2.絵麻の機微を覚った生徒会メンバー。







「………………はぁ」

「会長。どうしたんすか?」

「いえ、なんでもありません」



 特別補習を終え、帰宅時間になった後の生徒会室。

 生徒会メンバーはすでに新年度に向けての活動を開始しており、今日も今日とて集合していた。そんな最中、絵麻のため息に過敏に反応したのは高橋。

 彼の質問に素っ気なく答えた会長ではあった。

 だが、その覇気のなさによってメンバー全員が異変を察知する。



「これは、なにかありましたね」

「佐藤副会長。なにかご存じありませんか?」

「いえ。私からはなにも」

「俺も全然知らねぇぞ?」



 雨宮に佐藤、そして高橋の三名は顔を突き合わせて話し合う。

 しかし、明確な答えは出てこない。このまま謎は謎のまま、というのも考えられた。されども今日の作業効率が目に見えて悪くなっている。

 その事実からはさすがに目を背けることは、できなかった。


 この生徒会の核である絵麻。

 彼女の不調は、すなわち生徒会にとって死活問題だった。



「高橋先輩、仮にもクラスメイトでしたよね? 思い当たらないんですか」

「恵ちゃん……ちょっと棘がない? でもまぁ――」



 そこでふと、雨宮が眼鏡を直しながら高橋に話を振る。

 対して彼は苦笑いしつつ、ちょっとした違和感を思い出した。



「昼休み。どうにも、沈んだ顔して戻ってきたな」――と。



 高橋はいつも、違うグループで食事を摂っている。

 だが絵麻は非常に目立つ存在だ。そんな彼女の元気がなくなった、というのは記憶の片隅に引っかかっていた。とはいっても、物凄く分かりにくい機微だが。

 彼の発言に食いついたのは、雨宮。

 眼鏡少女は、ガタっと、音を鳴らしながら立ち上がると叫んだ。



「きっと、あの男に酷いことされたに違いありません!!」



 きっと、なのか。

 それとも、違いないのか。

 なんとも感情に任せた結論だった。



「男って、もしかして小園くんですか?」

「えぇ、もちろん!」

「いやいや……」



 佐藤が念のために確認すると、秒で応える雨宮。

 高橋はそれを聞いて苦笑いを浮かべ、手を振りながら否定した。



「アイツはそんな奴じゃねぇよ。付き合いは薄いが、断言する」

「むっ……!」

「……睨まないでよ、恵ちゃん」



 少なくとも、自分の知る拓哉は誰かを不快にさせる人物ではない。

 そのつもりで高橋が言ったことに、あからさまな敵対心を向ける雨宮。しかし矛を収めたのか、一つため息をついてからこう言うのだった。



「それでは、どうして……?」

「ふむ。しかし、小園くんが関係ない、とも言い切れないのでは?」

「え、佐藤副会長。なにか思い当たるんですか?」

「そうですね。あくまで可能性、ですが」

「…………?」



 佐藤の言葉に、首を傾げる雨宮女史。

 そんな彼女に対して、副会長はやや意地悪な笑みを浮かべて耳打ちした。


 すると、



「………………っ!?」



 雨宮は真っ赤になって、絵麻の方へと視線をやる。

 そしてまた、ガタっと立ち上がり、今度は会長席へ向かった。



「あああああ、あの! かか、会長!!」

「…………え、あ。なんですか?」

「そ、そそそそその!!」



 雨宮は一度、高橋たちの方を振り返ってから。

 二人には聞こえないように、絵麻に何かを耳打ちした。直後――。




「はわぅ!?」




 完全無敵、完璧な生徒会長から短い悲鳴。

 耳まで真っ赤になった絵麻は、瞳を潤ませながら後退り。今にも泣き出しそうな声で、こう叫ぶのだった。






「私とお兄ちゃんは、そんなことしないもんっ!?」――と。






 そして、机に突っ伏して動かなくなってしまった。

 そんな会長を見て、高橋は佐藤に訊ねる。




「お前、何言ったんだよ」

「いえいえ? あくまで、可能性でしかありませんよ」

「………………」




 苦笑いしかできない高橋と、にこやかな佐藤。

 それに対して雨宮は慌てふためき、絵麻は再起不能に陥っている。



 この日の生徒会活動は、これっぽっちも進まなかった。



 






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