第10話 近藤さんにもっと優しくしてあげて


 これで屋敷の正門前にいるのは新撰組隊士一〇〇人と局長の近藤勇、そして甲斐と誾千代だ。


 新撰組局長近藤勇、彼の相手は必然的に甲斐か誾千代のどちらかになるのだが、近藤はつとめて冷静に、そして紳士的に振る舞う。


「さて、お嬢さん方、私に子女を斬るような趣味は無い。どうかおとなしく縄についてはくれないか?」

「うっさいブス!」


 甲斐の一言で、その場の空気が固まった。


「え、あの……」

「ごちゃごちゃうっさいわよブス! このブス! ブスのクセにいっちょまえに口聞いてんじゃないわよブス! ブスはさっさと斬られてブサイクに死になさいよねブス!」


 近藤は紳士的な表情のままに涙を流し、歯を噛みしめ、肩を震わせる。


「おお、お嬢さん? 初対面の人にそんな事を言っちゃあ」

「そうだぞ甲斐!」


 近藤の言葉を遮り、誾千代が味方である甲斐に向かって声を大にして責め叫ぶ。


「いくら近藤殿がブスで醜く目を背けたくなるような岩石ヅラだからといってキモイとか死ねと下衆野郎とか同じ空気を吸うなとか顔面崩壊野郎とか言ったら駄目なんだぞ!」


 近藤は足腰を生まれたての小鹿のように震わせ、刀を杖に体を支える。

 誾千代は涙を流し、握り拳を震わせながら熱弁する。


「確かに近藤殿はブスだ! それも底なしの! 救いようが無い天上天下に比類を見ないドブスだ! でもな甲斐! どんなに吐しゃ物以下の馬糞にも劣る近藤殿だって人の子だ! 生きているんだ! 彼も我々と同じ血の通った一人の人間であり彼にも人権がある! 断言しよう! ブスにも人権はあると‼」


 近藤が両膝をつく。

 誾千代は大地を踏みしめ天高らかに告げる。


「解ったか甲斐! 解ったなら改心し自らの行いを悔い改め今すぐ近藤殿に謝罪をだな……あーっ!? 近藤殿が両膝を抱えてうずくまっているー!? どうするんだ甲斐! 貴君のせいで近藤殿は酷く傷ついているじゃないか!!」


「え、いや、今のはあんたが」


 甲斐が言いきる前に今度は新撰組が文句を言う。


「おいおいお前ら、さっきから聞いていれば局長に向かってゴミだのクズだのと!」

「近藤さんは自分が新撰組一のブ男である事を気にしているんだぞ!」


 近藤が雷に打たれたような顔になる。


「確かに近藤局長はブスかもしれないけどな! でも!」

「今までそれには触れずに俺達は上手い事やって来たんだ!」


 近藤が血の涙を流す。


「それをいくら本当の事だからと言って本当の事をズケズケと言いやがって!」

「真実なら何を言ってもいいってわけじゃないんだぞ!」

「お前らも日本人なら空気を読め、空気を!」

「あーっ! 近藤さんが両膝を抱え膝に顔を埋めたまま横に倒れているーっ!」

「くそー、全部てめぇらのせいだぞーっ!」

「そうだ甲斐! 全て貴君のせいだぞ!」

「つっこみどころが多過ぎて裁ききれないわね……」

「はーはっはっはっ。何をやっている近藤勇、こっちを見るがいい!」


 声の方を一同が見ると、そこには色白で線の細い、驚く程の美男子が井戸の側に立っていた。その後ろには従者と思しき三人組がいる。


 だが注目すべきは井戸だ。


 井戸の屋根からは新撰組の隊士が一人、逆エビ反りの亀甲縛り状態でぶら下がっていた。


 いつのまにこんな状態にしたのか、おそらくは近藤の事で皆が騒いでいる間に拉致したのだろう。


「な、うちの隊士を! 貴様一体何者だ!」


 生まれたての小鹿のように震える脚のまま、刀を杖に立ち上がり近藤は詰問した。


「オレの名は源義経! 東国一の鬼畜王よ! と、愉快な仲間達だ」


 大男と長身美系男子は誇らしげに胸を張り、白拍子姿の少女が義経の背中をぼんぼんと叩く。


 義経は楽しそうに笑いながら少女の頭をくしゃくしゃと撫でまわす。


「な、なんなのあいつら……」


 頬をひきつらせる甲斐に、誾千代が、


「確か源氏の……頼朝殿の弟御であったな」

「頼朝……ってあの信長に殺された? なんで兄ちゃんの仇に協力してんのよ?」

「まぁ、その辺は色々と複雑なのだが」

「この井戸の中には漆を放り込んである! 落ちたら最後、頭のてっぺんから男根に至るまで腫れあがるぞ!」


 義経の脅しに新撰組隊士達が股間を押さえて二歩下がる。


 周囲からは『卑怯者』とか『外道』などと野次が飛んでいる。


 そういった野次が飛べば飛ぶ程、恍惚の表情を浮かべる義経。真正の嗜虐趣向の持ち主である。


 義経が刀の刃を隊士の命綱に添える。


「オレの要求は」

「局長! こんな奴の言う事に耳を傾けてはいけません! 私はどうなっても構いません! どうかこの不埒者に誅罰を!」


 近藤が刀の杖をはずし、涙を流す。


「うぅ、お前って奴はどこまで男なんだぁ~」

「局長……」


 新撰組局長と平隊士。二人の男の眼差しがしっかりと結びつき、男と男の熱き友情が交わされ――


「あっそう」


 スパン ひゅー


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 井戸の底から上がる悲鳴。固まる隊士達と甲斐達。

 ジャッポーン と水音がして、近藤達ががなった。


「貴様何してんだぁああああああああ!」

「え? だって今こいつ、自分はどうなっても構いません、て言ったじゃん?」

「いやでも!」

「男が決死の覚悟を告白したんだよ? その意志を汲んであげるのが武士道だと思わない? それが武士で男ってもんじゃない? じゃあ落とそうよ、本人が望んでるんだもん。そうだろ弁慶?」

「はっ、拙僧も真その通りだと思います!」キリッ

「うぐっ」


 正論過ぎて言葉に詰まる近藤。

 にやにや笑う義経の横では大柄な男、武蔵坊弁慶がうんうん、と頷いている。


「ちょっ、与一、あれでいいの!? あんたらの主あんなでいいの!?」


 少女に問い詰められて、長身の美系男子、那須与一は爽やかな笑みで、


「慣れました、静さんも早く慣れてくださいね」キラリン

「うっわ、もう駄目だこの隊。まぁあんな奴の嫁やってるあたしもあたしだけどさ」


 肩を落とす少女、静御前が義経の嫁だと聞いて、甲斐、誾千代の二人は目を見開く。


「「え!? あれの嫁なの!?」」


 世の中には物好きがいるもんだなぁ、二人は感心してしまう。


「まぁいいや、人質もいなくなったし……殺せ弁慶!」

「ははっ」


 僧兵姿の七尺(二一〇センチ)はありそうな大男が前に進み出る。


「行け弁慶! できるだけ惨たらしく痛々しく残酷にぃ!」


 義経がニコリと笑う。弁慶が愉悦に笑う。


「御意!」


 弁慶が背中のカゴに手を伸ばす。


 弁慶の背のカゴには鉄熊手、大槌、大鋸、鉞、つく棒、さすまた、そでがらめ、薙刀、大刀、刀、薙鎌、他多数の武装が詰め込まれている。


 弁慶がその中から取り出したのは、大薙刀だ。


 刀身部分が普通の薙刀の倍は長く、そして厚みもある。


 その刃からは、まるで慶次の斬馬剣のように、敵を鎧ごと両断するという鋼の意志が感じられた。


「そういう事なら話が早い、ようは私に戦えというのだな、行くぞ!」

「それはこちらの台詞だ!」


 近藤は刀を構え、弁慶に斬りかかる。


 弁慶の薙刀と近藤の刀。二枚の刃が荒れ狂い火花を散らす。


 豪傑同士の一騎討ちに新撰組隊士達は湧きあがり、甲斐と誾千代は思った。


 ――え、獲物取られたぁ……

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