第11話 鬼畜義経と常識人静御前の夫婦がかわいい


 幸村と土方は互いの得物を弾きあい、距離を取る。


 これまで二人の戦いは五分と五分、一進一退の攻防を繰り広げ、二人はいつ終わるとも解らない殺し合いに身を投じている。


 しかし幸村はどうすれば勝てるか、そう焦り、額当てに汗が流れる。


 対して土方も全力で戦ってはいるものの、表情を崩さず、鬼のような殺意も健在だ。


「はぁああああああああああああああああああああ!」


 幸村は裂帛の気合と同時に十文字槍を土方の顔面に突き出す。


 土方は僅かに身をのけぞらせるだけでかわし、刀で槍を弾き受け流す。続いて両手で刀を握り俊足の踏み込みと同時に刀を押し出す。


射程の長い片手突きではなく、あえて威力のある諸手突き。土方の得意技だ。


 鉄の重装鎧も貫通する土方の諸手突き。その威力を本能的に感じ取った幸村は中途半端な防御では無駄だと悟り大きく飛びさがる事で回避した。


 土方の攻撃の手が止まる。幸村を観察するように眺め、口を開く。


「お前、初陣か?」


 幸村の体が固くなる。


「やっぱりな、確かにお前は強ぇ。でもお前の槍には決定的に足りねぇモンがある。本番慣れしていないっていうのか、経験が足りない。キレイ過ぎる太刀筋、キレイ過ぎる戦い方。型練習と試合ばかりしている奴のやりかただ」


 土方は息を吐き、刀を構え直す。


「まっ、童貞のガキが初戦でいきなり俺とここまでやりあうんだ。褒めてやる。来いよクソガキ。俺がてめぇに世界の広さって奴を教えてやる」


 土方の殺意が膨張。剣気が無色の風となって幸村に襲い掛かる。


「やってやるさ……俺は負けない!」


 幸村が全体重、瞬発力、筋力を込め、十文字槍を突き放った。


   ◆


「半蔵か」


 信長軍本陣にて、椅子に座る信長の横に影がゆらめき立った。


「戦況を聞かせよ」


 徳川忍軍頭領、服部半蔵は静かに語る。


「数名の豪傑が信忠邸内に侵入、新撰組各隊の隊長と交戦」


 信長の近くに控えていた家康が握り拳を作る。


「よっしゃっ、それで?」


「局長近藤勇は武蔵坊弁慶。副長土方歳三は真田幸村。一番隊隊長沖田総司は立花宗茂。二番隊隊長永倉新八は本多忠勝。三番隊隊長斎藤一は前田慶次。四番隊隊長松原忠司は前田利家。五番隊隊長武田観柳斎は佐々木小次郎。六番隊隊長井上源三郎は宮本武蔵。七番隊隊長谷三十郎は加藤清正。八番隊隊長藤堂平助は島津義弘。九番隊鈴木三樹三郎は上杉謙信。十番隊原田佐之助は武田信玄。他、新撰組隊士二〇〇名は誾千代、甲斐、源義経、那須与一、静御前そして……巴御前が抑えている模様」


「巴御前か、あの義経の従兄弟の源義仲の妾だが、武力は義仲よりも上だな」


   ◆


「殺されたい奴はせいれぇええええつ‼ 逃げる奴は豚野郎だ! 逃げない奴はよく訓練された豚野郎だ‼ 返事は『はい』一択だ解ったか豚野郎共‼」


 弁慶が近藤の相手をする中、誾千代達は平隊士達の殲滅に当たっていた。しかし、そのすぐ近くでは悪鬼羅刹も泣いて失禁しそうな凄身を帯びた女性が右手に大刀、左手に薙刀を握りしめ怒渇を飛ばす。


 新撰組隊士は次々彼女に襲い掛かるが、まるで相手になっていない。


「ねぇ、誾千代、やっぱ女武者ならあれぐらい剛胆なほうが」

「いや、あれは真似しなくていいだろう」


 甲斐にスパッとつっこむ誾千代だった。


「姉さん、やっぱりキレイだ」


 巴に見とれる義経。その背中を静御前がぼんぼんと叩く。


   ◆


「でも兄貴、あいつらっていうか源一族には助かったすよね」


 家康の言に、信長は首肯を返す。


「巴は夫である義仲を義経に殺され、義経は兄頼朝を俺に殺されている。それでなお、義経は俺に仕え、巴は義経のいる俺の軍に仕えた。思考の差異だ。あの二人が何と言ったか知っているか?」


 義経の兄頼朝は、弟義経の活躍を妬み殺そうとした。だが頼朝は信長によって殺された。自分の命を狙ったとて兄は兄、仇として信長を恨みそうなところを。


『助かりましたよ感謝します。ところ俺行くところないんですけど、弁慶や与一と一緒に雇ってくれません?』


 そして巴は義仲の妻ではなくあくまで妾だが、夫のような立場である義仲を義経に殺されると。


『あの男は自分の戦でやるだけやって死んだ。あいつは幸せだよ。では信長殿。以後、自分は貴方の指揮下に入らせて頂く。弟義経共々お世話になります』


 である。


 こうして信長は最強の戦略家義経、最強の女武者巴、最強の僧兵弁慶、最強の弓兵与一を労せずして手に入れたのだ。


「奴らとは気が合う。大陸でもあいつらは俺の助けになるだろう。さてと」


 信長は立ち上がり、赤いビロードのマントが風になびいた。


 日本甲冑に西洋甲冑のデザインを取り入れた黒い鎧、赤いビロードのマント。これが信長の戦衣装だ。


「信長様、どちらへ?」


 光秀が問い、周囲の家臣達もざわつく。


「新撰組隊士は有能な家臣達がひきつけてくれている。今ならば、親子喧嘩ができるだろう」


 光秀は信長の意図に気付き止めようとして、信長の目を見て被りを振った。


「いいでしょう、そのかわり、私も同行させて頂きます」

「あ、兄貴が行くなら俺も」

「家康、お前は俺がいない間の本陣を任せる」

「う、うん…………」


 立ち上がった家康が座る。信長の後ろに光秀、そして森蘭丸が続いた。


 信長の小姓蘭丸、彼は信長の側に常に寄り添う少年で、いついかなる時も信長の身の回りの世話の多くを任されている。


 その仕事は戦場に出たからといって特例はなく、蘭丸には『ついて来い』の言葉はいらないのだ。

  

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