信長の世界統一

鏡銀鉢

第1話 全世界大戦国時代

 架空一六世紀。日本。北条氏が治める小田原にて。


「遅参の段、御免なれ」


 白装束姿で土下座をする眼帯の男の首筋に刀が当てられる。


「今少し遅くば、ここが飛んでおったぞ」


 言われて、眼帯の男、伊達政宗は下げた額を地面につける。

 その姿に、織田信長は言う。


「もうよい頭をあげろ。これで天下は統一だ!」


 痛快そうに笑い、織田信長は両手を広げる。


 そう、ここは小田原、そして織田本陣の中である。


 政宗の周囲には織田家家臣、羽柴秀吉。


 明智光秀。

 丹羽長秀。

 滝川一益。

 柴田勝家。

 前田利家。


 そして同盟者であり信長の心の弟、徳川家康が並ぶ。

 加えて信長の家臣として傘下に下った武田信玄。


 上杉謙信。

 長曾我部元親。

 立花宗茂。

 島津義弘が並んでいる。


 織田軍は二五万の軍勢で、最後の反信長勢力である関東の小田原北条氏を包囲。つい先日、北条家は降伏。


 最後に伊達家当主政宗がここに折れ、日の本は織田信長一人の元にまとまった。

こうして、日本の戦国は終焉を迎える。


 政宗に見上げられる信長は天下統一を喜ぶ、その隣で信長の息子、信忠も顔をほころばせる。


「よかったですね父上。これで」


 優しげな顔の少年は言った。


「もう、戦争はなくなりますね」


 信長の返答は無かった。


   ◆


 架空一六世紀。世は戦国乱世と化していた。


 日本では源氏と平氏の争いが全国に飛び火し、全国が戦乱に包まれた。


 中華は国が七つに分かれ争い、秦の始皇帝が中華を統一。だが始皇帝が不老不死を求めた過程で水銀中毒になると項羽と劉邦が乱を起こして対立。世が乱れると張角率いる黄布党や董卓、袁紹など多くの男達が中華を手にしようと争うが、現在は魏呉蜀の三国に分かれ覇を競っている。


 モンゴルはチンギス・ハンが統一。

 インドはチャンドラグプタ二世が統一。

 中央アジアはティムールが統一に王手をかけている。


 ヨーロッパの北ではイワン雷帝率いるロシアとヨーゼフ二世率いる神聖ローマ帝国が争い、東ではメフメト二世率いるオスマン帝国がヴラド・ツェペシュが治めるルーマニアへ侵攻。

 西ではライオンハートことリチャード一世率いるイギリス軍がマリー・アントワネットのフランスへ侵攻、フランス軍は後方よりナポレオンが指揮し前線でジャンヌが率いる事でなんとか対抗していた。


 世は大戦国時代。世界中の全ての国が世界征服を果たさんと戦争を続ける時代である。


   ◆


「攘夷派と佐幕派?」


 大阪城の執務室で、信長は明智光秀の報告に眉根を寄せる。


 信長は小田原北条攻めの前に大阪に城を築き、居城を近江の安土城から、ここ大阪城に移していた。


 安土城は信長の権力の象徴であり、神殿のような役割を担うが、ここ大阪城は完全なる軍事要塞。


 既に敵が関東の北条氏しかいない時に何故日本最大の軍事要塞を建造したのか、理由は家臣には知らされていない。


 今は徳川家康と共に大陸進出の協議をしていたのだが、来訪した光秀の報告に二人揃って首を傾げる。


「は、天下が収まった今、世論はこのまま大陸へ向かい日の本の強さを世界に知らしめるべし、とする攘夷派。そして大陸の争いに我が国は関係無く、このまま平和を享受すべし、という佐幕派に分かれています。この佐幕派、信長様の世界統一の野望の足を引く石になるかと」


 明智光秀、涼やかな印象の見目麗しい男性で、優しげな顔立ち通りの温和な人柄から家臣や領民に親しまれ人望も厚く、対外交渉で多くの人々の心をつかんできたデキる男だ。


 その容姿と性格から文官のようにも思われがちだが、才は軍略や武力にも秀でており、数々の戦場で信長を勝利に導いた。自身も刀や火縄銃を手に多くの敵将を討ちとっているツワモノである。


 彼が織田四天王の一人に数えられるのも頷ける。


「ほお、しかし攘夷は解るが、何故反対勢力が佐幕派と呼ばれる?」


 対する大阪城の城主であり、今では日の本全土の王である織田信長。


 戦国の魔王と呼ばれるに相応しい風格と、魔王には似つかわしくない人間味のある顔の男性だ。


 まるで力そのものが着物をまとっているような、ただそこにいるだけで部屋の空気を飲み込む存在感と威圧感はあるものの、恐怖はそれほど感じない。


 まるで神を相手にしているが如く、ただ自然と、膝を折り屈したくなる。


 矛盾しているかもしれないが、優しい威圧感とでも言うべきか、とにもかくにも、底なしの頼りがいを感じさせる勇壮な男だ。


「それが……」


 言葉を濁し、光秀の視線が逸れる。


「なんだ、気にせず言ってみろ」


 信長が不思議そうに問い直す。光秀は躊躇いがちに重い口を開ける。


「信長様の御嫡男、信忠様の安土幕府を補佐する、という意味でございます」

「信忠の?」


 信長は将軍家を滅した後、嫡男信忠を征夷大将軍とする安土幕府を開いた。自分はその上に君臨する事で、天下に自身が征夷大将軍を超越した存在である事を知らしめたのだ。


「信長様は新撰組を覚えておられますか?」

「信忠が京都の治安維持のためにって作った剣士団であろう?」


「はい、今、京都では攘夷派と鎖国派が争いを起こし、時には傷害殺人事件が起こる場合も。当然新撰組が動いたのですが、どうも攘夷派の者達だけを一方的に斬り殺しているとか。信忠様の心中は解りませんが、国防と国力強化に専念すべしとする鎖国派が信忠様の元に集まり、鎖国に賛同する民衆も信忠様を支持し佐幕派を名乗っているようです」


「……」


 信長からの返答が無いのを確認して、光秀は最後の報告をする。


「世間では信忠様が信長様に謀反を起こすに違いない、と全国から牢人達が京に集まっているそうです。その数、既に四万」

「……信忠が」


 底なしの頼りがいを感じさせる勇壮な男は、視線を落とし、口をつぐんだ。

 隣に座る家康も何も言わず。光秀は頭を下げて部屋を立ち去った。


「よし、足崩せ」


 信長と家康の足が同時に崩れて、床に投げ出される。

 畳に手をつき、かなりのんびりした格好だ。


「やれやれ、でも兄貴どうすんだよ、京都以外でも大陸進出に反対って奴はどこの藩でも大なり小なりいるって話だぜ。まぁ少数派だけどな」


 徳川家康。幼い頃は信長の父が治める尾張の国に人質として出された為、信長とは幼馴染。うつけ者と呼ばれる信長と一緒に野山を駆け回って遊び、互いに『尾張の兄』『三河の弟』と呼び合う仲だった。


 やや童顔で威厳に欠けるが、誰に対しても分け隔てない性格から家臣と民衆からの信頼は厚く、優秀な部下に恵まれている。


「そうだな、まずは事実確認をしてそれから」

「ああそれと信長様」


 スパーンと襖が開くのと、信長家康両名が姿勢を直すのはほぼ同時だった。


「信長様、今、足を崩していませんでしたか?」

「ちっ、バレたか」


 信長は口元でニヤリと笑う。

 光秀は張り付いた笑みで、


「信長様、くれぐれも日の本の王に相応しい態度を忘れぬよう」


 と威圧する。


「解っている。だからこれからも頼むぞ」

「お任せを」


 織田信長、彼が明智光秀を登用した理由の中には、光秀が朝廷との交流に必要な上流階級の京言葉や礼儀作法に詳しかったから、とも言われている。


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