第3話

「ご主人様どうしたんですか? 朝からそんなため息ばっかり吐いて」

「心当たりがあるだろ? 自称縁結びロボットさん」


 学校への登校中、不意に話しかけてきたアリーに皮肉を込めて周囲に聞かれない程度の小声で言い返す。

 昨日あれだけのことをしたのだから。言外にそういう気持ちを込めてアリーに言うが、残念ながらこいつには伝わらなかったようで大げさに肩を竦められる。


「心当たりなんてありません。まさか僕が隠れて水ようかんを食べてしまったことを根に持ってるんですか? そんな器が小さいと何時まで経っても良い人が出来ませんよ」

「ちげーよ。というか水ようかん食べたのお前かよ」

「ええ、大変美味しくいただきました。おかげで調子は万全です!」

「そりゃよかったね……」

「はい。これからも定期的に食べさせてくださいね」


 駄目だ。コイツに皮肉の類は通じそうにない。俺が主人なはずなのにご機嫌取りの為か、ペットの様に俺の頭を撫でるアリーの姿を見てそう思い、盛大にため息をつく。


「そういえば昨日の方とは、ご一緒に登校されないのですか?」

「あーひまりな。アイツ、朝めっちゃ強くてさ。多分もう学校じゃないかな。確か同じクラスの女子と教室の鍵をどっちが早く開けるか争ってるとか言ってたっけかなぁ。小学生の途中までは一緒に登校してた…というか寝てる俺をアイツが抱っこして登校してたけどな」


 赤ちゃん用の抱っこ紐に押し込められて登校されたせいで、一時期ベイビー高笠(たかがさ)という不名誉なあだ名を付けられた記憶は未だ新しい。


「ご主人様…本当に人間ですか?」

「俺は人間だよ。むしろひまりの方を疑え」


 昨日の出来事といいアリーの奴、ちょっと感性がズレすぎている気がする。いやそれとも単に俺をからかって楽しんでるだけか?

 むしろその可能性の方が高そうだな。

 ここは一度、己の立場と言うものを分からせてやる必要があるかもな。


「おはよう! 高笠(たかがさ)君! 今日もいい天気だね」

「あ、おはよう。委員長」


 今後のアリーに対する策略を思案しようとした時、不意に話しかけてきたのは同じクラスの学級委員長である石徹白(いとしろ)すみれさんだった。

 女子の中ではクラスの中で一番身長が高く、モデル体型で身体がシュっとしていることもあって、紺色のブレザーにチェック柄のスカートがとてもよく似合っている。そこにストレートに伸ばした少し青っぽい艶のある黒髪が加わるもんだから、何というかちょっと住む世界が違う雰囲気を感じる。

 


「高笠(たかがさ)君。今日は私と一緒に日直だからよろしくね。じゃあ私、急いでるから!」

「あぁ、うん。またね」


 石徹白(いとしろ)さんは、肩に掛けていた鞄を掛け直すと、俺に手を振って走り去っていった。

 委員長はやっぱり優しいなぁ。まあ優しすぎる上に綺麗だから、告白されまくって色々難儀しているらしいけど。俺は諸事情で告白しようと考えたことはないが、うちのクラスの男子は既に全滅しているらしい。


 ただ断る時にそれとなく他の女子を勧めて、それが切っ掛けで付き合い始めるカップルがとても多いらしい。なので石徹白(いとしろ)さんが神社の跡取り娘なこともあって、女子の間では恋の女神として崇められているそうだ。


「ん…? そうだ! 石徹白さんなら!」

「どうしたんですかご主人様? 急に叫びたくなる年頃なのは分かりますが、時と場所を考えた方がいいですよ」

「違うっての。アリー、映像って誰にでも送れるのか?」

「もちろんです。相手の関係性によって送れる内容には制限がありますけど」

「じゃあさっきの女の子。石徹白(いとしろ)さんに映像送ってくれ。握手でいい」


 ひまりにはキモがられたが、石徹白さんなら軽く笑って受け流してくれるはずだ。

 美化問題も昨日アリーと話し合った末に、補正を切ってもらうことになったから、今度は問題ないだろう。


「止めておいた方がいいですよ」

「どうしてだ? あっ、もしかして距離が離れてるから送れないとか?」

「むっ、僕は最先端の縁結びロボットなんですよ! 地球上どころか太陽圏内ですら一瞬で送る事だって出来ます!」

「へー、じゃあやってみろよ」


 俺が挑発すると、アリーは目を閉じ、頭の横に指を当てツボを押すようにぐるぐると指を回し始める。それから腕をクロスしたと思ったら小指を立てて、コォォォと息を吐き始めた。

 そして、目をカッと見開くと小指を顎と額に当て、ゆっくりと目を細めていき再び目を閉じた。


「はぁはぁはぁ…終わりました。完璧です」


 肩で息をしながら報告するアリー。

 額から粒のような汗が浮び、明るい緑のワンピースが肌にジトっと張り付いている。


「大丈夫か?」


 簡単な挑発に乗ってちょろい奴だと思ったが、ここまで消耗するとちょっと申し訳なく感じるな。


「だ、大丈夫です…。でも少しエネルギーの消耗が激しかったので、帰ってから水ようかんを一つ所望します」

「お、おう。わかった」

「ありがとうございます! ……ふっ、ちょろいご主人様ですね」

「おい、お前。心の声漏れてんぞ」


 少しでも心配した俺が馬鹿だった。


「いたっ、いたたたっ…昨日ご主人様に突かれたわき腹が……」

「はぁ…… とにかく映像はしっかり送れたんだな?」

「はい、もちろんです。最先端の僕にミスはありません」


 不安だ。

 グッと親指を立てて、下手くそなウインクをするアリーを見て思った。

 だが、わからない以上とりあえずはコイツの言うことを信じるしかない。仮に失敗していたところで、それはそれで問題ないしな。


「よし。じゃあさっさと学校行くか。委員長の反応気になるし」


 せめていつも通り対応。可能なら目が合った瞬間、委員長が頬を赤くしてくれればこっちの勝利だ。昨日失ったなけなしのプライドを全て取り戻すことが出来る。


 そんな期待を抱いて足早に学校へと向かった。










「えー、石徹白(いとしろ)さんが体調不良ということで、お休みの連絡がありました。他のクラスでも体調不良で休んでいる人が何人かいるようなので、皆も気を付けるように」


 朝の会の冒頭、辞書集めが趣味の担任教師の口から石徹白さんが休みであることが告げられた。


『おい、どういうことだ。アリー』

「きっと送った映像のせいでしょうね。頭の中とはいえ好きでもない男にハグされて、気持ち悪くなったんでしょう」

『は? 俺は握手する映像を送れって言ったはずだよな?』

「ご主人様が昨日のリベンジを果たしたいということは、言わずともわかっていました。だから気を利かせてあげたんです」


 怒りから頭がピキッとなった俺は、「なにせ僕は最先端ですから」とふんぞり返っているアリーに軽くデコピンする。


「痛っ! 何するんですか!」

『ついカッとなった』

「暴力は駄目ですよ。暴力は…とはいえ僕も少し挑発が過ぎましたね。すみません。……実は短期間で気になる相手に映像を送る場合は、内容に大きな差をつけてはいけないという決まりがあるんです」

「本当にそうなのか?」

「本当ですよ。疑い深いですね。ちなみに言われた通り、映像は補正を掛けていないご主人様の方に変更しましたよ」

『あっ、うん。そうか、ありがとう…』


 ということは、委員長は通常の俺にハグされただけで体調不良になるほどのショックを受けたということか。それはそれでへこむな。


 誰か俺のハグを受け入れてくれる、聖母みたいな女子はいないものだろうか。


「相性診断しますか?」

 

 何時の間にか筆箱をサンドバック代わりにしていたアリーが、突然俺に提案を投げかけてきた。


 アリーに話しかけたつもりはないけど、想いが強すぎたのかな。まあちょうどいい。


『頼む。とりあえずクラスの女子だけでいいから』

「わかりました。少々お待ちください」


 そう言ってアリーは突然自分の背中に生えている、蝶みたいな透明の羽を取り外すと、紙飛行機を投げる様な動作で放り投げた。

 投げられた羽は凄まじい勢いで加速し、見えなくなったと思ったらすぐに戻ってきて、そのまま背中に戻っていった。

 そのあとアリーは頭をポンッと取り外すと、後ろを向いてボソボソと自分の羽に向かって話し始める。


 気持ち悪いというか最早シュールな光景だ。


「終わりました。このクラスの中ではあの子が一番相性が良いようです」


 アリーは窓際の方を指さす。


『いや、それよりもお前、何自分の羽と喋ってたんだ? その…大丈夫か?』

「正常ですよ。僕を構成している主要パーツには、全て補助脳が付いているんです。繋がればお互いの情報は一瞬で共有出来ますが、それだと初めて見た主人が心配するだろうということで、話しかける動作はただの初回演出です。まったく面倒ですよね」


 やれやれと言った感じで、両手を広げて手のひらを上にむけるアリー。


 コイツの言うことが真実ならアリーが変というより昔の人間が、今の人間からすると変わり者だっていうことなのだろうか。二億年以上前の文明だから色々価値観が違ってても不思議ではないんだろうけど、変なところに気を遣い過ぎている気がする。


『あー、で誰が一番相性が良かったんだっけ?』

「あの子です。窓際の前から三番目に座ってる子です。内古閑(うちこが)ひなのという方ですね」


 アリーの指さした方を追うようにして窓際を見る。

 すると偶然、話題の人物である内古閑(うちこが)さんと目線が合い、向こうが慌てて目を反らした。


 内古閑さんか…。

 

 今年から同じクラスになった女子で、物静かな女の子という印象しかなく、正直まだあんまり名前と顔が一致していない。

 身長は百五十センチ台の俺より小さく、ベージュ色の綺麗な髪を肩辺りで綺麗に切りそろえた髪型をしている。一応髪は地毛らしい。ただ性格に反比例するかのように胸はあんまり控えめではないけども。


『それでどれくらいだったんだ?』

「なんと驚くことに相性率99.98%でした!」


 やけに熱のこもった口調でアリーが言う。


『ふーん。凄そうだけど、100%じゃないのか』

「100%はあり得ませんよ。でも99.98%でも信じられない数値です。過去一億人から取ったデータの最高値でも99.51%なんですよ」

『そう言われると凄い気がしてきたな。それで高いと何か違いがあるのか?』

「80%以上で俗にいう運命の人です』

『80%で?』

「はい。ただ80%程度だと場合によっては上手くいかないケースがあります。ですが90%を超える場合は、出会った瞬間互いに一目惚れし、何があっても離れることはない。そんな風に言われています」

『いやでも別に俺、内古閑さんのこと好きってわけじゃないし、向こうから告白されたこともないけど』


 まあ好みかどうかと言われると、好みであるのは事実だが。幼馴染がガサツな性格をしているからだろうけど、物静かな女の子には何となく惹かれるものがある。


「あくまで僕に搭載されているデータベース上での話です。現実は違うということなんでしょう。残念でしたね。でも安心して下さいご主人様。僕は最後まで見捨てたりしませんから」


 アリーは気にするなと言った感じで、俺の指を優しくポンポンと叩いた。


 こいつ…俺を怒らせたいのか、フォローしたいのかどっちなんだ。

 とにかくコイツの言うことが真実なら、内古閑(うちこが)さんと俺はとても相性が良いということなんだろう。なら内古閑さんには悪いけど一度試してみるか。


『よし。じゃあお前の言うことを一旦信じてやる。内古閑さんにハグの映像送ってくれ』

「相性が良いと言った途端これですか…。節操がないですねご主人様は。極めて相性が良いので今回は問題ないと思いますが、乱用するのはお勧めしませんよ」

『問題ないならゴーで』

「はぁ…わかりました。どうなっても知りませんからね」


 アリーはため息をついてから、両手の人差し指と中指をクロスさせるように絡ませると、その状態で親指をピンと立てて指で長方形の形を作り、そこから内古閑(うちこが)さんを覗き込むようにして見た。


「送りましたよ」


 今回は早かったな。

 そう思いながら内古閑さんの方を見る。

 しかし、映像を送られたはずの内古閑(うちこが)さんは平然とした様子で前を向いていた。


『……まったく反応ないけど』

「いえ、映像を送ってから体温が0.5度ほど上がり、36.5度になりました。これは効いてますね」

『何がだよ。それに36.5度って平熱じゃねぇか』


 効いているという割には、内古閑(うちこが)さんはピクリともしていない。

 何なら担任の長話がつまらなくて飽きてきたのか、窓の方を見ながら眼鏡を拭き始めたくらいだ。


『本当はお前が壊れてて、ちゃんと映像送れてないんじゃないのか? 製造してから二億年経ってんだろ?」

「失礼な! 僕は繁殖すら可能な言わば生命体と機械の究極のハイブリットとでも言うべき存在なんですよ! 水ようかん一つで一万年以上連続活動可能な小エネルギー! ひとたび拳を振るえば小惑星を砕き、羽ばたけば亜光速で飛行可能な、地球周辺の守護を目的として最新技術の粋を集めたこの僕が、たった二億年程度で故障するはずありません! そもそも二億年経ったと言ってもその間は別――」

『あー悪かった、それは凄いな。うん』


 お前縁結びロボットじゃなかったのかと突っ込みを入れたかったが、それどころじゃないくらいに憤慨しているアリーを慌てて宥める。


 しかしまったく怒りが収まらないようで、アリーは俺がお詫びに今度水ようかんを奢ると約束してからも、延々といかに自分が素晴らしいかを学校が終わるまで語り続けた。

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