5.ショッピングモールで。
「えっと、その……!」
「どうしたんだ、絵麻?」
「お兄ちゃん。その、手を繋いでもいいかな……?」
「う……うん、いいよ」
甘酸っぱい空気が漂う、そんな玄関先で。
俺と絵麻はゆっくりと手を繋いだ。でも指を絡めることのない、いたって普通のそれだった。だって俺たちはあくまで兄と妹、恋人同士ではない。
頼りになる兄になるために、頑張ると決めた。
そして絵麻は、そんな俺に思う存分甘えると決めたのだ。
「すぅ……はぁ……」
だから、断じて邪な気持ちを持ってはいけない。
彼女が俺に接してくれるのは、仲の良い兄妹としてというだけ。互いに連れ子だとか、そういうのは関係なかった。本当の兄妹のように、ただ自然に。
そう思いながら、俺たちは言葉少なにショッピングモールの方へ向かう。
冬の冷たい空気に身を晒した絵麻は、小さく震えていた。
俺はそれを見て――。
「上着それだけじゃ、寒くないか?」
「え、あ……」
「ほら。これ羽織っておけって」
ほとんど無意識のうちに、自分の着ていたコートを絵麻に与えていた。
「拓哉くん……」
そこで一瞬だけ、絵麻は兄妹となったことを忘れたらしい。
俺の名前を口にしてしばし、ポカンとしていた。
でも、すぐにハッとして――。
「ううん、ありがとう。お兄ちゃんっ!」
コートを愛おしげに抱きしめ、そう笑うのだった。
その表情を見てから、俺はようやく自分のやったことに気付く。
「……! そ、それじゃ行こうか!」
「うん……!」
顔の熱を誤魔化すように前を見て、俺は少し先を歩き出した。
絵麻は元気に返事をして、ついてくる。
この時に思った。
こんな調子で、精神がもつのだろうか、と……。
で、ショッピングモールに到着して。
「ねぇ、お兄ちゃん! あそこのクレープ、食べようよ!」
「待てって、絵麻。少し休憩――」
「待たないよ! ゆっくりでいいから、きてね!」
――精神より先に、体力がもたなかった件について。
無邪気な子供のようにはしゃぐ、義妹。
そんな彼女の調子に合わせていると、あっという間に息が上がってしまった。そういえば砂城絵麻は、学業のみならず運動神経も抜群、という話を聞いたことがある。俺も人並みに動けると思っていたのだが、どうやら自惚れだったらしい。
「はぁ、どうするか…………ん?」
気落ちしていると、不意に視界にある商品が飛び込んできた。
それは、先ほど寒さに震えていた彼女にピッタリのもの。
気付けば俺は、そちらへと足を運んでいた。
◆
「バナナチョコクレープ、お願いします!」
絵麻が元気よく注文すると、女性店員は笑顔で応対する。
番号札を渡されたので、少女は近くにあったベンチに腰かけた。そしてふと、途中に置いてきた拓哉のことを思い出す。
初めて自分にできた兄、という存在。
もっとも、同級生であることは忘れてはいけないのだが。
「でも、いいよね。少しくらい、浮かれても」
絵麻は、何かを思い浮かべながらそう口にした。
だって彼女はずっと、兄という存在に憧れを抱いていたのだから。
その夢が思わぬ形とはいえ、叶ったのだ。嬉しくないはずがなかった。
「それにしても、どこに行ったんだろ?」
しかし、ふと気づく。
立ち上がって周囲を見渡しても、彼の姿がないことに。
「むぅ……」
もしかして、置いて行かれたのは自分なのだろうか。
そう思って絵麻は、子供っぽく頬を膨らせた。そして、拓哉を探しに行こうと一歩を踏み出した、その時だ。
「お、可愛い子が一人でなにしてるのかな?」
「……え?」
口にピアスを空けた、いかにもといった青年に声をかけられたのは。
ニヤニヤとした茶髪の彼は、了解もなしに絵麻の腕を掴んだ。
振り解こうとすると、さらに強く握ってくる。
「あの、離してください……!」
「えー? いいじゃねぇか、どうせ一人なんだろ?」
「いえ、一人じゃ……!」
声を上げようとしても恐怖に震えてしまう。
明らかな暴漢であったが、周囲もそれを理解しているためだろう。かかわらないように、視線を逸らす者ばかりだった。
面倒ごとに巻き込まれたくはない。
それは、ある種で当然の反応であるとも思えた。
「よし、こっちにこいよ」
「あ……っ!?」
そうしているうちに、男は絵麻を無理矢理に引きずっていく。
このままでは、駄目だ。そう思っても、力では勝てない。
だから、瞳を潤ませ絵麻が諦めかけた。
その時だった。
「ちょっと、そこのお兄さん?」
彼の声が、聞こえたのは。
「あん? ――いってぇ!?」
直後に、青年は向う脛を蹴られて声を上げた。
とっさのことに、絵麻の拘束は解かれる。その隙に声の主――拓哉は、絵麻のことを抱きしめるようにして守るのだった。
「てめぇ、誰だよ……!」
痛みに表情を歪めながら。
青年は、拓哉のことを睨みつけた。すると、
「俺か? 俺は――」
拓哉は、怒りの感情をむき出しにして叫んだ。
「俺は、絵麻の兄貴だ!!」――と。
――――
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