第40話 彼がフリーだった理由


「? 何故ですの?」


 ゼノビアは、不思議でたまらない、とばかりに首を傾げる。


「面倒だったんだよ!」


 直隆は思わず語気が強くなってしまう。


「誰もが領土拡大や天下を狙ってしのぎを削る群雄割拠の戦国時代。なのに義景は実力も野心もない馬鹿助野郎。自分は名家の生まれの当主で誰もが自分の言う事を聞くキラキラエリート様気取りで、王子を擁立してどうこうなんて面倒くさい、自分には関係無い、どうでもいい、それが義景の本音。王子を利用して朝倉家の名をさらに高めようとか思わないんだよ。案の定、王子は信長の下に亡命。信長は王子を次期国王に擁立して自分が天下の覇権を握るのに成功した」


 カラミティが口笛を吹いた。


「へえ、信長ってやりてじゃねぇか。なぁエイル」


 カラミティに話題を振られて、エイルがびくりと肩を跳ね上げる。


「えっっ!? あ、あっ、うん、そうね」


 エイルの不思議な態度は気に留めず、直隆は続ける。


「日本中が戦争し合って天下を狙う時代に野心を持たずに領土を広げず、戦争に関わらず、天下への道がぶら下がっているのに無視して王子をかすめとられて、なのにその男が腰を上げた理由がただ『ムカついたから』だ」


 ゼノビアとカラミティが頭上に疑問符を浮かべる。


「信長は田舎大名、まぁ地方領主だけど一〇〇年の乱世に終止符を打つだけの野心と実力を兼ね備えた英傑だった。義景が面倒くさがって飼殺した王子を擁立して乱れた政治を整えて国を立てなおした。なのに義景は信長の召喚状を何度も断った。義景はいつも言っていたよ『どうして名家朝倉家の当主があんな田舎大名へ挨拶にいかねばならん。私に会いたければ信長がこちらに参るべきだろう』ってな。それで信長が怒って戦を仕掛けて来た」


 直隆は歯噛みする。


「それで義景の野郎『田舎大名がこの名門朝倉家に異を唱えるか』って兵を挙げやがった。日本の名門家なのに乱世で世が乱れても無視、王子が亡命してきても無視。バラバラになった国々を統一して王子を王都に連れて行って王にして国を立てなおした信長の召喚状を家柄を理由に無視。なのに悪いのは信長だって言って兵を挙げる……あの時の俺は、その名門朝倉家の一員だったし、納得できない部分は色々あったけれど、当主が言うならって家臣として従った。そんで忠勝と戦って、味方の救援に行って、討ち取られた」


 直隆のトーンは一気に落ちる。


「それでも最初は忠勝と決着をつけるのを楽しみに待っていた。あいつならいつか絶対にこの世界にくるだろうからな。でもあいつが死ぬまで何十年も待って、待っている間に次々くる戦国武将から日本がどうなったのかを聞いたよ……朝倉家は滅亡。俺が納得できなくても当主の命令だからって戦った家は結局信長に滅ぼされた。結局俺はなんだったんだろうな……その後のことも聞いたよ。天下を統一しようとした信長は家臣に裏切られて殺されて、その部下を殺した秀吉って奴が天下人になって、そいつが死んだら家康って奴が謀反起こして、死んだ秀吉の家臣の三成って奴が主君秀吉の為にって必死に戦ったのにみんなに裏切られて、みんな家康について、三成も殺された」


 自然と視線が上がって、直隆は危機の隙間から漏れる空の青さを目に映した。


「主従関係ってなんだろうな……主君の為に戦うってなんなんだろうな……納得できなくても主君の為に戦って、家が滅んで、その後もいろんな奴が頑張って戦って、でもみんな裏切って裏切られて滅ぼされて」


 直隆の口から、その言葉が漏れた。


「俺には解らなくなっちまったんだよ。主君や家、国の為に戦って何がどうなるんだろうって。そんな事に意味があるのかってさ……でも、俺が死んだ四〇年後にようやく本多忠勝もヴァルハラに来て、決着をつけようとしたらあいつ、冷めた顔で言うんだぜ」


『魅力が無くなったな。今の貴君に戦う価値無し』


「尽くす主のいない俺には価値がないんだと。戦国最強がそう言うんだぜ? 四〇年間、あいつと戦いたくて待っていたのにな…………」


 その寂しそうな横顔に、エイル達は口をつぐんだ。

   

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