第2話
「ふいー。あれは何だったんだろ…やっぱ超リアルな映像とかなのかな…」
俺は自宅に帰ると二階にある自分の部屋に向かいながら、先ほどあった出来事を思い出す。
だけど映像にしては現実感がありすぎたし、何よりあいつは触れたからな…。
謎ロボットを突っついた感触は確かに指に残ってる。
明日もう一度確認に行くか?
そんなことを考えながら、自分の部屋のドアを開ける。
「おかえりなさい。遅かったですね」
「なっ…あ…」
さっき公園にいた謎ロボット!? なんでこいつがここに!?
俺が混乱している中、謎ロボットは自分の自宅にいるかのようにリラックスした様子で、俺の方へと近づいてくる。
「当分は貴方に仕えさせていただく予定です。よろしくお願いしますね」
そう言ってコイツは俺に向かって手を差し出す。
「えっ、いや…なっ、なんなんだよお前は! それにどうやって俺の部屋に…」
「先ほど最先端の縁結びロボットと説明したはずです。その様子だと、ちゃーんと聞いてませんでしたね? まあいいです。それよりも早く僕の手を握り返して下さい。そうしないと契約が出来ないので」
「いやだからどうやって俺のへ――」
「あー!! でも最先端といっても製造されたのは、私の体内時計が正しければ今から二億年以上前になるので、今は少し調子が悪いんです」
ぐったりした表情を見せて、わざとらしくうな垂れるポンコツロボット。
「はぁ…まあいいや。で、お前本当にロボットなのか?」
「本当ですよー。私は何と言っても最先端なので大部分は生体で構成されてますが… ほら頭が取れても平気です」
説明しながらおもむろに自分の頭を取り外し、お手玉を始める。
微妙にグロいな。断面は緑色の光に包まれててよくわからないからまだマシだけど。
というかお手玉して頭が動いてるからバレないと思ってるのか、時折こちらをからかうような表情をしてるのが地味にウザい。
まあとにかくコイツは生物ではなくロボットで、それも現代科学ではまだ作れそうにないとんでもない存在だということは、なんとなく頭の中に染み込んできた。
「ぐっ、うっ…はぁはぁ…気持ち悪くなってきました。少し休憩させて下さい」
「いやこっちはお手玉なんて求めてないから…」
「そんな目をしておいてですか?」
どんな目だよ。
駄目だ。まともにコイツの相手をしてたらこっちの気が持たない。
俺は机の上に鞄を置くと、ベッドの上に腰かけ部屋の中で浮かびながら自分の頭をあやす様に撫でているポンコツロボットに声を掛ける。
「で、なんで俺なんかと契約したいの? あと契約したらどうなる?」
「主人と長期間連絡が見込めない場合は、第一発見者に一時的に仕えるよう法律で決まっているからです。契約したらもちろん僕があなたの縁結びを全面的に支援させていただきます!」
言いながら首に頭を嵌めると、自信満々な様子でぎゅっと拳を握りしめて、俺の眼前で大口開けながら訴えかけてくる。おかげで顔はコイツの唾塗れになり、思わず俺はギロっとした目つきで、ポンコツロボットを睨む。
「おい、唾飛んだぞ」
「安心して下さい。私の汗や唾は一滴飲めば、コンマ一秒寿命が延びると言われている妖精水で出来ています」
「おー、マジで?」
「あくまで噂です」
コイツ…少しでも信じた俺が馬鹿だった。とにかく今の感じだとまったく信用出来ないな。二億年っていうのも想像出来る範疇にない過去すぎて現実感ないし。というか二億年前って人間生きてるのかよ、まだ恐竜の時代だろ。
「あー、まあいいや。具体的に何が出来る?」
「それは契約しないと話せない決まりになっています。だから早く僕と契約しましょう!」
さあさあさあと言った感じで元気有り余る様子で、自称縁結びロボットはこちらにジリジリと迫ってくる。やがてしびれを切らしたのか、自分の方から俺の手…正確には左手の薬指を握りしめた。
「うぉっ、まぶしっ」
部屋の中が緑色の光で溢れたかと思うと、周囲から押し込まれるように収束して薬指全体を覆った後、指輪のような形に変化し、指の中に吸い込まれるようにして消えていった。
「契約完了です。これで見た目からしてモテそうにない子供っぽいご主人様にも、間違いなく良い人が出来ること請け合いです!」
「ちょっと一言多いんじゃないか?」
「?」
俺の言葉に、まるで言ってる意味がわからない。そんな感じでコテっと首を傾げる。
確かに身長も高校生にしては…ほんのちょっぴり低く、童顔なこともあって人によっては中学生っぽく見えるのは事実かもしれない。服も自分で選んで買ったこともない。それに加えて四か月に一度行きつけの散髪屋に行って適当に短くして下さい。というのが定番の、まるでモテる努力をしたことがない男子高校生なのは間違いないが、もうちょっとマシな言い方があるはずだ。
「お前なぁ。……はぁ。まあいい。それで契約終わったんなら説明出来るよな。あとお前のことはなんて呼べばいい?」
「以前のご主人様には妖精君と呼ばれてました。正式名称は妖精型縁結び支援人工生命体8008-9610改2です」
「ながっ…」
とりあえず妖精君ってことは男か。そのまま呼ぶのは…ないな。コイツを妖精君と呼ぶなんて寒気がする。
とりあえず適当に縮めて妖(よう)とかは、ちょっと紛らわしいか。確か妖精は英語でフェアリーだったっけ…そのまんま呼ぶと長いし前の方を取ってフェアか後ろをとってアリーか…。
……アリーにするか、フェアだと野球のゲームやる時にややこしいし。
「えーとじゃあアリーでいいか?」
「はい。それでいいですよ。あと僕に出来ることを聞きたいんでしたよね」
「ああ」
「主な仕事は告白の代理です。あと僕は告白専用のロボットとは違って、日頃の恋のお悩み相談や相手との遺伝的な相性診断、他にも伝えたい想いを相手の方の頭の中に直接映像化してお届けしたりすることなんかも出来るんですよ!」
「ふーん。でも告白って普通自分でするもんじゃないの?」
「ご主人様が帰宅される前に軽く今の世界のことを調べさせてもらいましたが、この時代でいうSNSや電話で告白するのと似たようなものです。だから全ての方が利用されるわけではありませんが、そういった需要が一部にはあったんです」
「なるほどね」
確かにそう言われると分からなくもない。
仮に俺に告白したい相手がいたとして、そんなロボットがあるとしたら確実に使うとまでは言えないけど、候補としては一度くらい考えるだろうな。
「あと映像ってのはどんな感じなの?」
「夢と似たような感じですね。ただ夢と違ってハッキリ記憶に残ります。お伝え出来る内容は、相手の方との親密度次第です。誰にでも可能なのは握手とハグくらいでしょうか」
握手とハグってずいぶん差があるな。でも海外ならハグって割と一般的って聞くし、そう考えると案外普通なのか?
「なあ二億年ってどんな――」
感じだったんだ? そう問いかけようとした時、家のインターホンが鳴ったと思ったらすぐに玄関の鍵を開ける音が聞こえてきた。
「やばっ、アイツだ」
「誰ですか?」
「俺の幼馴染…になるのかな。とにかく見つかると説明メンドイから、ちょっと隠れてろ!」
俺は慌ててクローゼットを開け、呑気にふよふよと浮かんでいるアリーをクローゼットの中に入るよう手を使ってジェスチャーで示す。
「大丈夫ですよ、隠れなくても。この時代であれば緊急時を除き、契約者以外に私の姿が見えることはありません」
「本当か? とにかく邪魔にならないところで静かにしてろよ!」
「わかりました。何かあれば私を意識しながら強く念じて下さい。それで考えていることが伝わりますから」
「わかった!」
あいつの言葉に返事したのとほぼ同時に、勢いよく部屋のドアが開け放たれる。
「おっす! ほらコレ。後で元に戻しておいて」
元気よく現れた幼馴染、小園井(おそのい)ひまりはそう言って俺に向かって家の合鍵を投げる。
帰ってすぐに来たのかひまりは制服姿のままだ。制服といってもスカートは寒いとかいって男子と同じ長ズボンだし、女子なのに一人称はオレ。若干赤み掛かっている髪もショートヘアーにしているので、色んな意味で男っぽいやつだ。
俺と同じく帰宅部なのだが、体を鍛えているらしく運動神経は抜群だ。だがそのせいか尻もデカければ足も太いので、もしかしたら長ズボンを好んで履くのは、筋肉質な足を隠したいからなのかもしれない。まあうちの学校はプールがないせいか水泳の授業がないので、どんな感じなのか実際に見たことはないけども。
「はぁ…。いくら幼馴染だからって、隠してる合鍵勝手に使うなっていつも言ってんだろ」
「いいじゃん別に。凪(なぎ)とオレの仲だろー」
「おいこら、ヤメロ」
無遠慮に俺の頭を撫でてきたひまりの手を払いのける。俺よりちょっとくらい身長が高いからって、会うたびに頭を撫でてくるから困る。
まあ具体的に言うと頭一つ分くらい負けてるけど、それくらい誤差のはずだ。
「なんだよー。お姉ちゃんは弟の成長が嬉しくてだなー」
「弟じゃねぇし。それに同じ高校二年生だろ」
「オレの方が三十分早く生まれたもーん」
「三十分なら誤差だろ…でなんだよ。重大な用事があるって」
「じゃーん! これだ!」
無駄に効果音を付けてひまりが取り出したのは、最近発売されたばかりのシリーズものの格闘ゲームソフトだ。パッケージには構えを取ってにらみ合っている怪獣達が描かれている。
確か今回で六作目で、以前に取ったユーザーアンケートによるとプレイヤー人口の男の比率は脅威の九割越えらしい。
そのせいか昔から何かにつけてひまりに誘われまくるので、変に俺も詳しくなってしまった。
「お前本当にソレ好きだな……」
「いーじゃん別に。ほら早くやろーぜ」
俺はひまりに急かされるままに準備を始める。
準備の最中、いつの間にかテレビの上に陣取って腕を組み、何やら頷きながらこちらの様子を眺めているアリーの方をチラリと眺め、そのまま流れるようにしてひまりの様子をチェックする。
どうやら本当に見えてないっぽいな。
ひまりは俺のベッドの上に横になって寝そべり、教科書をメガホンのように丸めて「早くしろー工期より遅れてるぞー」と俺のことを急かしていて意味不明な感じだが、残念ながらこれがコイツのいつも通りだ。
仮に見えてるとしたらひまりのことだ、ふん捕まえて目を輝かせながらあれこれ調べ出している。
「終わったぞ」
煽るのに飽きたのか、カメのぬいぐるみと戯れているひまりに声を掛ける。
あのぬいぐるみは男趣味のひまりには珍しく、どうしても俺の部屋に置きたいと言い出して渋々置いてるぬいぐるみだ。
よっぽど好きなのか俺の部屋に来る度に戯れている。
「おー、終わったか。よーし、今日は負けた方が明日金平糖奢りなー」
「え? いや、ちょっと待て!」
「待ちませーん。はよキャラ選べー」
赤縁のメガネを掛け、コントローラーを右手に持ち、空いた手の指をクイクイっと動かし小憎らしい表情をして俺を煽るひまり。
こいつ…!!
色々疲れが溜まっていたこともあって、まんまとあいつの煽りに乗ってしまった俺は、床においていたコントローラーをバッと掴み取ると、慣れ親しんだ大型肉食恐竜っぽい怪獣ガルグマンドラゴンを選択する。それに遅れてひまりは翼の生えた飛行型の怪獣ミカイセンチョウを選んだ。
そして五分くらいの時間が経過した後、あっという間に四連敗した俺はあと一敗したら負けという状況に追いやられていた。
「おいおいどうしたー凪(なぎ)くぅん。今日はずいぶん調子悪いみたいだねー。いや、それともオレが上手すぎるだけなのかなー」
「き、今日はちょっと気が散って集中出来ないだけだ!」
ねちっこい言い方で煽るひまりに反射的に言い返す。
コイツには聞こえてないのだろうが、さっきからアリーの声がうるさすぎて仕方ない。主人の俺だけを応援するならまだいいが、勝利主義者なのか最初の内は俺のことを応援するものの、劣勢になった途端向こう側を応援しやがる。
そのくせ義理立てのつもりなのか、俺がラウンドを落とす度に惜しかったですね。とかご主人様なら次は勝てますよ! とか心にもないことを言うのがかなり鬱陶しい。
だがこの状況では言い返す余裕もない。
くそっ。せめてどうにかしてコイツを黙らす事が出来たら…。
……ん? そういえばさっきアリーのやつが、強く念じれば考えが伝わるとか言ってたな……。もうコイツに対しての信用度はゼロどころかマイナスだけど、駄目元でやってみるか。なにせ金平糖が掛かってるからな。
そう思った俺は、胡坐をかいた俺の膝の上に腰かけ、脚をブラブラさせているアリーに目を向ける。
『おい!! アリー!! 今すぐひまりに何でもいいから映像送れ!!』
「そんなに叫ばなくても聞こえますよご主人様…。まあ別に構いませんけど、何にしますか?」
そう言って、俺の方を面倒くさそうに見る。
コイツ…本当に縁結びロボットなのか?
思わず叫びたくなる感情を堪え、アリーに追加の指示を出す。
『なんでもいい! とにかく驚くやつを。早く!!』
最終ラウンドな上に、既にゲージが半分を切っていたこともあり、全力でアリーを急かす。
「ハイハイ、わかりました。せっかちなご主人様ですね」
アリーは気だるそうにふよふよと浮かび上がると、ビッと両手の人差し指と中指を伸ばし、肩、膝、胸の順で腕を交差させながら、何か術を使うような機敏な動きで指を動かした後、両手の指をバッと広げてひまりの頭に向けるとぬぅぅぅと唸った。
「終わりました。完璧です」
なんだあの動作は。
一仕事終えたみたいに額を拭い一息ついているアリーを見てから、効果はどうだとひまりの方に目を向ける。
目を向けた瞬間は何も変化はなかったが、すぐに突然ピタリと動きが止まり、急に顔が青ざめたと思ったら気持ち悪そうに口を押えて、コントローラーをその場に落とした。
「だ、大丈夫か?」
「最悪……。なんかキモイ想像が頭の中よぎった」
ゲームのどころではない有様に慌てて介抱しつつ、機嫌よさそうに口笛を吹いているアリーを睨む。
『お前、どんな映像送ったんだよ!』
「ん? ただのハグですよ。そのままだとアレなので、多少ご主人様をこちらの方で美化させてもらいましたけど」
『本当か?』
「本当ですよ! 疑うならご主人様にも映像を送りますよ」
そう言ってアリーは、俺に向かって指を鳴らす。ただし下手くそなのか音は鳴ってない。
そしてアリーが指を鳴らしてから一秒くらい経った後、頭の中に浮かび上がるようにして、昔の少女漫画風に美化された俺が俺をハグする映像が二、三秒ほど頭の中で上映された。
自分で言うのもなんだが、鼻が妙に高いしまつ毛も多けりゃ目もパッチリ、顎も変に尖っていてめちゃくちゃ気持ち悪い。頭の中ではそんな美化された俺に対して、俺がときめくような目で見ているからなおの事酷い有様になっている。
これはひまりが最悪だと言う気持ちがよくわかる。
とんだ精神攻撃だ。
「あー、ひまりどうする? もうゲーム止めとくか?」
「……まだやる」
流石に申し訳ない気持ちになった俺はわざと負けた後、気分悪そうにしているひまりを俺の自宅の向かい側にあるひまりの自宅まで送り届けた。
その後、夕食の時間が来るまでアリーと映像の件について熱く語り合ったが、アリーの「素材が悪いと補正が難しい」という何気ない一言に酷く傷つき、俺は謎めいた敗北感に包まれたまま一日を終えた。
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