とある暇過ぎた一日
「て! ゆーか……!! 何で私はわんこになれない!? さっきから頑張ってるのに!」
今日も何の変哲もない、のんびーりした日。
そんなある日にアオイは叫んだ。
念願のわんこになる呪いにかかってくれた怜だが、全くもってもふもふさせてくれない。
辺境伯としての仕事が忙しいのだろう。
それにあまり良くない事なのか、怜も警備人の三人もとても疲れた顔をしている。
一応部外者だからとアオイはあまり深く首を突っ込まないようにしているが、やはりもどかしい。
出来る事があるならと聞いてみたりもしたが、これと言った確証も無し言えることは何も、と言われてしまったので大人しく見守るしかなかった。
まぁ知ったところでアオイが出来る事といえば、妖精達にお願いするぐらいしかないのだけれど。
巨犬をもふもふ出来ないから何度目かも分からない溜息をついて、窓から差し込む光と揺れるカーテンをただただ眺める。
そう言えば。
怜には勘違いさせてしまったかもしれないな、なんて、とある日の出来事を思い出した。
もう過去を振り返るぐらいしかする事がない。
どこかの阿呆フローラが、アオイの魔法はオーランドのそれとは比べ物にならないぐらい強力、だなんて話を盛ったあの日の事だ。
ふと思い出しただけだったのだが、勝手な事言いやがってとなんだか腹が立ってきた。
何故なら、〈風〉を操るのが得意なのは兄の方なのだ。
風を自在に操り、きっと今も海の上で自由に暮らしていることだろう。
アオイは父親似だから〈風〉の声を聞いたり、教えてもらったり、〈風の噂〉なんて言葉があるけど正にそんな感じ。
アオイ自身ある程度の風魔法なら使えるが、〈風の悪戯〉程度だろう。
因みにアオイの父は相手の心の動きによく気付く人だ。
それが人でも動物でも。
言葉にしなくとも分かってくれるから、居心地が良く父の周りにはいつも誰か居る。
(そう……、いっつもお父様ばっかりもふもふに囲まれて! 本っ当に嫉妬しちゃう! でも怜だけは私のもふもふだから! お父様には渡さないんだから!)と、フローラへの怒りが何故か父への嫉妬に変わってしまうほど、とにかく暇なのだ。
そんなだから気付いてしまった。
(あれ、そういえば私もスキュラの薬を摂取したじゃん……?)と言うことに。
そして冒頭の叫びに繋がる。
アオイはわんこ姿のメイドに囲まれながら、「ぐぬぬ……!」と何処から出るかも分からない内なるパワーを引き出していた。
「っん~~~……!! っだはぁっ、はっ、はあっ……」
だが、いくら犬に変身しようとしても人間のままだ。
「ほらー、こんな感じですよ〜」とコロコロ変身するシェーンに思わず唇を噛みしめる。
「なんで!? どーして……!? 私もお吸い物飲んだのに!! 怜みたいな美しいわんこになって鏡見ながら惚れ惚れしたいのに……!!」
「アオイ様……、もう無理かと……」
「そうですよ。呪いがかかれば自然と
「と言うか変身したい理由がおかしいです」
「はぁーあ」と揃って溜め息をつかれるアオイは、悔しくて堪らない。
可愛い耳して可愛いマズルで、もう兎に角悔しい。
(怜をもふもふ出来ないのなら、自分で欲求を満たすしかない! 私なら! きっと……! 理想通りのわんこになれるハズっ……なのよっ……!)
しかし待てど暮らせど姿は変わらず。
アオイに付き合うのも飽きてきたのかメイド達は自分の尻尾を追ってみたり、丸くなって寝てみたり、自慢するようにポーズをとってみたり。
益々悔しいアオイは似つかわしくない低い声で唸り、頼りたくないが「ふ、ふろーーらぁ……!?」と生けている花に妖精の名を呼んだ。
すると瞬く間にぷんぷん漂う甘い花の香り。
犬のメイド達は鼻をまげ、人間の姿へと戻った。
「はぁ~~~~~~い」
「あ。本当はフローラには聞きたくないけど他に聞く子が居ないから仕方なくフローラに聞くんだけどさ、」
「え、え、え? その前置き要るかしら??」
アオイのあまりに雑な妖精の扱いに「ぶふっ」と吹き出す三人。
それに対しフローラは睨みをきかすが、メイド達は知らんぷり。
何となくフローラの扱い方が分かってきたらしい。
「いや、それでね。前に言ったじゃない? わんこの姿の呪いの話……」
「あぁ、私の呪いのせいで大事なアオイの気が狂ったやつね」
「うん、一言多いけどね? それで言われた通りに海の妖精に会ってそれから、
「え!? 何でって……!」
メイド達然り、皆は思っていることだろう。
そんな説明で何も伝わるか、と。
「何でってねぇ……そりゃあその呪いの効果よりアオイのパワーの方が強いからに決まっているじゃない? 精霊とのハーフだもの」
しかし何故かそれで伝わる。
妖精達には全てお見通しなのだ。
正直、伝えようとする気持ちだけで十分だ。
「ぐぅう……、益々悔しい……!」
「そもそもアオイ用に調合した訳じゃないんでしょう? 残念だけど。それよりも暇なら私と遊びましょうよー」
「いや暇じゃないし! ありがとう! 用は済んだからもう帰って良いよ!」
「あ~~~ん! 相変わらず素っ気ないんだからぁ~~! でも何だかんだ頼ってきちゃうそんなところが好きっ!」
そう言ってフローラは甘い花の香りと綺羅綺羅光る粉を残し、「またいつでも呼んでねっ!」と消えていった。
(あー、やべぇ妖精なんですねぇ……)と言うメイド達の視線には気付かずに。
「はぁ……。と言うわけで私は美しいわんこにはなれないそうです」
「それは……残念で御座いました」
「まぁ気を落とさずに……」
「え、えぇ……。そうですわ……! ホラ、たまには何処かに御出掛けしてみるのも……、ね!?」
それは名案ですねと、アオイに長い暇を与えるのは良くないと(色んな意味で)判断したメイド達は、「街にでも行きましょうか……!」と提案したのだった。
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