フェア恋

灰ノ木

第1話

「はぁ…羨ましいなぁ」


 俺は少し離れたところをイチャイチャしながら歩いている、同じ学校の先輩だと思わしきカップルを眺めながら思わず言葉を零す。


 中間テストが終わったばかりだからか、目の前のカップルは今日何するかという何気無い話題で盛り上がっていてすごく楽しそうだ。


 俺にも彼女がいれば、あんな風に日常を楽しく過ごせるようになるんだろうか。

 そんなありもしない事を想像して、俺は盛大にため息を吐いた。


(邪魔しちゃ悪いし、少し公園にでも寄ってくか)


 今日はちょっとした約束事があるので、早めに家に帰っておきたい。が、あの幸せ空間を邪魔する気になれない俺は踵を返し、先ほど通り過ぎたばかりの誰もいない公園の中へと立ち寄る。


 久しぶりだな、公園に入るの。小学生の頃までは、毎日のように公園で遊んだもんだけどな。


 確か途中からボール遊びが禁止になったせいだったかな。

 公園内での野球やサッカー等は禁止です。と掠れた字で書かれた看板を見て、朧気な記憶が薄っすらと頭の中に浮かぶ。


「あと、そういえばこの公園だったよな。告白されたの」

 俺は公園の中にある木製のベンチに腰を掛けながら呟く。


 凪(なぎ)君のことが好きです。そんなベタな感じで告白されたような覚えがある。確か小学校に入る前の話で、誰に告白されたかのかはさっぱり覚えていない。


 断ったのかOKしたのかさえさっぱりだ。

 ただ今日みたいに月がとても大きく見える日だった気がする。


 仮にもしOKしてたのなら、俺は事実上彼女持ちってことか?


「……アホらし。帰るか」


 自分の馬鹿な想像に呆れ、ベンチから立ち上がったその時だった。

 不意に目の前にある滑り台と自分との間の空間が、大雨が降ってる時の視界みたいに白っぽくなったと思ったら、半透明の女性が突然現れた。


「え? 何?」


 女性は肩がむき出しになった真っ黒のドレス姿で、顔はヨーロッパ系。

 身長は悲しいかな百五十センチ台の俺よりかなり高い。

 緊張しているのか、動きに落ち着きがなく顔が真っ赤だ。


 何これ、AR動画?


 だがAR動画にしては妙に立体的だし、半透明なのを除けばまるでその場にいるかのような存在感がある。

 俺が戸惑っていると女性はゆっくりと深呼吸をして正面。つまり俺の顔をジッと見据えた。


「好きです。たとえ大陸が分かたれようとも、私の気持ちが変わることはありません。どうか私と結婚して下さい」


 女性は確かな口調で言い終えた後、腰を折るようにお辞儀をしたと思ったら、まるでその場に最初からいなかったかのように姿を消した。


「は? え?」


 いま俺、告白されたの?

 いやいやそんなわけが…この公園には偶然立ち寄っただけだし…。

 もしかして子供の頃に告白されたのもさっきの女性だったとか?

 それなら誰に告白されたのか覚えてないのにも納得…いやこんなインパクトあるやつなら、逆にもっとはっきり覚えてるよな。


 そんな風に目の前で起こった異常現象を分析していると、今度はポンっという軽妙な音と共に背中に半透明のアゲハ蝶みたいな羽を生した、手のひらサイズの人間が空中に現れた。

 身長は普段使ってる十五センチ定規と同じくらい。恰好はシンプルな明るい緑色のワンピースで、髪も服と同じ色のショートカットヘアー。女か男かよくわからない中性な感じの見た目だ。


 まるで映画かアニメに出てくる妖精とか精霊みたいだな。


 そいつは顎に指を当て、不思議そうに辺りをキョロキョロと見回してから俺の方を見て頭を掻いた。


「あれ、あなたは告白対象とは違いますね…おかしいな」

 

 告白対象? 一体何を言ってるんだこいつは。

 まあとにかくこれでよくわかった。これはきっと超リアルな映像だ。さっきの女の人ならまだしも、こんな手のひらサイズの人間が現実に存在するわけがない。


 そう結論付けた俺は、念には念を入れて映像なら触ったら乱れるはずだと思って、指で軽く突っついた。しかし予想とは反して指には、人の身体を触った感じの柔らかく温かみのある感触が返ってくる。


「うわっ。急に何をするんですか! 僕は最先端の縁結びロボットなんですよ。もっと丁寧に扱ってください!」

「縁結び…? ロボット?」


 一体何を言ってるんだこいつは。というか映像のはずなのに感触がある? 一体どういうことだ?

 まさか本当に実在してる物なのか?


「そうですよ。人間そっくりに作られた生体ロボットです! …あぁ! こんなことをしてる場合ではありませんでした。早く正統な相手に告白し直さなければ!」


 自称縁結びロボットは慌てた様子で自分の目の横に指を当てると、ぬんぬんと唸り出す。しかし自体が上手く運んでないのか、額から汗をタラタラと流し始め、息も荒くなってきた。


 ロボットというか本当に生きてる生物みたいだな。


「おかしい…最先端の僕が通信不良…? それにこの人間が喋っている言語も何か…」


 ロボットは頭を振って周囲に汗をまき散らすと、顎に手を当ててブツブツと一人で何か呟き始める。俺の顔にも汗が掛かって、少し不快に感じたがそれよりも目の前のコイツの様子が気になり、恐る恐る声を掛ける。


「あー、おい。大丈夫か?」

「それに体内時計にも大幅なズレが…まさか僕が時間を間違えた? いや、最先端の僕がそんな間違いを犯す訳が…」


 声を掛けるも見事にスルーされ、ついには胡坐をかきながら縦回転し始める。それと同時にまだ春だと言うのに公園内に冷たい風がヒューっと吹き込み、バサバサと不穏な音を立てながら木々が揺れ始めた。


 これはあれだ。触れちゃいけないヤツだ。


 目の前の謎ロボットの異様な仕草と公園の変化に危険を感じた俺は、未だにブツブツと何かを呟き続けるコイツを放置して、逃げるように公園を後にした。

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