第8話 ア・ニ・キ! ア・ニ・キ! ア・ニ・キ!


「あれ? どうしたんだよ政秀?」

「どうしたのは信長様ですぞ。帰蝶様から聞いていると思いますが、道三殿から会見したいという正式な書状が届きました。なので、会見のさいに着るお召し物の相談にきたのですが……未来の天下人が情けない顔ですなぁ」


 信長は情けない表情をあらためて、政秀の前にあぐらをかいた。


「べ、別にいいだろっ」

「よくはありません!」


 ずいっと顔を近づけて、政秀は声に熱をこめる。


「そんなショボくれた顔で道三殿に会って機嫌を損ねられたらなんとします? さぁ、この政秀に話してくだされ、さぁ! さぁさぁさぁ!」


 両手でくいくいと手招きをする政秀の姿がおかしくて、信長は失笑をもらした。それから視線を逸らして、


「ちょっとさ。俺って帰蝶にふさわしい男なのかなって。帰蝶も、俺を好いているようすないし。もしかしたら実家に帰った方が帰蝶、幸せなんじゃないかな?」

「……信長様」


 主人の名を呼んでから、政秀は鋭い声で、


「過ぎたる非礼! 先にお詫び致します!」


 そう言って、政秀の平手が信長の右頬を打った。バシンと強烈な音がして、信長は突然の痛みに呆けてしまう。


「…………え?」


 ぶたれて右頬を押さえる信長に、政秀は口角に泡を飛ばして怒鳴った。


「信長様! 貴方はなんというふぬけたことを言うておられるのですか! そう思われるならば此度の会見を好機と見なされ! 危機は好機! この会見で帰蝶様の夫に相応しいと道三のやつめに見せつけてくれると、何故そう思わないのですか!?」


 主人をぶったたき、ズケズケとまくしたてる政秀に、信長は目を丸くして固まった。


「この先の人生で何度危機が訪れると思います!? 危機を好機に変える度量なくして天下が取れますか!? 未来の天下人が、うつけたことを言うな‼」

「え……あ…………」


 狼狽する信長の横を通り過ぎて、政秀は縁側へと続く障子を開けた。


「ゴルぁ糞ガキ共! どうせどっかで見ているのであろう! 姿を見せい!」


 政秀の激声一発で、そいつらは姿を見せた。

 物陰や曲がり角から、申し訳なさそうな顔の青年たちが次々姿をあらわす。

 みんな、子供の頃から信長と山野を駆けまわり町を練り歩いた連中だ。

 いまは信長の家臣、いや、『仲間』として一緒に戦場で戦ってくれている。

 冒頭で信長が口にした松葉城奪還の戦も、彼らと行った。その彼らが口々に言う。


「やりましょうぜアニキ!」

「道三の野郎にひと泡吹かせてやるんだ!」

「アニキならマジいけますって!」


 仲間たちのやる気に、信長は少し戸惑う。


「す、すげえ自信だなお前ら。相手は美濃の蝮だぞ?」


 青年たちは熱を上げて、


「何いってるんすかアニキ! アニキに敵う男なんていねえって!」

「アニキは戦国一の男っすよ!」


 織田家臣団の子で、実家では肩身の狭い二男や三男以下の青年たちは感情的に訴える。


「冬の寒い日に家を追い出されたオレに、温かいおにぎりくれたじゃないですか!」

「家に居場所がなかった俺に『イイ目をしている』って家来にしてくれたじゃないすか!」

「オレが親父と喧嘩して家出したとき、一緒に謝りに行ってくれたの忘れません!」


 信長との思い出を叫びながら、青年たちは信長を鼓舞し続ける。


「……おまえら」


 信長が感傷的になっていると、誰かが右肩を叩いてきた。

 突撃馬鹿の池田恒興が、野性味あふれる顔で笑ってみせる。


「これでわかったかよ。テメェの人望ってやつがよ」


 槍術馬鹿の前田利家が、左肩を叩きながらキザに笑う。


「俺だって前田家の四男坊。俺の手柄は兄貴の手柄、一生兄貴の家来決定だ。それをお前が言ったんだぜ『俺のもとで出世しろ』ってよ」


 とりあえず馬鹿の丹羽長秀がメガネの位置を直しながら、


「まぁ、ここで道三殿に認められれば、織田家の方々も殿に臣従するかもしれませんし。やるだけやろうではありませんか。私に、道三殿を圧倒させる策がございますので」

「もう考えてんのか!」


 目を丸くする信長の様子に喜び、長秀は理知的に笑う。


「昔、私にも言いましたよね『兄よりお前のほうが優秀だって俺が証明してやる』って。なら私も証明してみせますよ。貴方の目が節穴じゃなかったって」


 仲間たちの応援で、信長の胸には言いようのない自信が溢れてくる。


 やってやろう。俺が未来の天下人で、帰蝶にふさわしい男だって証明してやる。そんな意気が湧いてくる。


「よし! いっちょやるかお前らぁ!」

『おおおおおおおおおおお‼』


 満足そうに息をつく政秀へ振り返って、信長は握り拳を作る。


「感謝するぜ政秀。親父以来の平手打ち、がっつり響いたぜ!」

「それは何よりです」


 政秀は、父親然とした表情で笑った。

  

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