第6話 戦国最強夫婦が戦場を切り裂く
「さてと、それじゃあ大将のところまで一番乗りさせてもらうかね!」
南からは、斬馬剣と呼ばれる朱槍を振るい、前田慶次が独走していた。
戦場の誉れ、一騎駆けである。
朱槍とは武芸において家中に並ぶもの無しという証であり、主君の許しが無くては持ってはいけないものだ。
そして斬馬剣とは敵を馬ごと斬り殺す為に作られた長物で、槍のように長い柄に、肉厚で幅の広い刀身を取りつけたものだ。
慶次の武器は、朱色の柄をした斬馬剣だった。
騎馬武者を馬ごと切断する剛剣は向かう敵全てを鎧兜ごと叩っ斬る。
彼もまた、本多忠勝同様、何十何百という敵軍の中を抵抗を感じることなく猛進していた。
もはや人智を越えた超戦闘力、そんな者が二人も揃っては、佐幕派に勝機は……否、二人ではない。
「精が出るな慶次」
敵中を、新たな人影が疾走する。無論、立ちふさがる敵全てを斬り伏せながらだ。
「おう宗茂か」
宗茂と慶次は大阪城で何度か顔を合わせ、天下に名だたる猛将同士、互いに意識し合っていた。
「ああ、軍を弟の直次に任せて来た。一番乗りはもらうぞ」
「いや、一番乗りは私がもらおう」
雑兵達の首を刎ねながら、宗茂の嫁である誾千代が名刀雷切を振るう。
二人の武器は大太刀。
宗茂の刀は当然片刃で、しかし西洋剣ほどではないが厚みがあり頑丈な作りになっている。敵が刀や槍で防ごうと、彼の剛撃は敵を防御ごと斬り裂く。
誾千代の刀、雷切は父道雪の遺品で、雷を切り裂いたと言われている。夫宗茂の刀同様にやや厚みのある刀身は、それこそ雷のようなジグザグの形をしていた。
刃とは刀のように薄いほど肉は斬り易いが、鎧のように硬いものは斬りにくい。剣のように厚みがあると鎧を壊せるが、逆に肉は斬りにくい。
その問題を解決するため、雷切はやや厚めの刀身をジグザグにしている。
西洋剣ほどではないがやや厚めの刀身は敵を防御ごと斬り裂き、だがジグザグの刀身はさながらノコギリのように肉や骨を削り取り、敵の首を刎ね飛ばす。
刀身にあしらわれた金の模様はただの装飾ではなく、誾千代の精製した電流を敵の体内に流す為、電導性の高い金をあえて使っている。
「はぁあああああああああああああああああああああ!」
誾千代は敵を片っ端から斬り崩し、慶次や宗茂と変わらぬ勢いで敵陣を突破していく。
その姿はまさしく雷神が如くである。
「かー、いい嫁さんだねぇ」
「ああ、自慢の嫁だよ」
「おっしゃー、じゃあ俺らも負けずに行こうかねぇ!」
「当たり前だ!」
斬馬剣と大太刀を猛らせ宗茂と慶次は豪進。ただし宗茂は誾千代の左隣に寄り添うように走りながら敵軍を斬り崩し、二人で足並みをそろえるのを意識した。
武芸の世界には左右の手を同じように動かす夫婦手、二剣一対の夫婦剣、があり、長い付き合いの戦友を古女房と呼ぶが、戦場においてはまさしく最強の夫婦武将であった。
宗茂が正面と左、誾千代が正面と右の敵を屠り去り、その勢いは雑兵ではなく武門に生まれた一介の武将であっても一秒の足どめもできなかった。
京都の街を夫婦で血に染め二人の走る道は敵の生首で埋め尽くされる。
戦国最強は忠勝か、宗茂か、慶次か、議論は別れるが、戦国最強夫婦は間違いなくこの二人で決まりだった。
「やれやれ、俺もこの戦が終わったら嫁でも探すかね」
騎馬武者三騎をまとめて斬り殺して、慶次はニヤリと笑った。
◆
真田幸村は、武田軍ではなく、信長軍の後方で、馬上にて待機していた。
幸村の父、真田昌幸は武田信玄に仕えていたが、長篠の戦いで武田軍が織田軍に敗れた際、信長は武田四天王にも匹敵するほど有能な昌幸を差しだす事を条件に武田家を家臣として迎え、信玄の命を助けると取引をもちかけた。
以来、父の昌幸は織田家家臣となった武田家と信長を繋ぐ仲介役であり、信長の家臣業と武田家の補佐業を兼業している。
故に息子の幸村は、武田家との縁が切れきらないまま、一応は信長の家臣、という形になっている。
周囲には父昌幸が指揮する真田の騎馬隊が並び、突撃命令を待っている。だが幸村は歯噛みをして、未だ不安を抱えていた。
「どうした幸村、下半身不能になったみたいな顔して」
後頭部が柔らかくも弾力溢れる感触に挟み込まれた。
幸村が慌てて前の目になって離れ振り向くと、馬上の後ろに望月千代女が立っていた。
鎧を身に着けず、着物を着崩して胸の谷間があらわになっている。
「ちち、千代女さん!? なんでここに!?」
「いやほら、あたしって爆乳爆尻のお色気お姉さんだろ? 悩める青少年の持てあました心と体を救済するのが使命だと思ってね」
「そんな使命ありません!」
幸村は怒るが、千代女は飄々とした態度を崩さない。
「まぁまぁそう怒るなって、よし、じゃあ生きて帰ったら一発ヤラせてやるからそれをやる気にして戦いな」
「一発って……」
幸村の視線が自然と下がる。
収穫にはまだ早い育ちかけのスイカ程もある爆乳が深い谷間を作って幸村を誘う。千代女が両腕で豊かな胸を挟み、下から持ち上げ盛り上げたっぷりと強調する。
千代女を見た男は漏れなく『アレでシゴいて欲しい』と噂する。そちらに疎い幸村には何で何をどうシゴくのか解らなかったが、今頭に浮かんだ卑猥な妄想を恥じて心の中で自分を叱咤した。
「そういうわけだ幸村、あたしと一発ヤリたかったら生き残れ!」
散々人を翻弄してから千代女は音も無く背後へ跳躍。騎馬隊の中に紛れて姿を消した。
「まったくあの人には勝てないな……」
自分で言って、せっかく誤魔化された気分が戻ってきて、うつむいた。
「勝て、なかったんだよな……」
武田家を離れた日、結局武田四天王や千代女には一度も勝てていない。あれから自主練を欠かしたことは無い。
あれから自分は強くなれたのか、彼らと自分との差は縮まったのか、自分は武将全体の中ではどれくらいの強さなのか。
実戦経験の無い幸村は、それが不安でならなかった。
いくら鍛えようと試せない力、自分が強いのか弱いのかも解らずただ槍を振るう日々。
自分の努力が無駄だったのか、その答えは、今日分かってしまう。
「幸村ー!」
甲斐の声だった。
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