第2話 戦国最強夫婦


「はぁあああ~~~~」


 一ヶ月後。織田信忠は父信長に宣戦布告。


 全国から反信長勢力や牢人、織田家に滅ぼされた毛利や北条の残党が京都に集結し、一〇万の軍勢を以って京都で待ち構えていた。


 対する信長は二〇万の軍勢を整え、日の本最後の大戦が始まろうとしていた……が、


「はぁぁああああ~~~~~~」


 大阪城の縁側で、さらに深いため息を吐きながら、真田幸村はどろどろとした空気をたちこめさせる。


「俺の初陣……はぁ………………」


 今思い出しても、彼の初陣は最悪だった。


 真田幸村、武田信玄に使える真田昌幸の息子であり、信長が天下統一を成した小田原北条攻めに参加した未だ一〇代の若き武将だ。


 川中島の戦いも、三方ヶ原の戦いも、長篠の戦いも若すぎると出陣させてもらえず、前回の小田原北条攻めでようやく出陣させてもらった。


 記念すべき初陣である。

 戦国乱世に生まれ、幼い頃から戦場で活躍するのを夢見て戦闘訓練に訓練を重ねてきた若武者の初陣。


 それはもう回りがちょっと引くぐらいに張り切って、大将首を上げると意気込んで、華麗に華々しく鮮烈に活躍しようとして……


「あ、いた! ちょっと幸村! あんた何しけたツラしてんのよ!」

「ん?」


 顔を上げると、薙刀を持った胸の平たい女が立っていた。北条氏の甲斐姫という女武者だ。


 前回の小田原攻めで北条氏が滅んだので、今は織田家に身を置いている。


 東国一の美少女とか言われているらしいが、弓矢で武将をポンポン射殺し、薙刀で雑兵をバサバサ斬り殺しまくる姿を見ている幸村は首を傾げたくなってしまう。


「なんだ薙刀娘か」

「誰が薙刀娘よ! あたしには成田甲斐っていうちゃんとした名前があるんだからね!」

「はいはい、いい子だからあっち行って薙刀の手入れしてろ」


「むーっ! 何よ何よ偉そうに、あんたのそういうところがムカつくのよ! この前の小田原攻めだってあたしが女って解った途端逃げちゃうし! あたしじゃ戦う価値も無いっていうの!?」


 握り拳をぶんぶん振り回しながら顔を真っ赤にする甲斐。その姿は見る人が見ればかなり愛らしい。


 そして、これが幸村の落ち込んでいる理由。


 幸村は初陣だと意気込んで敵陣に向かって走り、雑兵を斬りまくる猛将を発見した。


 初戦に相応しいと思って近寄ると、相手は目の覚めるような美少女。女の子となんて戦えない、とすごすご逃げてしまったのだ。


 結局それから小田原攻めが終わるまで毎日出陣して、出陣する度ごとに甲斐が『あ、あんたはこの前の、今度こそ勝負よ!』と追いかけてきて、また逃げて、そんな事を繰り返している間に戦は終わり、結局幸村の戦果は首級ゼロ、女の子と追いかけっこをしただけで終了してしまったのだ。


「お前何がしたいんだよ?」


 甲斐の瞳がキラリと光る。


「あたしと勝負しなさい♪」


 嬉々として薙刀を構える甲斐姫。幸村は面倒臭そうに自分の十文字槍を手に取った。


 土を踏みしめ、薙刀を構えた甲斐と向き合う幸村。


 幸村の槍は穂先の根元から左右に刃が伸び、柄と合わせて先端が十文字に見える特殊な槍だ。


 普通の槍と違い、刺突の先端を左右にかわされても左右に伸びた刃が敵の首を狩り、刺突がキマッても左右に伸びた刃が刺さり過ぎないようにしてくれるため素早く引きぬき次の敵を狙える。


 扱いは難しいが性能は随一の玄人向きの槍だ。その使い手は必然的に猛者揃いとなる。


「はぁっ!」


 甲斐は上段に構えた薙刀を、裂帛の気合と同時に振り下ろす。


 踏み込み、重心移動、速度、どれも申し分ない最高の一撃だ。それこそ、人間を兜と鎧ごと頭から股下まで両断しそうな斬撃である。


 それを幸村は鮮やかに受け流し、槍を落とし、倒れる。


「ウワー、ナンテスゴインダー、ツヨイ、ツヨスギルヨー、オレノマケダゼー」


 迫真の演技を見せてから甲斐をチラリと見ると、そこには顔を真っ赤にして涙目になった甲斐が立っていた。


「だ、か、ら~~!」


 薙刀を投げ出して、甲斐が飛びかかってきた。


「そういうのがムカつくって言ってんのよぉおおおおおお!」

「え、ちょっ、おま」


 甲斐は幸村に馬乗りになって、握り拳を作る。


「ちゃんと戦え戦え戦え戦え戦えーっ!」


 幸村の顔面を何度も殴りながら叫ぶ甲斐。幸村は小さな悲鳴を連続させながら成すすべもなく顔をパンパンに腫らし鼻血を流していく。


「どうした幸村、夫婦喧嘩か?」

「だ、誰が夫婦喧嘩よ! あたしがこんなヘタレと結婚するわけないでしょ!」


 ふらりと現れた青年に、甲斐が顔を上げる。

 幸村も首を起こすと、そこには精悍な顔立ちをした長身の青年が立っていた。


 その隣には甲斐に負けない美少女が立っていて、凛とした佇まいや気品溢れる顔立ちは甲斐には無い魅力を持っている。ついでに甲斐が最も持っていない胸もしっかりがっつりたっぷりと備えているようで、少女の着物は胸元が大きく押し上げられて窮屈そうな印象を受ける。


「宗茂、お前はどこをどう見たらこれが夫婦喧嘩に見えるんだよ、どう見てもヒグマに襲われる善良な若者だろ」

「誰がヒグマよ!」


 甲斐の渾身の一撃が幸村の顔を打ち抜く。幸村の首が倒れる。甲斐は立ち上がって、


「ん? 宗茂って、こいつもしかして……」


 どうやら甲斐にも思い当たる事があるらしい。東国にもその名が轟くとは、流石は宗茂である。


「立花宗茂だ、よろしくな。一応西国無双とか剛勇鎮西一なんてやらせてもらってる。んで、こっちは嫁の誾千代だ」

「立花誾千代だ。貴君の噂は聞いている。同じ女武者として一度手合わせ願いたいと思っていた」


 見た目通りに凛とした声で言う誾千代。夫の宗茂が西日本最強ならば、彼女は九州一の女丈夫と呼ばれている。


 西日本最強の男と女、日本最強の夫婦としてその名は全国でも有名だ。特に宗茂は東日本最強と呼ばれる本多忠勝と双璧を成す存在であり、酒の席ではどっちが強いかがよく話題に上がる。


 幸村とは同い年で、二人は大阪城に集まってからは何度か顔を合わせていた。


「へー、あんたらが噂の最強夫婦?」

「ああ、夫婦喧嘩終わったなら試合でもするか? 俺は相手が女でも気にしないぞ、てかいつも誾千代とヤリあってるし」

「だから夫婦喧嘩じゃないって言ってるでしょ! どこをどう見たらあたしとこいつが夫婦に見えるのよ!」


 地面に転がる幸村を指差す甲斐。宗茂はアゴに手を当て不思議がる。

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