第百六世 祝杯、そして近付く終わりの日

「みんな、総隊長殿がお越しになられたぞ! 失礼の無いように!」


 灰飾かいりが大げさな身振りで玄関の扉を開くとげんなりとした表情の七釘なぎ

姿を現した、その後ろには藍夜あやの姿もある。


「絶対言われると思ったよ……って君まで灰飾に乗るのかい!?」


 灰飾を無視した七釘がふざけて敬礼のポーズをしていた俺に気付いて悲

鳴をあげた。


「あはは……まぁせっかくだし?」


「全く、灰飾の存在は彼に悪影響しか与えないんじゃないのかい?」


「あ、それは傷つくなぁ総隊長殿?」


「知らないよ、自業自得だろう?」


 そんな二人のやり取りには目もくれず藍夜がゆっくりとこちらへ歩み寄

ってきた。


「……お見舞いには行けなくてすみません、体の方はもう平気ですか?」


「ええもうすっかり……それと俺の方こそすみません、やっぱりドラゴン

に勝とうとなると不意打ちや騙し討ちしか俺には思いつかなくて……」


 真剣勝負をすると言ってくれた藍夜に対してあの争奪戦で俺がやった事

は卑怯以外の何物でもない、むしろ家に入って早々に槍を突き付けられて

いない事の方が驚きだと言っても良いだろう。

 俺の返事に藍夜は少し考えているようだったが、やがてゆっくり首を降

るとその顔に笑みを浮かべた。


「いいえ、確かに貴方の作戦にはしてやられましたが……何故かは分かり

ませんが私の中で不快感が一切沸かないのです、その結果が……最終的に

は貴方を守ろうという私の意思でした」


「藍夜さん……」


「ですが」


「……えっ」


 その言葉に安心したのも束の間、膝を折って俺の手を掴み上げた藍夜の

瞳には再び闘志の炎が揺らめいていた。


「あの時私の槍を切り裂いた一撃……あれだけは見過ごせません、どうか

非公式の場で構いませんので今一度お手合わせを!」


「おー……厄介な奴に目をつけられたのう」


「す、墨白さん……俺はどうしたら……」


「まぁどこかで一度戦ってやるしかあるまい? 眠れる龍を起こしてしま

ったんじゃからのう? くふふっ」


「そ、そんな……」


「ムー……人間サン、モテモテですネ……」


 命の危険すら感じるこの状況に何故そう思ったのかフィルには感想文を

提出してもらいたい。



「……そういえば俺が入院してたあの部屋あるじゃないですか? あの施

設内には他にもあんな感じの病室があるんですか?


 藍夜も交えての食事会……もとい宴会が少し落ち着いてきたところで質

問を切り出してみた、あの水に沈んだ病室のような部屋が他にもあるなら

どんなものがあるのか気になるところだ。


「ええ、他にも様々な部屋がありますよ? 溶岩の中であったり空中に突

き出した部屋で会ったり……どのような患者にでも合わせた部屋を用意出

来るようになってますからね」


「買い出しに出た時にも何度か目にする機会があったが本当に様々な部屋

があったぞ? ただ入り組んでおるゆえ、お主であれば迷ってしまうかも

しれぬがのう……くふふ」


「む……だってさ七釘さん? 総隊長様が迷ったりしないようにね?」


「そこでどうして私が出てくるんだい! それに私が居るのは基本的に警

備局内だから再生医療棟に行く事なんて殆ど無いさ」


「再生医療棟?」


 適当に話を七釘に振っただけだったが聞きなれない単語が返ってきた、

オウム返しをすると藍夜が頷いて説明してくれた。


「はい、警備局内は一つの建物に見えますが内部で分かれているんです、

正面に立つ警備局の他に貴方が入院していた再生医療棟や資料棟、研究棟

等があります」


「そう、だから私が迷う可能性なんて殆ど……研究棟?……ああそうだ!

忘れるところだった!」


 藍夜の説明に大きく頷いたかと思うと大声を上げた七釘が懐から不透明

な巾着袋のような物を取り出して俺に差し出した。


「以前鉄獅てっしが使用していた研究室から出てきたものだよ、廃棄予定だった

けれど……君なら何か有効活用出来るかと思ってね」


「あの男の……研究物」


 はやる気持ちを抑えながら巾着袋を開く……落ち着け、ここで焦っては

皆に悟られてしまうかもしれない。

 袋の口に指を突っ込み開く、中から出てきたのは想定通りの……そして

俺が探していた物でもあった。


「……記録球体レコード・スフィア


 それは間違いなく鉄獅が我欲の為に開発し、墨白が俺を呼び寄せる為に

使った全ての原因とも言えるものだ……まさかこのタイミングで手に入る

とは。

 袋の中には五つの記録球体が入っておりその内の一つを摘まみ上げ光に

向けて掲げるように持つ、以前見た者と同じく内部に幾つもの亀裂が入っ

ており万華鏡のように不思議な光の反射を見せた。


「あの男はいけ好かぬ男じゃったがそれに関しては感謝の気持ちしか浮か

ばぬな、それが無くては儂はお主に出会えなかったのじゃから」


「……そうだね、俺もだよ墨白さん」


 墨白は買ってからこの球体に俺の魂が映し出されたと言っていたが、今

現在並べられているこの球体には人の人生が映し出されてはいない、だが

何となくだが分かる……この球は『まだ生きている』。

 チラリと風重かざねの方へ目をやると少し躊躇うような表情を浮かべた後で僅

かに頷いた。


「これ、本当に貰ってもいいの?」


「ああいいとも、しばらく会えなくなるかもしれないからね……忙しくな

る前に渡せて良かったよ」


「……えっ?」


 驚いて球体から目を離し七釘の方を見ると寂しそうに苦笑していた。


「まぁ仕方ないだろうね、なんせ総隊長様になったんだし……これから忙

しくなるだろうさ」


「そ……っか」


 考えるまでも無い事だった、あみだ世界に住む人達の代表となったから

にはどうしても個人的な時間を削る事になるのは避けられない……分かっ

ていた筈だが、いや……もしかしたら無意識的に考えないようにしていた

のかもしれない。


「アタシらもそろそろちゃんと店を開けないといけないしね、意外と評判

は悪くないんだよ? それにこれからは七釘のお陰でもっと忙しくなるだ

ろうしさ?」


「もちろん、最高のネクロマンサーと最高のグーラが最高のもてなしをし

てくれる店だって宣伝しておくさ」


 肩を組んで笑い合う二人だったがやはりどこか覇気が無い、気付いてい

ない大馬鹿は俺だけだったようだ。


「お店が開いている日デモ開いてない日デモ、いつでも来てくだサイね?

人間サンならいつでも歓迎デスから」


 フィルが呆けている俺を心配してくれたようだ、彼女にはいつも気を使

わせてしまった。


「……それに風重もじゃろう? 随分とここに残らせてしもうたが以前は

研究は一分一秒でも無駄に出来ぬと言っておったじゃろう」


「……ええ、そう……だったわね」


 墨白に返事をする風重の顔も俺に負けず劣らず暗いものだった、彼女に

関しては世界すら違うのだから無理もないだろう。

 ――そして考えるまでもなく俺と墨白は鬼観世界きかんせかい……あの二人だけの世

界へ帰る事になる……嫌な訳では決してない、全てが始まったあの世界に

も思い出は沢山あるしこれから沢山出来るだろう、だがそれでも……ここ

での生活が楽しすぎた。


「……この席の雰囲気はそういう事でしたか」


 藍夜が席から立ち上がる、まさか帰ってしまうのかと不安に思ったが彼

女は想像に反して酒の入ったグラスを持ち上げてテーブルの中央に向けて

掲げた。


「……最初は何者なのかと思いました、不審で軽率に私を騙す愚か者……

ですがその者は私が成し得なかった事をいとも簡単に成し遂げてみせた…

…その出会いに感謝を」


 皆が言葉を失い藍夜を見上げていた……いや、ここは俺が呆けて良い場

面ではない! 彼女と同じようにグラスを掴み立ち上がる。


「俺は何者にもなれずに一度死に……そこを墨白さんに救われ最高の仲間

と……皆と出会えた、その出会いに感謝を」


 次にグラスを握ったのはフィルだった、そこからは皆次々にグラスを手

に立ち上がる。


「人間サンと出会えて新しい自分……新しい気持ちを知れまシタ、その出

会いに感謝を」


「アタシも……まさか自分が新しく誰かを受け入れられるとは思わなかっ

たよ、その出会いに感謝を」


「灰飾に同じく、まさか自動人形オート・マタである自分を見てテンションを上げる子

がいるとは思わなかったわ……その出会いに感謝を」


「更に風重に同じく忌み嫌われていた四翼に目を輝かせる子がいるとは思

わなかったよ、その出会いに感謝を」


 全員の視線が墨白に集中する、あまりの出来事にポカンとした表情を浮

かべ続けていた彼女だったが次第に喉を鳴らしながら立ち上がった。


「くふ……くふふ、なんなんじゃお主らは……」


 一度顔を伏せて長く息を吐き出し、再び顔を上げた墨白の目にはうっす

らと涙が浮かんでいた。


「何よりもこやつとの出会いに……そして皆との出会いに改めて感謝を」


『あみだ世界に感謝を!』


 全員のグラスが打ち鳴らされ、そこからの盛り上がりは今までの宴会の

比ではなかった……その場の全員が時を惜しみながら酒と笑いを酌み交わ

す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る