第51話 英雄

「まだだ!」


 雷撃を浴びて、なお話さなかった刀を杖にして、直隆はエイルの腕から立ち上がる。


「まだってあんた」

「消耗してんのは向こうも同じだ……なら、ようやくこれで五分五分ってところだろ……」

「でも!」


 必死に叫ぶエイル。


 だが直隆は止まらない。


 小癪な殺気を感じたリンドヴルムは、三〇〇メートル以上先で、天高く咆哮を上げた。


 リンドヴルムVS直隆。

 ドラゴンVS戦国武将。


 超雄同士の殺し合いが最終局面を迎える。


 その、最後の花道を飾るようにして空の雲を貫いてくる流星は、当然リンドヴルム最強の攻撃魔法。


 武将真柄直隆を殺し、リンドヴルムの勝利を飾る特大の花火だ。


「行くぞ蛇野郎! かば焼きにしてやるぜ!」


 隕石群が地上に降り注ぐ。


 エイルが反射的に悲鳴を上げる。


 直隆は止まらず駆ける。


 隕石が直隆の周囲に降り注いで、直撃必死の隕石には愛刀太郎太太刀を叩きこんだ。


「ぐぅっ!」


 音速を遥かに超える速度の高熱岩の衝撃に、直隆は全身を持って行かれそうになる。


 だが立ち止まれない。

 直隆は全ての隕石を、

 かわし、

 受け流し、

 弾き、

 砕きながら地獄道を突き進む。

 その光景を目にしながら、エイルは声を張り上げた。


「やめて直隆! そんなことしたら直隆死んじゃう! ベルセルクは死んでも生き返るけど! でもすっごく痛いんだよ! すっごく辛いんだよ! だから逃げて!」

「無理ね」


 跳び出そうとするエイルを後ろから抱き締めて抑え、ゼノビアは耳元で語る。


「ねぇエイル。貴方はどうしてワタクシが直隆を家臣にしようとしたか解るかしら?」

「え?」


「それは、彼が家臣たる男性だからですわ。世の中には二種類の人間にいます。人の上に立つ人間と、誰かに仕える人間。ワタクシは前者。下の者達、万民と国家安寧の為の戦いで本領を発揮するタイプ。そして直隆、彼は最高レベルの従者。自分の為ではない、誰かの為に、他がために戦い本領を発揮するタイプ。忠勝に負けた直隆が、どうして何事も無かったように貴方を元気づけたと思いますの?」


「それは」


「そして、どうしてリンドヴルムに挑むのか、それは全て貴方のためですのよ。忠勝に負けたショックよりも、側にいる女の子が泣いている。直隆にとってはそちらのほうが重大事件。あの本多忠勝が直隆を弱くなったと評するのは当然。直隆はまだ、仕えるべき主も守るべき国もないのですから」


 普段から、直隆を家臣として扱うゼノビアが、真剣にそう言ったものだから、エイルは驚いて、黙って直隆を見据えた。


「ステキじゃありませんこと? 他人の為ならドラゴンにも単身挑む殿方なんて」


 エイルは、心の中で誰かに問う。

 どうしてそんなことができるのだろうか。


 直隆はただの人間なのに。

 天女や天使や戦乙女よりも劣る存在なのに。


 直隆はヘラクレスのような神とのハーフではない。

 アーサー王のような特別な武器、聖剣を持っているわけでもない。

 ギルガメスのように神の加護があるわけでもない。


 人間の両親から生まれた人間がただの人造武器を手に自分だけの力でドラゴンに挑む。


 エイルの頭の中を、まるで走馬灯のように人類史が駆け廻った。

 エイルは、ずっと人間は自分より下の存在だと思っていた。


 でも、かつて一〇〇倍の以上の数の軍に挑み戦い抜いた英雄がいた。

 弱小国の王でありながら、一代で世界最大の帝国を築いた英雄がいた。

 下賤の生まれでありながら、民衆を率いて大国を揺るがした英雄がいた。

 ただ他がためにその生涯を使い、死後も人々のためにあり続けたいと願った英雄がいた。

 人類救済の為に人々に教えを説き、そして志半ばで死んだ英雄がいた。

 家族全てを失い、誰よりも泣きたいのに笑って、世の中を明るくし続けた英雄がいた。


 誰もかれもがそうだった。

 ただの人間から生まれた人間如きの人間風情でありながら、

 ただ守りたい、ただ勝ちたい、ただ救いたい、夢を叶えようと人の身に許された限界をはるかに超えた偉業を成し遂げた人類がいた。 

 故に英雄。

 若いヴァルキリーであるエイルは、かつての英雄華やかしい時代の地上を知らない。

 エイルは今まで、不可能に挑戦した英雄達の事を、記録の上でしか知らなかった。

 英雄の偉業を、無謀とか、たまたま成功しただけとか、バカみたいと思った事もある。

 でも、だけど今なら解る。

 血を吐きながらリンドヴルムに挑む直隆を見て悟った。


これが英雄なのだ。


果たすべき目的がどれほど険しくても、

実行すべき手段がどれほど辛くても、

死に物狂いでしゃにむに挑む。

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