王都へ


「アオイ様っ……!」

「わぁ! あっちもかわいい!」

「アオイ様ったら待って下さい~……!」

「ステラったらもう、はやく!」



 本日はメイド達に提案され、王都へお出掛けのアオイ。

 彼女の初めては己が与えたかった怜だが、それどころではないとナウザーに怒られ、悔しくもメイド達の提案に頷くしかなかった。

 舞踏会が終わり約二週間が過ぎて、これ以上別邸に閉じ込めておくのは流石に可哀想だ。

 当のアオイは皆が犬の姿のままなら別にいいと言うが、そんな訳にはいかず。(主に自分達が)

 そして怜の母親の形見である山吹色の着物を着付けられ、「いってきます」とひとこと添えて、朝早くから別邸を出発した。

 列車に揺られ、うとうと眠りに落ちそうなアオイを自身の肩で支えるステラ。

 思い出すのは主人である怜や、アンとシェーンの悔しがる表情。

 付添人じゃんけんで勝った、己を褒めてあげたい。



 そして、出発してから三日──、

 アオイはこの国に来て初めて栄えた街へ出た。

 今まで見てきた国とは違う空気、人々、雰囲気にはしゃぐアオイに、付いていくのがやっとのステラ。

 こんなも走り回られたら此方こちらの体力が先に無くなってしまう。

 犬の姿なら容易に付いて行けるだろうが、こんな街中ではリードぐらいしないと目立つし、それに店によっては一緒に入れない。

 そもそも帯を締めた苦しく動きにくい着物で、ああも走り回れるものなのか。

 足元は履き馴れたブーツとはいえ、着物だって着崩れてしまう。

 その前に己の息が切れそうなのだが。



「もうアオイさまッ……! そんなに走り回られたら着崩れてしまいますっ! 着物が泣きますよッ!?」

「へ? …………そうね、本当だわ! 御母様の形見の品なのに……」

「そうですとも! ですから上品に歩きましょう……!」

「あぁ、私ったらまた。夢中になっちゃうとついはしゃいじゃって……。ありがとうステラ。折角着付けてくれたこの着物に似合うように歩くわ!」

「いえいえ、メイドとしてトーゼンの事を言ったまでですからっ!」



 ふふん!と誇らしげなステラに、理由は分からないがアオイもつられて嬉しくなった。

 そして上品に歩き出したアオイは、街行く男性が横目で追うほど、途端に美しくなる。

(そーですそーです! 元々ポテンシャル高いんですからやれば出来る子です! 一緒に歩く私も誇らしいです!)

 更に上機嫌になったステラを見て、アオイもまた更に嬉しくなるのだった。


 それからふたりは、髪飾りのお店や化粧品のお店、洋服屋や呉服屋、疲れた頃に昼食と、デザートには餡蜜なる(アオイにとっては)不思議なものを一緒に食べたりした。

 旦那様にも楽しみを残しておかないと可哀想かなと思ったステラは、「もう少しお店を回ったら今日は帰りましょうか」と、デザートで腹を満たしたアオイにそう言った。



「えぇそうね! さっき食事してて気になったんだけど、あのお店に入りたいの」

「あのお店ですか……?」

「そう!」



 餡蜜屋のはす向かいの店。

 寂れていて、明らかに古そうなたたずまい。

 看板もかすれており、外からは何の店なのか分からない程、硝子もくすんでいる。

 しかしアオイが行きたいと言うなら仕方ない。



「では行ってみましょう……!」



 正直ステラはあまり乗り気ではなかったが、いざ入ってみると驚いた。

 他とは違う雰囲気の洒落た銀細工の店だった。



「わあ! 見てステラ! 可愛いわ!」

「えぇ本当ですね!」



 店主なのか、年老いたお爺さんがひとり居る。

 ただぼんやりと椅子に座っていたお爺さんは、入店してきた二人に少し驚いて、「やあいらっしゃい」と微笑んだ。



「こんにちは!」

「お嬢さんがこんな店に、珍しいのぉ」

「何だか気になって……、ってステラ!!」

「な、なななんですか……! 急に大声出さないで下さいませっ……!」



 アオイは挨拶を返すと同時に何か気に入ったものが目に入ったらしく、上品さもまた何処かへ飛んでいく。



「みてみてみて! すっごく可愛い!! 狼か犬か分かんないけどすっっごく可愛い!!」

「わ、分かりましたからそんなに大きな声出さないで下さいっ! 迷惑ですよ……!」

「はっ! 私ったらまた! すみませんお爺さん……」



 良いんじゃよ、と優しく笑っているお爺さんにステラも頭を下げる。

 アオイが大声を上げるほど気に入った商品とはどんな物かと覗き込んで見ると、確かにアオイが好きそうな品々。



「それは山犬じゃよ」



 と、一言お爺さん。

 ステラとアオイは少し驚いて目を見合わせた。



「へぇ……山犬……」



 山犬をモチーフにしたかんざしやブローチ、帯留めや、様々な銀細工達を眺め、何処かよそよそしく相槌をうつ二人に、お爺さんはこんな話をし始めた。



「この国のな、とある辺境の地では伝説があってな」

「伝説?」

「そうじゃ」



 興味津々に聞きたがるアオイとは反対に、ステラはハラハラしていた。

 馬鹿正直なアオイがうっかりちゃっかり真実をポロっと言ってしまわないか心配だからだ。



「その地には、それはそれは大きな山犬が居てな。元々は貴族の人間で、ある時姿を獣に変えられたらしい。しかしその山犬は自分の為すべき事を全うし、村人達を守ってくれてるそうじゃ」

「そう! ッ──!?」



 全力で肯定しそうになったアオイを、ステラは手の甲をつねることでなんとか阻止した。

(何を口走ろうとしてます!? 駄目ですよ!? そしてつねってごめんなさい!!)と目で訴えるステラに、アオイは「──なんですねぇ~……!!」と続けて、どうにか誤魔化した。と思う。



「何となく聞いたことはありますけどねぇ……!」

「そう……! 何となくっ……!」

「その村ではな、大神オオカミ様として祀られとる。 だが何処で情報が違えたのか、国の中心部に行くほど大神様は人食い山犬として恐れられているんじゃ」

「へぇ……」

「ワシも小さい頃はただの昔話かと思ったんじゃ。母親がひとりで出歩かんようにと、子共に言い聞かせる為の作り話じゃと。ワシも母親に婆さんに、耳にタコが出来るほど聞かされたもんじゃ。でも、違った」

「違った? 何がですか?」



 首を傾げるアオイ達に、お爺さんは懐かしいように目を細め、優しく笑った。



「助けられたんじゃよ」

「「え……?」」



 まさかそんな話が出てくるとは思わなかったアオイ達は、驚いて、また目を見合わせた。



「ワシはその村出身でな、十六・七歳の頃じゃったかのう。その頃は銀細工はただの趣味で、たまに手に入る銀でチマチマ作り王都まで売りに行っとった。その日も馬車で売りに行っとったんじゃが物凄い大雨でなぁ、視界も悪くて、馬も可哀想だと……、休憩してたんじゃ……思えばあそこで引き返せばなぁ……」

「……何があったんですか?」

「盗賊に襲われて、身ぐるみ全部剥がされてな。若かったし、体力には自信があったんじゃが……、何の抵抗も出来ず……ほら、今も片足が動かん」



 よっこいしょと立ち上がったお爺さんは杖をつき、右足は筋肉も無くなっていて弱々しい姿だった。

 ご無理をなさらずにと言う二人だが、「何を言うか! こんなものもう人生の一部じゃ!」と怒られたのでそれ以上言うのを止めた。



「それでじゃ。もう駄目だと思ったその時、茂みから大きな山犬が顔を出してな、あの時の鋭い瞳……、忘れもせん。盗賊共を一瞬で蹴散らして、その後ワシをじっと見るもんじゃから、食われると思ってしまった。じゃが、ふんっ、と鼻を鳴らしてまた茂みに消えていったんじゃ」



 ふんっと鼻を鳴らしてなんて今と変わらないじゃないかと、二人は笑ってしまうのを必死に堪えた。

 それをお爺さんが不思議そうに見るもんだから、また二人は「大変だったんですねぇ……」「えぇ、もう……! 怖かったでしょうねぇ……」と誤魔化した。と思う。(二度目)



「足は片方使い物にならんくなったが、こうして無事に家族に会え、命もある。雨の日は古傷が痛むと言うけんど、ワシはあの日の事を思い出してな……、もう一度出会えたのなら御礼を言いたいもんじゃわい」



 自分の記憶の中を頼りに作ったのか、山犬の銀細工を眺めながらお爺さんはまた優しく笑った。



「会えますよ、きっと! 絶対会えます! なんなら私が連れ」

「ていっ……!」

「ひっ! あ、えと」



 また馬鹿正直に良からぬ事を口走ろうとするから、ステラは慌てて止めた。

 勿論、手の甲をつねって。



「わ、私が連れてきてあげたいけど、お爺さんが願ってたらきっと会えます!」

「そう! そうですとも! きっといつか会えますよ!」

「そうかのう……。お嬢さん方は不思議な子らじゃ……本当に会える気がするわい」

「ふふ! えぇ、きっとです」

「ふっ、不思議だなんてっ、そんな! 私達は不思議の欠片も、そんなの微塵も無いような普通の御令嬢とメイドですからっ! 全然、全然! お気になさらず! 至って普通の人間ですから……!」



 なんて誰かさんよりもよっぽど怪しい誤魔化し方をするステラの横で、当のアオイは購入する品を選んでいた。



「あーこっちも良いなぁ……、あーー、これも良い……」

「おや、買ってくれるのかい」

「えぇ! 欲を言えば本当は全部欲しいけど……、それだと後の楽しみが無くなっちゃうから、二点程……」



 帯留めをひとつ手に取り、自分にあてがってみる。

 可愛くて思わず笑みがこぼれた。

 そしてあともうひとつ、どれにしようかと男性向けの物を選んでいると、今まで狼森家の財布から出していたステラが、「ちょっと待ってください?」と水を差す。



「アオイ様。お金持ってたんですか」

「失礼ねっ! 持ってるわよ! ちゃーんとこのポシェットにね! いつの間にかお金が入ってるのよ!」

「いつの間にかなんてそんな事あるわけ無いですっ! まさか盗んで……!?」

「違いますぅ~~、妖精達が忘れ去られたお金をここに全部入れちゃうんですぅ~~」

「それは盗んでるのと一緒じゃないですか!?」

「違いますっ! 使って欲しいからここに入れるの! これは! 妖精の善意!」

「そんな善意でお金が入ってくるなんて卑怯ですっ!」

「仕方ないんだもん! 愛されてるんだもん!」



 小競り合いしている娘達を可愛いなと思いつつも、「妖精??」と素朴な疑問を呟いたお爺さん。



「あ、あのその、ちょっとこのお嬢様がね……! 妖精を若干、そうです! 若干見えましてね! えぇえぇ、そうですとも若干です! ですから! そんなにお気になさることでは御座いませんのでっ……!!」



 慌てているステラを見て、嘘がつけない正直なわんこねと呆れるアオイ。

(ま、そんなことよりも)と、また品選び。



「んーー……、怜にはどれが似合うかなぁ……」



 ネクタイピン辺りが可愛いだろうかなんて考えていたら、一生懸命取り繕っていたステラが目を白黒させ「えっ、旦那様にですか!?」と驚いている。



「え? だめ? 折角だから買おうかと……」

「い! いえ……!! とっても喜ばれると思います!!」

「何だい。恋人かい?」



 素直にお爺さんがそう聞くものだから、ステラは目を輝かせてアオイの返答を待った。

 少しでも良いから脈アリであってくれ。



「恋人だなんて! なんと言うか……その、犬みたいな人です!」

「ほぉ、それはピッタリじゃの」

「えへへ。じゃあ〜……これと、これを!」



 アオイは自分用に帯留めと、怜にはネクタイピンを購入した。

 平然と回答するさまにがっかりするステラ。

 そして精一杯のジト目で(犬みたいな人って、そのまんまですけど。と言うか犬ですよね?)と訴えるが、アオイはただ「何よ~」と返すだけであった。

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