擽って
シャワーを浴び、首筋に水を滴らせながらコニーに「アオイはもう寝てしまったか?」と聞くのはいつもの事。
いつも帰りが遅いから、彼女は既に寝てしまっているのだ。
しかし今日はいつもより早く帰れたのでもしかしたらと期待する。
「まだ起きていますよ。今夜は少し冷えますから、ダイニングの暖炉の前でお茶を飲まれてます」
「……そうか、私もお茶を頂こうかな」
コニーは、にっと笑って「畏まりました」と厨房へ消えていく。
ダイニングへ入ると、暖炉の光で
アオイは絨毯の上で無防備に寝そべり、毛布を掛けて本を読んでいる。
傍らには盆に乗ったティーカップ。
「何を読んでいるんだ?」
近くのソファーに腰掛けると、無防備な彼女を眺める。
見計らったかの様に「お待たせしました」とコニーはお茶を置き、「じゃ、後はお二人で」と小声で余計な一言を残してまた、にっと笑ってダイニングを後にした。
「あら、珍しいね。今この国の歴史書を読んでるんだけど、昔の言葉が難しくて……」
「例えば?」
そんなもの興味があって読んでいるのかと感心して、怜はアオイの近くに腰を下ろし、その
「ここ。漢字と片仮名ばかりで読み辛くって」
「あぁ、この文書は国の人間でも読めない人も居るからな。 逆に他国の者が読めているのが凄い事だと思うよ」
「本当? ラモーナには色んな国の人が居るからね。この書いてる意味、分かる?」
「ふん、それぐらい容易いもんさ。これは簡単に言うと当時の王族が出した御触れでね、他国と戦争するために男は皆集まって鍛練しろ、と言う内容なんだ」
「だから刀の記し!」
「しかしそれに反発した国民は……」
成程ねと納得したアオイは少し上体を起こした。
呪いを解いてくれた、あの時のように、胸元が見えている。
ふと目に留まって時も止まった怜に、「反発した国民は?」と、上目遣いで話の続きを求めるアオイ。
そんな風に見つめられると別のモノを求めてしまう。
だが流石にまだ早い、瞳を本の
「国民は徴兵に応じず、農機具を持って当時の王宮へ乗り込んだんだ」
「へぇ……でも、誰かは犠牲に……?」
「何かが変わるときは犠牲が出る。この時も約六百人の国民が犠牲になった。勿論、宮殿を警備している人間も含めてな」
「そうなんだ……」
「しかし事態を重く見た当時の宰相は、何とか戦争にならないよう国同士の関係を保ったんだ。まぁ、結局は後に戦争する事となるんだがな」
「ありがとう。やっと分かってすっきりしたよ」
そう言うと、アオイは本を閉じて大きな
ごろんと仰向けになり「んー……眠気が襲ってきた」なんてまた無防備な姿を晒す。
どうしてこうも理性を
己は女で相手も男だという自覚を持ってほしい。
落ち着かせるようにソファーへ座り直し、お茶を一口。
「こら、ここで寝るなよ」
「うぅ……ん、分かってるよ……」
分かっているけど眠気には勝てない、そんな様子のアオイは、あぁそうだと、睡魔と戦いながら王都での出来事を報告。
「王都でね、第二王子と会ったの……」
「っ、は? え? 誰だと?」
「んん、第二王子だよ……レイド様。お話しした。ほんの少しね」
「な、何故……?」
何でまた第二王子がアオイと話をするのか、さっぱり分からない。
政治的なものか、はたまたアオイに興味があってなのか。
「わからない」
「分からないとはどういう事だ?」
「ぇえ……? だって、馬車が、急に止まって、誰かと思ったら第二王子で……、それで、俺に付き合えって言われて。他の人とデートしてたみたいなのに……」
「で、その、何の話をしたのだ……? まさかラモーナだって知って、」
「ううん、それは知らないと思う。……けど、全然まだお話してないのに、突然、帰るって言い出しちゃって。たぶん、私が、背中をポンポンして、思わず可愛いって口を滑らせちゃたから……」
「は、はぁ!?」
「あ、でも本気では怒っていなかったから」
眠さを抑えぽやぽやと話しているがアオイの事だ、嘘は言っていないのだろう。
だが可愛い、とは?
つい先日この目で見たが、格好良いならまだしもとても可愛いとは言い難い。
夢の話でも聞いているのだろうか。
それに第二王子の背中をぽんぽんと確かに言った。
これは、事件なのだろうか。
相手は子供でもなんでもなく、第二王子だ。
とんでもなく不敬。
仮にもオーランドの男爵令嬢として通っているアオイに子供扱いされ、本気で怒っていないなんて嘘としか思えない。
なんてったって戦争したがりの挑戦的な王子だ。
これだけは言える事だが、アオイの言うこと成すこと理解の域を越えているのは確か。
(うむ。私も疲れているからな、一旦寝よう。そして起きた時に夢であってほしい)
「よし、私はもう眠りに就く」
そうしようそれが良いと立ち上がれば、アオイは「あーん待ってーもふもふー」と最後の一言は余計だが、空中を掴むように怜を引き留めた。
そうやってまた理性を擽りやがってと、もどかしくなる怜だが、更にアオイは理性を擽ってくる。
「ねぇ。上にのってもいい?」なんて、そそる言い方で。
「……は?」
「ねぇ乗らせてよ〜」
「だめ?」と追い討ちをかけるから、本気で理性を飛ばして襲ってしまいそうになる。
何故そのような言葉選びなのかむしろ勘違いしたまま襲ってやろうかと思う怜だが、自身の姿を山犬に変えると、邪念を払うように長いマズルと立ち耳をぶんぶんと振った。
邸の中で巨犬になられると抜毛で掃除が大変だとステラに怒られるが、要望したのはアオイである。
罪があるならばアオイの方だ。
そして要望通りに背中へ乗せた。
「コニー、悪いがダイニングを片付けてくれ」
「えぇ、勿論です」
そっと運んでアオイのベッドに寝かせようとすると、ぎゅっと背中の毛を掴んで離さない。
「また私が人間だと分からなくなったか?」と怜は悪戯に、自分も前回どうなったか懲りずに、
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