第5話 た、た、た、忠勝だぁあああああ!


「甘いんだよ!」


 武田四天王の一人、山県昌景の木槍が、子供の幸村を突き飛ばした。


 幼い頃、幸村は武田信玄の重臣、真田昌幸の子として、武田四天王に鍛えられた。


 今日も馬場信春、内藤昌秀、春日虎綱と戦い、今は四人目山県昌景に一本を取られたところだ。


「よし、次は体術だね」


 武田忍者隊頭領、望月千代女が拳を鳴らして立ち上がる。

 試合に負けて、悔しそうに歯を食いしばる幸村に手を貸して起こし、千代女は構える。


 そして、しばらく戦ったのちに幸村は殴り飛ばされた。

 縁側に座り、皆でおにぎりを食べながら、幸村は武田四天王達と千代女を見上げる。


「ねぇ、俺将来大将首獲れるかな?」


 四天王達は口々に言う。


「獲れるに決まってるだろ、てか強制的に獲らせるけどな」

「獲れるようになる鍛え方しかしてないしな」

「俺らが師匠やってる時点でもうお前は修羅道しか歩めないぞ」

「達人になるまで逃がさないから覚悟しな」


 最後に千代女が、


「あんたはもう猛将界行きのカゴ屋に乗っちまってんだから、あんたの意志なんて関係なく嫌でも腰いっぱいに大将首ぶらぶらさせるようになるんだから、馬鹿な心配してんじゃないよ」

「うん!」


 みんなの言葉が嬉しくて、幸村は大きく頷いておにぎりをパクついた。


   ◆


 三日後の午前。織田軍は京都を包囲。


 京都が火事にならないよう、あらかじめ互いに火矢や放火は禁止にしており、狭い市街戦であるため、火縄銃と弓矢の数も少ない。


 故に、今回の戦は刀と槍を持った武士たちの戦いとなる事が予想された。

 そして、


「「放てぇっ!!」」


 京都の街に、けたまましい発砲音が響き渡る。


 織田軍が京都内部へ侵攻、互いの鉄砲隊と弓兵部隊が一斉射撃を敢行した。


 と言っても、あくまで道幅いっぱいに広がる程度の人数、野戦よりも鉄砲隊と弓兵部隊の数は少ない。


 そもそも街中は遮蔽物が多過ぎて射撃攻撃は効き目が薄い。


 故に刀や槍で武装した歩兵を前方へと運ぶのが彼ら射撃部隊の役目だ。


 織田信忠率いる佐幕派、織田信長率いる倒幕派は互いに前衛を鉄砲隊、続いて弓なりに射撃する弓兵部隊を配置し、前身しながら撃ち続け、背後に控えた歩兵部隊を前身させた。


 銃撃を防ぐ為の竹束を持った防御兵と共に前線の鉄砲隊同士が近づく。


「今ぞ!」

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』


 十分に近づいたところで指揮官達が命を下す。互いの鉄砲隊と弓兵部隊が道を開け、槍兵部隊が一斉になだれ込む。


 そこからは野戦と似る。


 京都内と各通りで歩兵隊が激突。互いに首級をあげんと刀や槍を暴れさせる。


「敵は浪人を寄せ集めた烏合の衆だ! 行け!」


 京の東より、農民から大名にまで出世した羽柴秀吉の部隊が大通りの敵に突撃をしかける。


 羽柴秀吉、足軽時代から信長に無理難題をふっかけられては頭を抱え、だがその度にいつもいつもなんとかしてしまう知恵者、というよりも逆境に強く追いつめられると本領を発揮する人間である。


 譜代の家臣がいない成り上がり者の彼だが、今では加藤清正や福島正則といった猛将や、竹中半兵衛、黒田勘兵衛といった軍師に恵まれ、織田四天王にも負けない強力な軍隊を持っていた。


「いっけぇー! 大陸進出前の前哨戦だ! 猿の軍なんかに負けるなよ!」


 反対側の西からは信長の弟分、徳川家康の部隊が突撃、徳川四天王という強大な家臣団を持つ彼の部隊は牢人部隊を蹴散らしていく。


 その中で筆頭はもちろん。


「轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟!!」


 横薙ぎの一撃で、二〇以上の首が刎ね飛んだ。


 得物は穂先に止まろうとしたトンボが切断されたとされる最強の豪槍蜻蛉切。

兜は鹿の角をあしらった鹿角脇立兜。


 鎧は黒糸威銅丸具足に、自身が葬った敵を弔うべく肩から大数珠を下げたいでたち。


 彼の者の姿を見ただけで誰もが叫ぶ、誰もが悲鳴をあげる。


 彼こそは戦国最強――


『た、た、た、忠勝だーーーーー‼』


 あるものは織田軍への復讐の為、主君の仇を討つ為、そしてあるものは死に場所を求めて集まった牢人集団。


 そんな彼らが一斉に背を向けて死に物狂いで脱兎の如く逃げ出した。


 曰く東日本最強。

 曰く東国無双。

 曰く家康には過ぎたるもの。

 曰く花実兼備の勇士。

 曰く日本第一古今独歩の勇士。

 曰く天下無双の大将。

 曰く立花宗茂、前田慶次と互角に戦える唯一の男。


 戦後最強武将論になればまず一番に名前の上がる無双の武士である。


「忠勝には勝てぬ、撃ち殺せ!」


 指揮官の指示で、佐幕軍の鉄砲隊が一斉に発砲。弓兵部隊も合わせて矢を放った。


「ぬるい!」


 蜻蛉斬による横薙ぎの一撃に鉛弾ははじかれ、周囲に走る衝撃波で全ての矢が叩き落とされた。


 その様子に、佐幕派の兵は唖然として鉄砲と弓を落とした。


「怯むな! 奴も人の子ぞ! 同じ人ならば殺せぬ筈がな……」


 忠勝が疾駆する。その剛脚の一歩一歩が地面を抉り土埃を巻き上げ。槍を構える。


「筈が……」


 忠勝と歩兵部隊が衝突しても忠勝の走行速度は変わらない。


「はず……が……な……い……」


 全身に槍撃の嵐をまとい、軍勢の中を摩擦なく突き進み、誰一人として忠勝を一〇〇分の一秒も足どめできていない。


「轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟轟‼」

「逃げろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 指揮官は逃亡、ちなみに背後の部下達はもう逃亡済みだった。


「忠勝だー! 忠勝が来るぞー! 全軍てったあああああい!」

  

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