第6話 告白3

「今日は一体どうなってんだ……」


 放課後、俺は下駄箱で靴を履きながら思わず呟く。


 石徹白(いとしろ)さんに告白されたところまでは良かった。嬉しかったし純粋に喜べた。しかし、昼休みに畳み掛けるようにして内古閑(うちこが)さんにも告白され、なんというか今は喜びよりも戸惑いの感情が大きい。


 ここまで都合が良すぎると、逆に何か悪い事でも起こるのではないかと何というか落ち着かない気分になってくる。


「いやー、今日は告白祭りで大変ですね」


 そう言うアリーの顔は若干にやけている。


『おい、アリー。お前面白がってんだろ。他人事じゃないんだぞ』

「いやいや、そんなことはないですよ。ご主人様のモテ具合に僕も誇らしい気持ちでいっぱいです」

『本当か?』

「本当ですよ。あっ、二丁目のスズメさんが呼んでるのでちょっと行ってきますね」

『おいっ』


 逃げたなアイツ。というか二丁目のスズメってなんだよ。今朝の蝶といいアイツの交友関係謎めいてるな。


 まあいい。明日の土曜日は学校が休みだから、石徹白さんに会いに神社に行かないといけないし、今日は準備諸々でのんびりしてる余裕はない。


 ふらふらと何処かに向かって飛んで行ったアリーを横目に見ながら昇降口を出て、学校の中をランニングしている運動部の間をすり抜けるようにして学校を飛び出す。


「よっ! たまには一緒に帰ろうぜ」


 校門の壁にもたれ掛かりながら空を見上げていた奴が、シュっと片手を挙げて俺を呼び止めたと思ったらそれはひまりだった。


「ん? ああ、ひまりか。まあ、いいけど……」


 珍しい事もあるもんだ。

 家が近いこともあって、以前は毎日のように一緒に帰っていたのだが、中学生の頃、同級生にお前ら付き合ってるのかと茶化されてひまりが烈火の如く怒り、それから一緒に帰ることはほとんど無くなった。


 例外は体育祭とか親が来る学校行事くらいだ。


「どういう風の吹き回しだ? あー、またゲームやりたいとか?」

「まーな…」

「次は負けないからな。前回は色々邪魔があっただけだ」

「……そっか」


 適当に話題を振るが、妙に反応が悪くどこか上の空だ。

 見た感じでは体調が悪いというわけでもなさそうだけど、何か嫌なことでもあったんだろうか。


「なあ。あそこの公園ちょっと寄ろ」

「お、おぅ。いいけど」


 ひまりが指さしたのはアリーと出会い、そして今朝、石徹白さんに告白された例の公園だ。

 嫌な予感がしなくもないが、流石にひまりが俺に告白なんてするわけはないだろう。

 美化した俺にハグされて気持ち悪そうにしてたし。まああれは誰でも気持ち悪くなるとは思うけど。


 公園の中に入ると、ひまりは入口近くにある謎の回転式遊具を素通りし、公園の真ん中にある、中央に柱が一本立った高さ十メートル以上あるローブ式のジャングルジムを手慣れた様子でスルスルと駆け上がっていく。

 そして頂上付近の黒いゴム皮のような休憩場所に腰を下ろすと、下にいる俺に向かって手招きした。


 まさかここを登れって言うのか…。

 小学生の頃に何度も登ったことはある。その頃に比べれば一応身長はずいぶん伸びたので、以前ほどの圧迫感というか途方もない高さは感じない。

 だが、中学三年間を帰宅部で過ごし、高校生になった今も帰宅部である俺の古錆びた身体には、即座に無理だと感じるほどの高さであるのは変わりない。


 しかし、頂上付近にいるひまりは相変わらず手招きをしていて、まるでその仕草が言外に、こんなのも登れないのか。と煽っているように見えた俺は、気合を入れて登り始めた。


 ひまりを目標に見据えて一歩一歩上へと昇っていくが、手に食い込むロープが地味に痛いし、手の力で身体を持ち上げようとする度に、腕や背中が悲鳴を上げる。

 なんで子供の頃はあんなスイスイ登れたんだろうな。

 過去の自分を羨みながら、時折休憩を挟みつつ何とかひまりのすぐ近くまでたどり着いた。


「ふぅふぅ…ひぃひぃ……やっと着いたぁ……」

「おっそ」

「はぁはぁ……体力馬鹿のお前とは違うんだよ」

「オレはちゃんと鍛えてるんだよ」

「あー、そういえばそうだったな」


 詳しくは教えてもらってないが、ひまりには夢があるらしい。

 きっとその夢を達成するためには体力が必要なんだろう。


「で、俺に何か用でもあるのか? お前ちょっと様子おかしいぞ」

「やっぱり、凪(なぎ)にはバレちゃうか…。実はさ…オレずっと前から好きな奴がいるんだ」

「あー女子の間で噂になってる謎の人物か」


 男っぽい見た目と性格をしているせいか、昔からひまりはよく女にモテる。

 俺が知ってるだけでも片手に収まりきらない回数告白されているが、決まってもう決まった相手がいるからと言って断っているらしい。

 その謎の人物は誰なのかと、ひまりの幼馴染である俺に詰め寄ってきた女子は一人や二人どころではなく、高校生になった今も度々その対応で苦労させられることがある。


 俺も見当がつかないので、迷惑を被っていることもありずっと気になっているのだが、話題を振ってもスルーされてきた。

 ひまりにしてはずいぶん思いつめた表情をしているし、謎の人物が誰なのかやっと教える気になったということなのだろうか。


「どうすればもっと仲良くなれるかな」


 ひまりにしてはしおらしい口調だ。

 よほどその相手のことが好きなんだろうな。

 仕方ない。ここは幼馴染として真面目に答えてやるか。

 今の俺は何と言っても二人の彼女持ち…… ん? よくよく考えたら俺、今ひまりの相談に乗ってる何処じゃないヤバい状態なんじゃないのか?

 今すぐ家に帰ってアリーのやつと作戦会議を…いやでも、この状況で何も答えないのも…。

 そ、そうだ。とにかくこの場を切り抜けてから考えよう。うん、そうしよう。

 

「んー、あー、えーそうだな。素直にぶつかってみたらいいんじゃないか? その方がお前らしいしさ」

「わかった」


 ひまりは俺の言葉に小さく頷くと、きゅっと目を閉じ体当たり…ではなく、体をそっと寄せる。


「好き…」


 消え入るような声でひまりは呟くと、縋りつくようにして俺の制服をそっと掴んだ。


 えっ…。えっ? これは…マジ?


「早く承諾してあげて下さい」


 ひまりの背後に突然フワッと現れたアリーが、やや焦ったような口調で告げる。


『おま、今までどこに…というかなんでそんな焦ってんだ?』

「三丁目のスズハチさんの縁談が失敗して、ほとぼりが冷めるまで逃亡を…ごほごほ。……ではなく、今日、冴えないご主人様が立て続けに告白された理由は、間違いなく私が送った映像が原因です。好意を伝える映像を送ったのに告白を断ると、相手に今までやったことが全て明るみになる仕組みになっているんです」

『マジかよ。というかお前そんなこと一言も言ってなかったじゃん』


 というかこいつ主人をほっぽり出して何やってんだ?


「どうなっても知らないと忠告したじゃありませんか」

『そんなんじゃわかんねーよ!』

「ほらほら、文句言ってないで早く受け入れてあげて下さい」

『くそっ、他人事みたいに言いやがって』

「実際他人ですから」


 アリーはそう言って誤魔化すように、下手かと思いきや無駄に上手い口笛を吹き始める。


 野郎…この状況を楽しんでやがるな。

 一言文句を言ってやりたいところだが今はそんな余裕はない。


 中々返事を貰えないことに、ひまりが不安がってるのか息が荒くなってる。きっと過呼吸ってやつだろう。過度に緊張した時になることがあるって、最近授業で聞いた記憶がある。


 とにかくすぐに返事をしなければ。でもどうすればいい?

 アリーに聞くか? いやどうせ碌な返事をしないに決まってる。

 くそっ。こうなったら……。


 言葉で意志表示する勇気がない俺は、その代わりにひまりのことを思いっきり抱きしめた。


「な、凪!?」


 突然抱きしめられたことに驚いたのか、ひまりが大きな声で驚く。

 そんなひまりの声にますます余裕がなくなった俺は、どうにでもなれという気持ちで一層きつくひまりのことを抱きしめる。


「えへへ…」


 すると嬉しそうな笑顔を見せ、ひまりの方からも抱きしめ返してきた。

 だが思ったよりもひまりの力が強く、苦しくなってきた俺は助けを求めるようにアリーに向かって目配せする。


 目配せに気づいたのかアリーはハッとした表情を見せると、静かに頷き何処かに飛び立って行った。


『違う! そうじゃない!』


 必死に心の中で叫んだが、アリーが戻ってくることはなく、苦しくなって意識が遠のいたと思ったら、次の瞬間自宅のベッドの上で横たわっていた。


 部屋の中にはひまりの姿はない。

 その代わり何故か俺の腹の上で、アリーがうっとりした表情を浮かべ竹筒から水ようかんを啜っていたが、あまりにも表情がヤバすぎて関わり合いになりたくないやつだった。

 話しかける気が失せた俺は、とにかく明日に備えて寝ようと横向きになる。

 その瞬間、アリーの声にならない叫びが聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。

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