠、父信長公と講和をする事とした! 戦はこれにて終了と致す!」
最初は面食らう新撰組だったが、元より彼らは信忠直属の京都警備隊。主の意向となれば、誰もがその場に頭を下げ、信長に恭順の意を示した。
その様子に慶次は斎藤の肩に手を置く。
「勝ち戦か、いいねぇ。まぁ、俺はあんたとの決着をつけたかったがね」
斎藤は慶次の手を払う。
「くだらん、貴様が信忠様の敵でないなら斬る意味はない。決着など無用だ」
「つれないねぇ……」
一方、信長は誰一人欠ける事なく座している新撰組達、そして宗茂や慶次と戦い死んでいない各隊の隊長達を眺めて感嘆する。
身分に囚われない入隊と純粋なる日々の剣術鍛錬により、日本史上最強の剣士団と謳われる新撰組。
全員が一流の剣士で隊長は超一流、一部の者は達人の中の達人と言われる。
「信忠。選別にこいつらくれないか?」
「え?」
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