第47話 苦悩
グレイズ達との戦闘から一時間後。
直隆とカラミティは、エイルの回復魔法で傷を直していた。
「完治とはいかないけど、これで戦闘に大きな支障はないと思うわ」
「ああ……」
直隆ははだけていた上半身に着物を着直して、甲冑を装着召喚し直した。
忠勝との決闘は、事実上の敗北だろう。
『弱くなったな』
その言葉がしこりとなって胸をしめつける。
けれどしめつけられた胸は空虚だった。
迷う。
これで終わりか。
次こそは勝ってやる、という熱い思いがすぐには湧いてこない。
負けたばかりで心が折れているのか、自問を続けた。
すると気付いた。
視線を伏せたままのエイルに。
いつもの元気が無い彼女のことが気になって、直隆は声をかける。
「どうしたエイル。なんか気になるのか?」
「え? いや、その……さ……あたし、負けたんだなぁーって……」
『負けた』という単語に、カラミティとゼノビアも目を向ける。
「でも、そうだよね。あたしギルドマスター経験ゼロだし。でもさ、さっきの戦いであたし、何も指示しなかった、ううん、できなかった……」
自分を責めるように喋るエイルの目に涙が浮かぶ。
「あんたらの戦い凄過ぎてさ、見ているだけで精一杯……ゼノビアの判断は正しかった。流石パルミラの女王だよね。でも、本当はあたしの役目だった」
エイルの大きな瞳から、涙が溢れて地面を濡らす。
「本当は、あたしが誰よりも戦況を見て判断して、ゼノビアよりも先に敗北宣言をして退くべきだったんだ……なのに戦闘指揮も戦況把握もあたしは全部ベルセルクに頼り切りで……役立たずで……こんなだから、誰もあたしのベルセルクになりたがらないんだ……」
子供のように泣き崩れるヴァルキリーを前に、直隆は動いた。
直隆は、生涯初の好敵手との再戦を願いヴァルハラで四〇年待っていた。
だが再戦は叶わず、一〇〇年、二〇〇年、気の遠くなるような月日の果てに叶った戦いがあのざまだ。
精神的ケアが必要なのは本来、直隆である。
折れた彼の心を奮い立たせ、再戦に燃え上がらせる誰かが必要だった。
なのにこの男、直隆は泣きじゃくるエイルを見て、無意識的に右手を彼女の頭に乗せた。
「?」
頭を優しくなでられて、エイルは直隆を見上げた。
直隆の顔は、まるで子を心配する父のように思える。
この時、直隆は忠勝への再戦で燃えていたわけではない。
ただただ、泣くエイルを見て、こうしたほうがいい、そう感じただけだった。
「まだ負けてねぇだろ」
エイルから手を離して、直隆は背を見せた。
「ゼノビア、他のリンゴ探せば俺達は一回戦突破。二回戦か三回戦であいつらに再戦できる。そうだよな?」
水を向けられたゼノビアはカーバンクルを抱いたまま、直隆の反応にやや驚く。
「え、ええそうですわ」
「ならお前のデビュー戦の敗北は、俺らが一回戦敗退したときだろ? 勝手に自分で自分を敗者にしてんじゃねぇよ。泣いてないでさっさと次のリンゴ探そうぜ」
忠勝に斬られ、エイルが直してくれた胸板を拳で叩く。
「お前がきっちり怪我を直してくれたんだ。俺らも自分の仕事をしないとな」
「なおたか……」
エイルは子供のような泣き顔を腕で拭い、立ち上がった。
「あ、当たり前でしょ! さっさと銀のリンゴを探すわよ!」
空元気なのは誰の目にも明らかだったが、直隆達はエイルに騙されてやる。
エイルが一人でずんずん森の中を進んむ。
直隆達も、それに続いた。
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