第五世 職業、旅人
「……分かった」
「む?」
のぼせる程に熱くなった頬をなんとか抑え意志を固めると、小首を傾げる墨白を真っすぐに見据えた。
墨白はこんな俺で良いと言ってくれたのだ、ならもうウジウジと迷う事なんて無い。
「それで俺は……ここで何をしたらいいの?」
一番の疑問が解決した今生まれた次なる疑問、俺は『何故』呼ばれたのか、そしてもう一つの疑問が……。
「ふむ、ではまずは『ここ』がどこかという話から始めねばなるまいな」
墨白が新たに淹れてくれたお茶を受け取り、墨白自身もそれを一口飲むとゆっくりと口を開いた。
「そうさな……まずはお主、ここがどこだと思う?」
「え? ええ、と」
そう言われて反射的に周りを見渡す。
最初に見た大きな湖、今俺達がいる広く立派な囲炉裏のある和室、それだけならどこかのお屋敷か何かだろうかと思うところだが、一度死んだ俺を生んだ謎の球体の存在に加えて今も囲炉裏の火に照らされながらこちらを見て微笑んでいる鬼の存在が非現実感を増している事を踏まえると……。
「情報量が多すぎて頭がまとまらないけど、少なくとも現実……というか俺がいた世界じゃない……と、思う」
「くふっ……良いぞ、そこまでは合っておる」
嬉しそうに手を軽く叩きながら墨白が答える。
俺がいた世界じゃないというその事実だけでも笑ってしまいそうになる、とはいえ現実じゃないとなると候補はかなり絞られてくる……安直な答えだし水の中の苦しさや料理の味は間違いなく感じたがとりあえず答えるべきは……。
「じゃあ……」
「夢では無いぞ、天国でもないし……ましてや地獄などでもないぞ?」
俺が口にしようとした可能性の全てを潰し、墨白は愉快そうにニヤリと笑ってみせた。
「のう、お前様よ? お主はここに来てから一度も『ここはどこだ』と儂に詰め寄りはしておらぬ、という事は気付いておるのだろう? 何となくでもその可能性をのう?」
図星を突かれ息を呑む、命を絶つその瞬間まで? いや、絶ってからも俺はずっと願っていたのだ『そこ』に行きたいと。
こんな世界には居たくない、こんな世界からは離れてもっと……そうもっと違う……。
「……俺のいた世界とは違う、世界?」
「くふっ」
俺の言葉に満足そうに目を細め、優しく微笑むと墨白は俺に向かって両手を広げてみせた。
「その通りじゃ! この世界の名前は『
「きかん、せかい?」
「うむ、人間は今自分達がいる世界を『現実』としてそれ以外を夢だの空想だの……つまりは実在しないものと断言しておるが、それは断じて違う」
「人という種族が『現実世界』という一つの世界に存在しておるだけで、お主の言う違う世界……つまり異世界は大小無数に存在しておるんじゃよ」
「現実世界という一つの世界……」
つまり人間はいくつもの空想を重ねても今自分がいる現実を唯一無二の世界として捉えているが、それは単に他の世界を知らないだけという事だろうか?
「では最初の質問であるお主に何をして欲しいかじゃが……お主には儂の仕事を手伝って欲しいと思っておるのじゃ」
「墨白さんの仕事?」
「うむ、無数に存在する世界には『未開拓世界』というその名の通り未知の世界があってな? その未開拓世界を攻略する者の事を旅人と呼ぶのじゃが、お主には儂と共にその旅人となって欲しいのじゃが……どうじゃろう? 無論危険な事はさせぬし、お主の事は儂が全力で守ると約束しよう」
そう言って墨白は俺に向かって右手を差し出してきた。
多分今の俺はポカンと口を開いてさぞやマヌケな顔をしているだろう、未開拓世界に旅人? 本当の事なのか? いや、そもそも俺に何が出来るんだ? 様々な不安要素が頭をよぎるが、目の前の鬼の表情は至って真面目だ。
「ふぅー……」
ゆっくりと息を吐きながら考えを整理する、頭の中の『現実世界的な常識』に縛られた俺がそんな事はあり得ないと叫んでいる、しかし同時に俺の中の現実世界において非常識な考えをもつ俺が心躍らせている。
正解なんて分からない、というか全部が分からない!……けれど今の俺には目の前の鬼を信じたい気持ちの方が圧倒的に強かった、何故ってそれは……その方が絶対に面白そうだからだ!
「……こっちの事は全く知らないし、絶対迷惑かけると思うけど」
「くふふ! 舐めるでないわ、そんな事も何もかも全部含めて儂はお主と生きるのがずっと楽しみで仕方なかったんじゃからな!」
握手を交わしながらこぼれた俺の不安を、墨白は満面の笑顔で吹き飛ばした。
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