第26話 暴君ネロ


「お前らは一体何をしているんだぁ!」


 とあるギルドホームで、皇帝ネロが部下達に怒声を浴びせる。

 部下である近衛兵達は身をすくませて恐縮した。


「女一人連れて来られず、よくも我がローマ帝国軍の勇者を名乗れたな!」


 性格はともかく、絶世の美青年であるネロは、本革製の高級ソファに腰を深く下ろして眉間にしわを寄せる。


「まったく情けない。私は死後この世界に来て誇らしかったさ。やはり私は神に選ばれし英傑なのだと確信した。そして神の先兵として選ばれるだけの実力を持った兵が私の代に三〇人もいた事は嬉しかったよ。お前達が死後も私に仕えるべく、同じギルドに入ったのは褒めてやろう。だがだ! その忠義に厚い勇者がいずれも女一人に撃ち殺されそうになったとは何事だ!」


 酒場に行った一〇人が唇を固くした。


 残りの二〇人は、自分達に飛び火しないかとひやひやしながらその一〇人に視線を送っていた。


 ヴァルハラに来るのは、何も歴史に名を残し伝説となった英雄ばかりではない。そんなのは一部の優秀な英霊だけだ。


 そもそも英霊をヴァルハラへと連れて来る基準は本人の実力。

ヴァルキリーが地上で使えそうな人間をマークして、死ぬとその魂をアースガルズのここヴァルハラへと連れて来るのだ。


 なので例え歴史に名を残さなくても、十分に強いと判断されればヴァルキリーに連れては来られるのだ。


 ちなみに彼ら三〇人は全員Eランク。ようするに、誰が相手でも強者として認められる程度、英雄というよりも普通の猛者、達人の超幕下だ。


 一般兵どころから上級兵にも決して負けない。兵達に剣の指導をし、敵軍の雑兵を次々倒せる……けど偉業を成し遂げたり、ドラゴンを退治出来る強さは無い。


 現代風に例えるなら、メダルを取れないオリンピック選手と言ったところだろう。


 オリンピック選手は世界中から何千人も集まるが実際にメダルを取るのはごく一部。メダリストは直隆やアーサー王といった連中で、Eランク英霊はオリンピックに出場はしたけど一回戦で敗退するような選手だ。


 凡人に比べれば雲の上の存在だが、その雲の上では最底辺だ。


「くそが! まぁいい、連中には我がローマ帝国に逆らった事を後悔させてやる! おい貴様ら! 連中の顔は覚えているだろうな?」


 部下達は慌てて答える。


「はい! また、うち一人はゼノビア女王に相違ないかと」

「ゼノビア? ああ、私の死後二〇〇年後のローマ皇帝クラウディウス・ゴティクスの時代、ローマ帝国の東部を奪い独立したパルミラの女王だな」


 ネロは興味を持った顔で語るも、すぐに嘲りの表情を浮かべる。


「我がローマ相手によく善戦したと言ってやりたいが、その後、次代皇帝のルキウス・ドミティウス・アウレリアヌスに敗北した愚者に過ぎん。我がローマに戦いを挑む愚か者としては当然の末路だな」


 ネロは上機嫌になり、アゴに指を添えた。


「フフン。なるほどなるほど、ゼノビアめ、ローマへ対する醜い逆恨みの罰はその身に受けてもらうぞ」


 その口が、嗜虐に歪む。


「よしお前ら! フェスタ当日、あいつのギルドに奇襲を仕掛ける。我々英霊の肉体は死んでも一日で生き返るが、一日はかかるのだ。フェスタ当日に殺してしまえばゼノビア達はフェスタを棄権。一回戦敗退だ」


『はは!』


 緊張した顔で敬礼をする部下のローマ兵達。ネロは、かつてローマに辛酸をなめさせた女王が苦しむ姿を妄想して悦に浸った。

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