第8話 優しい共犯者
ニコラスが息を呑んだのがわかった。
幼馴染みの少女が魔女だなどと、告げられた真実が衝撃だったのは明らかだ。
クレアの肩から重さが消える。ニコラスが頭を起こしたのだ。
クレアが遠慮がちに目を向ければ、横の幼馴染みはクレアの方を既に見つめていて妙にゆっくりと瞬いた。やや気まずい。
「な、何かね、魔力測定に出ない魔力を持ってるみたいで……」
「もしかして、王都観光は魔力を測定するついでだった? それか観光は隠れ蓑的な理由付けとか?」
「う、はいそうです。メインは測定でした。……言わないでいて怒った?」
変な言葉でも聞いたようにニコラスはくすりと小さく笑う。
「僕がクレアに怒るなんて、そんな日が来るかなあ? むしろ勇気を出して話してくれてありがとう」
幼馴染みの澄んだ目に、クレアは拒絶も非難もなく受け止めてもらえたのだとわかってとても安堵した。
過去視の魔法の発現からこっち、身近な所に理解者が、味方が欲しかった。それが頼れる兄のような存在のニコラスだったのは心から嬉しい。
「あ、でも皆にはまだ言わないでほしいの。あとうちの父親にも」
「え、おじさんにも?」
「うん。言うにしても心の準備が要るって言うか……。あたしが魔女だなんて知ったら卒倒しちゃうわ。この大事な時に仕事が手につかなくなったら困るじゃない?」
「それは、そうだろうけれど、本当にいいのかい?」
こく、とクレアは頷いてみせた。
「それと……」
一旦話題を変えるかのように深めに息を吐き出す。
「この件はオーリ王子殿下も知っていて、口止めされてもいるから、知る人数はまだ少ない方がいいと思うの」
ニコラスは怪訝に眉をひそめた。
「オーリ王子? ……何故彼が?」
「王都の魔法機関でちょっと知り合って……」
ニコラスは驚くというよりも案じる色を表情に滲ませた。
「それじゃあクレアは魔法使いとして王都に行くの?」
「そこがまだよくわからなくて。あたしもすぐにでも王都に呼ばれるかと思ってたんだけど、今日まで一切音沙汰がないんだよねえこれが」
「うーん、確かに妙だね。けれど見方を変えればむしろ良かったかもしれない」
「良いってどうして? ちょっと不気味な沈黙だなってあたしは思うけど」
「だってクレアは王都で魔法使い暮らしをしたい?」
「したくない」
(あんな横柄でおっかない男の傍なんて嫌過ぎるもの)
ニコラスはピッと人差し指を立てる。
「ならむしろこれはクレアが王都に行かずに済む方法を練るチャンスだと思わない?」
クレアは目を瞬いた。
「王都に行かない方法ねえ。そんなものがあるならそうしたいけど……」
クレアにはてんで思い付かないが、ニコラスなら思いもよらない何かの糸口や方策を見つけ出すかもしれない。
オーリからの書状はもしかしたら明日にも届くかもしれないが、その時はその時だ。
「オーリ殿下が絡んでいるとなると、この件は僕の予想以上に複雑な事情があるのかもしれないけれど、ここにいる間に何とかできるよう手は尽くすよ」
「そっか、研究もあるしニック兄様もまたウィーズを出るのよね。……ブライアンと一緒に行くの?」
「……え?」
「王都までブライアンと一緒に戻るのって」
「あ、ああうん、そのつもり」
考え事でもしていたのか一瞬らしくなかったニコラスだが、彼は帰郷したばかりだし疲れているのだろうとクレアは思った。
「ところで兄様、何の本を読んでたの?」
「ああこれ、クレアも読んでみる? 用兵の基礎」
「意外。兄様でもこういう類の本を読むんだ。てっきり地質調査とか土壌改良の本かと思った」
「僕だって出来ればそっちの方がいいよ。でも最近の情勢は先が読めないし、一応は基礎くらい叩き込んでおかないとなあと思ってね」
「そっか」
ニコラスは再び本を読み始め、クレアは秘密を吐露して心がどこか軽くなったのと食後なのとで眠気を感じて半分瞼を下ろす。
そのまま間もなくニコラスの方に寄り掛かり、気持ち良さそうな寝息を立て始めたクレアのささやかな休息の邪魔をしないようにと、ジッとして動かずに支えるニコラスは柔らかな視線を一度彼女へと向けてから正面へと戻した。
その顔が難題を解くかのような思案に染まる。
「オーリ殿下、か」
クレアは決して知らない鋭い眼差しで彼はどこでもない虚空に目を止めたまま、小さく小さく呟きを放った口元をきつく引き結んだ。
その青の双眸には何かを大きく決意した色が宿っていた。
しばらくしてクレアが転寝から目覚めると眠り込む前と同じく横にはニコラスが座っていた。今は彼も眠気を感じていたのか両目を閉じてくうくうと寝息を立てている。本は膝の上だ。
(あー……、あたしってば図々しくもすっかり寄り掛かって寝ちゃってたんだ)
控えめにはしたものの、クレアがもそりと動いたからかニコラスのまつげが小さく震えた。
「とっても寄り掛かり甲斐のある肩でしたわ~?」
起きたのかと思ったクレアがおどけて離れようとすると、彼は半分まだ目を閉じた状態のまま腕を伸ばしてクレアを抱き寄せる。
「もうどこにも行ったら駄目だよー……」
「に、兄様……?」
更には抱き枕でも抱き締めるようにぎゅっと両腕を回されてクレアは目を白黒させた。
「あの、兄様寝ぼけてる? 起きて兄様~?」
「んんータヌキ~、美味しいケーキをあげるからー……」
「え、タヌキ? ……って森の動物のあの狸?」
これは完全に寝ぼけていると決定だ。
それにしてもどうして狸なのか。この屋敷の周辺にも野生種が出没するが、まさか彼は餌付けしていたのだろうか。クレアの知らない小さい頃ならそれもありそうだ。
「はいはい行かないから、だから起きてニック兄様」
幼いニコラスがほのぼのとして餌付けしている様を想像して何だか和んでしまった。パタパタと背中を軽く叩いてあやすようにしてやると、ニコラスははたと覚醒するや突然クレアの肩を掴んで自分から引き離す。
自分の置かれた状況を呑みこんでいて、驚きと気まずさと焦りが表れていた。また、照れてもいるようだった。
「ごっごめんクレア、今一瞬無意識で、僕は何かやらかした?」
「狸に行くなって」
「あー……。ちょっと小さい頃の夢を見ていて……本当にごめん」
「別に謝らなくていいよ。もしかして昔狸を飼ってたの?」
「飼ってたってわけじゃないけど、好奇心旺盛だったのかよく屋敷の庭先まで顔を出すのが一匹いて、餌をあげたりしていたから」
「へえ」
「しかもその狸、野生の狸のくせにすっごい毛並みがもふもふで、グルメでもあってさ、母さんのケーキが大好物だったんだよね。でもいつの間にかどこかに居なくなっちゃったけれど。あの時は子供心に悲しかったなあ」
野生動物だし仕方がないか、と苦笑するニコラスにそんな思い出があったなんて知らなかった。夢に見るのは意識のどこかでずっと残念さとか落胆を忘れられずにいるからだろうか。
「でもあの狸の事、久しぶりに思い出したよ」
「きっと実家だしホッとして気が抜けたんじゃない? 体が素直に疲れてるんだーって言ってるのよ。兄様こそ、今日はぐっすり眠ってね」
ニコラスに対しては初めてに等しいお姉さん気分で言ってやれば、彼は「はい、わかりました」なんて畏まって返してから擽ったそうに破顔した。
「ねえ兄様、こんな共犯にするみたいにして、ごめんね」
「共犯て、クレアらしい言い方。クレアの共犯なら光栄だよ」
どこにも心の壁のないとても仲の良い男女の図がそこにはあって、知らない人が見れば二人は恋人同士かもしれないと思うだろう。
そして更に、二人はそうではないと知っている人間から見ても、少し認識を変えてしまうような雰囲気だった。
この時、細く開かれていた部屋の扉が、音を立てずに閉められた。
二人はそれには気付かなかった。
廊下には、一人足音を忍ばせて去っていく黒髪の少年の背中があった。
その背はいつもよりも自信なさそうに丸まって視線は下向きだ。気落ちしていると言われればそうだ。彼の顔には羨望の様な悔しさの様な苛立ちの様な、或いは潔さのようなものが複雑に滲んでもいた。
その晩、クレアとニコラスはブライアンがこの部屋に戻って来るだろうと思ってしばらく留まっていたが、予想に反してブライアンは姿を見せず、温かい飲み物を運んできてくれた使用人から、彼は伯爵の部屋で話し込んでいると告げられた。
飲み物はブライアンに言われて運んで来たらしかった。彼はクレア達が待っているのではと気にしてくれていたらしい。そしてもしも待っていたのならもう自室で休むようにとも彼からの伝言を預かっていた。
結局もう遅くもあったので、クレアはニコラスとその伝言に従う事にした
ニコラスと別れ、クレアは就寝準備を整えてベッドに潜り込む。
気分が紛れてはいたがブライアンの事は気になっていた。
「おば様は退学をさせたいようだったけど、おじ様はブライアンの意思を尊重するつもりよねきっと……」
そうは言っても伯爵はやはり息子が心配で戦場には行くなと言葉を尽くして説得に粘ったのかもしれないし、ブライアンの方がきっちり説得を試みたのかもしれない。或いは他の話題かもしれない。
翌日それはブライアンの口からその通りだったと明らかになるのだが、まだ知りようもないクレアは次第に眠気が満ちて、いつしかゆるゆると瞼を下ろしていた。
クレアも屋敷の者もすっかり眠りに落ちた頃、ブライアンの部屋を訪れる者がいた。
「ブライアン、起きているかい?」
静かなノックの後にニコラスの穏やかな声が扉から響いてきて、まだ起きていたブライアンは自ら出向いて扉を開けてやる。
「全然起きてるよ。何か用か兄貴?」
ナイトガウンを羽織っただけのブライアンはまだ半分濡れたままの黒髪をタオルで拭きながら部屋の中程まで戻って兄を椅子に促した。
時々しか使わないので余計な物がなく生活感の薄いこの部屋だが、ベッドの他に親しい相手を招き入れて談笑できるよう一応椅子とテーブル一式が用意されている。促されるままにその椅子の一つに腰を下ろしたニコラスは「遅くにごめんね」と微苦笑を浮かべた。
肩にタオルを掛けたままブライアンもニコラスの向かいの椅子に腰を下ろす。
「何か急ぎの相談か」
「ご名答。お前、騎士学校で鍛えられて勘が鋭くなったんじゃない?」
「はあ? 非常識に近いこんな遅い時間にわざわざ足を運んできた辺り、それ以外に理由はないだろって簡単な推測だよ」
「まあこんな簡単な推測もできないようでは兄としても困ってしまうけれどねえ」
「……」
ブライアンは呆れたような半眼になった。
「兄貴機嫌悪いだろ」
ニコラスは一度不思議そうに瞬いた。
「すぐにキレない辺り、僕のこの弟も大人になったものだなあ」
「じゃかしいわっ」
「あらら前言撤回」
ブライアンは疲れた溜息をつく。
「さっさと本題に入れ」
「うん、それじゃあそうしようかな。八つ当たり的に可愛い弟をおちょくっていても時間の無駄だしね」
「はいはいそうですよ!」
ニコラスは組んでいた足を組みかえて彼なりに心構えを決めたようだ。静かに息を吸い込む。
「ブライアン、明日にでもクレアと結婚しない?」
弟が見事に椅子から滑り落ちる様を見て、ニコラスは可笑しそうに声を立てて笑った。
「は!? はあああ!? こんな夜更けに何変な冗談かましてんだ!」
顔を赤らめたブライアンが椅子に座り直すまで、ニコラスは微笑を浮かべ黙って見守った。
「ああごめんごめん趣旨は同じだけど言い間違えた。結婚じゃなくてその前の段階の婚約だった」
「どっちでも大差ねえよ! っつか急に何なんだ。ふざけにきたんならすぐに部屋に帰れ。それとも退学しろって俺を説得にきたのか?」
「お前の愛国心とか使命感については僕はもう何も言わないよ。そこは後悔のないように好きにしたらいい。そして、今の発言は冗談ではなくて真面目な提案だよ」
「提案?」
「そう、僕はクレアがこのウィーズの町から彼女の意思に反して出て行くような事態を避けたい」
「意思に反してって、どういう意味だ?」
ブライアンは怪訝にする。
「悪いけれど、そこはまだ言えないんだ」
「そうかよ。でも唐突過ぎっつか兄貴の意図が掴めない。大体どうして俺なんだよ」
「どういう意味?」
「婚約なら兄貴がすればいいだろ。その方がクレアだって喜ぶはずだ」
ニコラスはやや目を瞠ってブライアンを見つめたが、ブライアンは直前までとは違ってもう兄とは目を合わせようともせず、瞼を薄く伏せるようにして膝の間で組んだ自らの両手をじっと見つめ下ろしている。
「……それは、本気で言っているのかい?」
抑揚は乱れてはいなかったが、ニコラスのどこか感情を堪えたような冷えた声が放たれる。
ブライアンの頬が微かに強張った。
「兄貴はクレアの事好きだろ。クレアだってそうだろうし、何の問題もない」
「クレアが僕を好きなのは否定しようもないけれど、クレアはお前の事も好きだよ」
「それは好きの種類が違うだろ」
「……へえ? どこがどう違うのかな~?」
ニコラスが声の調子に意地悪な色を滲ませた。
「好きの種類なんて言葉が出てくるくらいに僕の可愛い弟は成長したんだね。兄として大いに嬉しいよ。それで、どう違う好きなのかな? ちゃーんと説明してくれるよねえ~?」
ニコラスは上機嫌と言って良い声で弟を茶化したが、彼の予想に反して弟からは厳しい声が放たれた。
「んなもんするまでもねえだろ。兄貴もクレアも互いにわかり合ってるくせによく言う」
「ブライアン?」
「二人が親密なのは知ってるんだよ。邪魔なんて野暮な真似はしない」
「邪魔って、本気で彼女が僕を好きだと思うのか?」
「兄貴以外に誰に惚れるってんだよ」
ニコラスはやや呆れ顔になる。ブライアンは完全に不貞腐れている。
「……クレアに自覚は無いとは思うけれどね」
「は?」
「いや、お前がそれでいいなら僕がクレアの婚約者になるように明日皆に提案するけれど、それで後悔しないのか?」
「明日!?」
更なる踏み込んだ発言を放つ兄へと、ブライアンは心底動揺したように瞳を揺らした。
「マジでそんなに急ぐのか? 明日ってのも、そこもてっきり冗談だと思ってた。大体どうしてこうも突然婚約云々なんて言い出すんだよ」
やっと顔を上げた弟に兄はきっぱりと断言する。
「急ぐ必要があるからそうするんだよ。理由はさっきも言ったように今は言えないけれどね。それにクレアももう十六歳だし、他のどこの馬の骨とも知れない男に結婚を申し込まれる可能性だってあるだろう。生け簀かない相手に嫁に行かれるのは嫌だからね」
「嫌って……」
存外我が儘な兄の姿にブライアンは戸惑うしかない。
「とにかく、僕はできる限り早いうちにこの話をクレアと両親にするつもりだよ。だからこそ、正直な気持ちを僕はお前の口から聞きたいんだ。僕にとってクレアはとても大事な子だよ。ブライアン、お前にとってもそうだろう?」
ブライアンは面食らったように言葉を失くしたが、次には騎士学校での勇敢な彼らしくなく何かに怯んだように視線をニコラスから逸らした。
「ブライアン、僕が訊きたいのはお前の正直な気持ちだ」
「もういいだろ。この話はお終いにしようぜ。俺は反対しないから安心しろよな」
「ブライアン!」
「終わりだっつってんだろ! 俺に気を遣ったつもりでも兄貴は残酷なんだよ。婚約でも結婚でも勝手にしろよ。俺には関係ない!」
気色ばんで勢いよく椅子から立ち上がったブライアンは肩から引き抜いたタオルを握り締めて肩で息を繰り返す。
しばらくニコラスを睨んでいたブライアンは「兄貴が出て行かないなら俺が出ていく」と早口で呟いて部屋を出ていった。
唖然として椅子から動けずにいたニコラスは、手で顔を覆った。
「どうしてこうなるんだ……」
彼は全てが裏目に出てしまったのだと悟って大きく項垂れる。
それでも彼にはこの計画を変更する気はなかった。
部屋に戻って調べた結果、魔力を持つ者が王都へ行かなくて済む方法が一つだけあったのだ。
クレアもこの条件を知っているだろう。しかし早々に自分には該当せすとしたのではないだろうか。
爵位のある家の者との婚姻、或いは婚約。
それが回避条件だ。
故にニコラスはブライアンへと先のように切り出したのだ。
「はあ、僕の方こそクレアの心の中心からは遠いんだよ、お馬鹿ブライアン」
きちんと腹を割って話したいが、しばらく弟はこの部屋には戻って来ないだろうと判断し、ニコラスは徐に腰を上げた。
「まあ、こればっかりはそもそもクレアにも賛同してもらわないといけないだろうから、成立するとは限らないんだけど」
ニコラスは自身の楽観と軽率を恥じるように目を伏せた。
「それでも僕が願うのはやっぱり……」
愛する者達の輝くような笑顔が彼の眼裏には花咲いていた。
翌日、クレアは内心で大きく首を捻っていた。
(ブライアンとニック兄様ってば喧嘩でもしたの?)
朝食時から妙によそよそしいと言うか、ブライアンの方が特に兄と口を利かないようにしていた。伯爵夫妻も息子達の異変にはさすがに気付いていたようだが、どうせこれまでのように仲直りするだろうと大して心配していないようだった。
(そりゃあまあ昔から兄弟喧嘩はしてた二人だけど、ここ一年二年は二人共顔を合わせる機会自体が少なかったせいかしてなかったよねえ)
だからこそ久々の喧嘩勃発にクレアはちょっと心配だったのだが、ニコラスの方は関係修復を試みているようだった。
「ブライアン、もう機嫌直してくれないかな」
「……」
「もう少しきちんと話をしよう?」
「……」
ニコラスが果敢に話しかけるものの、ブライアンは仏頂面で食事の手を動かしているだけだ。
「……大人げない」
ニコラスがぼそりと言い、一瞬ブライアンの頬がヒクリと震えたが、しかしブライアンはやはり何も言わない。一層眉間のしわを深くしてむっつりとした面持ちで自棄食い宜しく皿の上を平らげていく。
この一晩に二人の間で何があったのかは知らないが、クレアも伯爵夫妻もこのトゲトゲしたやり取りには何となく口を挟めずに、三人共無難にそれぞれの食事を進めるしかない。
結局兄弟の雰囲気は一向に変わらず、先にブライアンが、次にニコラスが席を立ってダイニングを出ていってしまうと、残された三人はドッと肩から力が抜けたように息を吐き出した。
「おば様、どうしたんですかねえあの二人は……」
「ねえー……。まあ数日中には仲直りするとは思うけれど、こんな時だし仲直りするなら少しでも早い方がいいわよねえ」
「確かにそうですね」
離れ離れになってしまってからでは遅いのだ。いや次に会う時まで待てばいいのだろうが時間が経つほど気まずくなる仲違いだって世の中にはある。不幸にもその機会が巡ってこない事だってある。
「と、いうわけでお願いクレアちゃん、あの子達に探りを入れてみてくれないかしら? クレアちゃんにならきっと話してくれると思うの」
シシーから頼まれずともそうするつもりだったクレアは表情をしかと引き締めて頷いてみせた。仲直りの一助になれれば幸いだ。
クレアが二人とそれぞれ別個に話をすれば、彼らはいつも通りに接してくれたのでホッとした。
喧嘩の件には触れてほしくなさそうだったが。
ニコラスはどこか申し訳なさそうに、そのうち話せるようにはなると思うけれど今はまだちょっと……と言葉を濁していたし、ブライアンに至っては訊くなよとそそくさと話題転換を余儀なくされた。
(二人のあの態度、まさかあたしに言えない何かで喧嘩したわけじゃないわよねえ……?)
シシーには進展無しと報告するしかなく、もう少し様子を見てみるしかないとの結論に至った。
「あの子達の事だから、きっとすぐに仲直りすると思うわ。長引いてもブライアンの一時帰宅が明けるまでには大丈夫じゃないかしら。今までの最長は三日だったもの」
シシーはそう言ってやや楽観的な見方をしていたものの、二人はそれから三日経ってもそのままだった。
そうしてその翌日、ブライアンの貴重な短期休暇が終わり、とうとう彼が王都の騎士学校に戻ってしまう日を迎えてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます